小さな国と国庫の危機
今回は主人公が落ちた世界にある、小さな小さな国の宰相様Sideで話が進みます。
さいど 小さな小さな国の宰相 ルーイリア・シェイル
あぁ……どうしたらいいんでしょう?このままではこの国は破滅です……。
こんな小さな小さな国が、今まで大きな国に吸収されずにやってこれたのは我が国に相手国との対等な取引対象が存在していたからに他なりません……。
だというのに!建国当初から続いてきた国の大きな収入源が十年前から先細りし、ついには二年前、無くなってしまった。他に財源と言える物はこの国に伝わる技術くらいなもので……大切な先人の遺してきたモノを他国へ売り飛ばすのだけは避けねばならない!王族含め大臣たちもあの手この手で国庫を削りながら何とかやってきましたが……もう、
「あぁ、偉大なる神々よ!このような仕打ちはあんまりでございます!!このままでは……このままでは輸入に頼ってきた我が国の民は食べるものにも……ぁぁ~っどうすればっ」
「うっせーぞ!!この男女が!少しは静かに出来ねぇのか?!大体!それを考えんのがお前の仕事だろうがっ」
がんっ と勢いよく蹴った椅子が大きな音をたてて倒れた。
小さな小さな国のこじんまりとした王城には、ささやかな王の執務室が存在するのだが、普段は物腰の柔らかな心優しい王様が静かに黙々と書類に王印を押している為、物音をたてる者はまずいない。
この国の国王は今から七年前、若干十五歳でありながら先王の急死に伴い王座に祭り上げられた庶子である。
それまでは一国民として王都から随分と離れた村に住んでいたが、当時の王族には国王夫妻が不仲だったせいもあり他に嫡子もおらず、他にいるのは血だけは立派な金や権力が狙いの腹に一物抱えた奴らばかりで話にならず……国王の死後愛人へ宛て書いたまま仕舞い込まれていた手紙が見つかった為に発覚した不祥事であったが、引き出しから夫のへそくりとはよく言ったもので予期せぬ幸運ここに極まれり!王族や国民がどう思おうが、後継者がいなければどうにもこうにも国は成り立たない。
大臣たちは口裏を合わせ、庶子の男の子を国王の座へ据えることに成功したのである。
「もう、2人とも止めてよ。そんなことしてたって何の解決にもならないし……お腹空くだけだよ」
「では陛下!そのような弱気な態度でいったいどのようにこの国の氷河期を乗り切るおつもりですか!?」
あぁ!このようにせせこましい執務室で会議などしてもいい案など絶対に出るものですか!
だいたい、この国の国王で有らせられる ノイディル・スモールキングダム様 国軍総大将のガドガン・ドドッチ そしてこの私!学の神イーリャ様の申し子と謳われる宰相 ルーイリヤ・シェイル が揃っていると言うのに……何の名案も浮かばないとは、
「これはもう、この国は滅びゆくのみとイーリャ様がお考えなのだろうか?」
「馬鹿かお前は!ふざけたこと言ってんじゃねぇーぞ!?」
「私は……」
「ほら、もう止めて。とにかく!この国の国庫はもうすぐ底をつく、それは事実だ!でも僕は、まだ諦めたわけじゃない」
「それは……?」
ノイディル様は、いや、ディル様は王族の特徴の一つである深緑の瞳を輝かせて仰った。
「……僕は、賭けてみたいんだ。どちらにしろもう駄目かもしれないなら、この国を建国当時から支えてきたあの場所に行こうと思う」
「へいか……?な、何を仰っていらっしゃるかお分かりですか?!私は反対です!先王がどうなったかもうお忘れですか?!そもそも、あの場で何があったのかさえ今だ解明に到ってすらいないと言うのに……かの地に住むとされる主も、きっと我らを歓迎してはくださらないでしょう!」
「……」
「ガドガン!!貴方も何とか言ったらどうです!?」
ディル様はゆっくりと執務椅子から立ち上がると、奥にある大きな窓際まで歩いていく
「もう、そんなに心配しなくても……」
「何を、何を言って!心配などしていません!私はただ!ディル様がご自分のお立場を理解していらっしゃらない様子なので」
ふ、とディル様の口元は弧を描き、かの方は木の枠で出来た古めかしい窓枠に手をかけ
「大丈夫だよ、ルーは本当に心配症だなぁ」
そう仰いながら窓を開け放った。
ディル様の腰まである栗色の髪は風に舞い、かの方を初めて拝見したあの日を思い出させた。
あの頃、この国は混沌としていた。
王とその認めた者しか、足を踏み入れることも許されないあの森の奥。建国当時からこの国の財源を支えていた神聖な地で、先王は失態を犯した。
供もつけずに出かけ、顔を青くして帰ったかと思えば、次の日からこの国は静かに、音も立てずに傾き始めた。
気づいた時には、真相を知る先王は心労で急死した後で、いったい何が起こっているのか……森に入ることが出来ない私達には調べる術すら存在はしなかった。
私はその頃、若輩ながら宰相補佐の地位にいたが、国王の死から国の危機へと次々と起こる問題に国中がざわざわと落ち着かない中、懸命に仕事をこなしていた。
そんな時だった、かの方の噂を聞いたのは……。今正直に申せば何の期待もしていなかったし、ただ国王の席さえ埋まれば国民の安心材料にはなるだろう……くらいには考えていた。ただ、小さな村で静かに暮らしていた少年が、今こんな現状の国の王に祭り上げられるなど、その子が話を聞いて最初に抱いたのはいったいどのような感情なのだろう?きっと私なら……恐怖だ。年も割と近い方だと聞き及んでいたのでそんな風に自分と照らし合わせて不憫にも思ったものだったが。
そんな感情は、かの方が初めて城に入城された際消え去った。
かの方が馬車から私たちの前に降り立ったあの瞬間、きっと瞳さえ見せなければ生涯唯の国民として暮らしていくことも出来たのでは?とその髪色を見て誰もが思っただろう。
だが、その瞳と顔立ちが目に映った瞬間、その場にいた古参の大臣や侍女頭、重要な要職に就く者達全てがその場で一斉に膝をついたのだ。
さながら、まるで演劇でも見ているようだ。などと、あの時の私はその場で起こった全てを、まるで他人事のように傍観していたというのに……今こうして陛下のお傍で宰相と言う重職についているなど、人生とはなんと不可思議なものか。
「なぁ、ルーよぉ。あの森には陛下とその認めた者のみしか立ち入ることは許されていない。そうだったな?」
まったく!こうして私が何か考え事をしている時に限って、この男が邪魔をしてくるのだ。
「ガドガン、あなたと言う人は!私の問いかけを無視しておきながら、そんな小さな子供でも知っている事実の確認をしようなどと!!これだから頭から足の指の先まで筋肉で出来ている人は!!……もう何も仰らなくて結構!余計に話がこじれますからね」
「くっくっくっ、まぁそう怒んなよ。なぁ、ディルの言うことももっともだと思わねぇか?」
「何をまた間抜けたことを……」
「あの森には、陛下がいなければ入れない。そして入らないことには何も始まらねぇ、そうだろ?」
ガドガンは筋肉のせいで盛り上がった大きな体を、本人が特注で作らせたソファに納めて、偉そうに足まで組んでいる。
大体、この部屋は陛下の執務室だというのに!自分専用のソファの持ち込みをすると聞いた時も散々抗議をしたものだが、相手がガドガンでは何の意味もないことにもっと早く気が付くべきでした。
「……だからこの国の国王であるお方を危険に晒せと?」
「本人がそうしたいと言ってんだぜ?なぁ、ディルよぅ」
呼びかけられたディル様は、申し訳なさそうに私に身体を向けて仰った。
「きっと今この国が平常だったなら、ルーの話を聞いていたと思う。でも、もう待ってるだけじゃ駄目な気がするんだ……僕が王の座に就いてから、最初は国内を束ねるのと勉強でそれどころじゃなかったし、まだ国庫にも余裕があったから言い出せずにいたけど、あの森に行ってうまく解決できればまたこの国は潤ってこの城で働くみんなも、国民も明るくなると思うんだ。だから、行くよ!僕は行く」
ディル様は、まるでその深緑の瞳には国が豊かになる未来が映っているかのようにはっきりと告げたまま、遠くを見て居られた。
「よく言った!そんじゃ俺もついてくぜ」
ガドガンは……いつもの軽い調子でディア様に答えていた。
私は……。
「ならば、私も供にお連れ下さい。ガドガンは剣に、私も多少は身を守るすべを備えておりますゆえ……盾くらいにはなりましょう。これはお許しを願う問いではありません。ディア様が仰ったように、私も行くのです!」
ディア様に断られる前に、はっきりと口にしていた。不思議なもので、どうするか考えるまでもなく一瞬でした……口に出してしまえば、なんと言うことはない。
初めから私の心は、決まっていたのだ。
私の名は ルーイリア・シェイル 小さな小さな王国の宰相の仕事に従事している若輩者でございます。
このたび、まるで小動物のように穏やかな国王と、この国で一番気に食わない筋肉男との三人で普通に生活していたなら生涯踏み込むことのない地へと連れだって足を運ぶこととなりました。
わが神イーリャよ、どうか私と陛下にご加護を!!
誤字脱字などございましたら優しくご一報下さると助かります。