漁村その③
*****ノイディル・スモールキングダム
「……ちっ」
「……」
「あー、僕はどこかに出かけていようか?」
気まずい空気の中二人用の客室へと入り、黙ったまま睨みあうルーイリアとガドガンを見て、空気を読んだ僕は問う。
「馬鹿かお前はっ!?」
すると、間髪を入れずにガドガンに怒鳴られ
「陛下っ!!この男と私をこの狭い部屋に置き去りになさると?!なんという御冗談を申されるのですか!?」
ルーには涙目で縋り付かれ……
「……はぁ」
そして終わらないこの重い空気に、僕はまたため息を吐く。
「……宰相様よぉ、この平民しかいねぇ小せぇ村で、学院仕込みの馬鹿丁寧な敬語を使う大馬鹿がどこにいるっ?!……受付の女の反応を見たか?明らかにお前を……」
うんたらかんたら、うんたらかんたら、とガドガンはその勢いを止めることなく言葉を投げる。
あぁ、そう言えばルーは幼い頃から王都の学院で将来的に城仕えをするべく教育されて来たから……生活の一部として染み付いている、その流れるような所作や歌うような敬語の口上が崩れるのを見たことがない。
「そ、それは……そんなことを言われましても。他に言葉を知らぬ私にいったいどうせよと申すのです?!」
痛い所を突かれることになってしまったルーは言葉に詰まりつつも、気丈に振る舞いガドガンを睨みつける。
「そんなもん自分で考えろっ!!お前が自分で着いてくるって言ったんだろう?!」
「それがわからないからお聞きしているのです!!」
「博識な宰相様なら自分でどうにかして見せろっ」
……もう、子供じゃないんだから。
「はぁ、……どうしたものかな?」
ぽつりと、思わず独り言をこぼしてしまった。
「……っ」
「……」
睨みあう二人と、困った僕が一人、狭い客室に突っ立ったまま、本当に……どうしたら良いのだろう?
*****ガドガン・ドドッチ
睨みあい、立ち尽くしたまま、驚くほど長い時間が過ぎたのだと気が付いたのは国王であるディルが疲れたように備え付けられた木椅子へと腰を下ろした頃。
「……まぁ、良い。言いたいことはそれだけだ、お前はもう余計な口を開くな」
俺はいまだこちらを涙目で睨むルーイリアへ、それだけを告げ旅用に設えたマントを脱ぎ
「ディル、お前もマントを寄越せ、下で食事をして一風呂浴びに行くぞ」
そう声をかけた。
「あ、うん」
ディルは気まずそうにルーイリアを横目で盗み見、そして肯定を返し急ぎその妙に似合った平民用のマントを脱ぎすてる。
「……あなたはいつも、勝手すぎる」
そうして、ディルと二人勝手に話を進めていれば、いまだ立ち尽くしたままでこちらを見ていたルーイリアが、ぼそり、と本当に微かな声音で言葉を零した。
「あ?なんか言ったか?」
俺は聞えなかったふりをして、ルーイリアを振り返り
「……いいえ、なんでも、ございません。食堂へ降りるのでしたら、へ……ディルのお気になさっていらっしゃった新鮮な魚料理を頼まなければなりませんね」
……別に落ち込めと言った覚えはないんだが、まぁ、ぴーぴーと煩せぇよりかは少しはましか。
_____がやがや、と騒がしい食堂の一角へ席を取った俺たちは、先ほど注文し終えた料理を待つ。
「ねぇ、ガドガンは随分こういったやり取りに慣れているんだね?王宮へ勤める前は旅をしていたと聞いたことがあったけど、具体的にはどのくらいの期間旅を?」
「あぁ、昔ねぇ……確か家を出たのが十二、三の頃だったからなぁ」
テーブル席に座り、丁度仕事を終えた村の男どもも食堂へ集まってきたせいか酒の勢いか、周囲の騒ぎは過熱してゆくが、まぁ話を聞かれないことを考えればこちらとしては好都合で。
「十二、三?!そんなに早く実家を出たの?!」
ディルは何をそんなに驚くことがあるのか知らんが、兎に角衝撃的な事実だったらしく珍しいことに大きな声で問うてきた。
「そうだ。まぁ、俺の生まれた土地じゃ家を継ぐ男以外は口減らしの為にも、さっさと家を追ん出されるのは当たり前なんだがなぁ……」
ぼりぼりと頭を掻きながらディルを見、欠伸を一つ。
「へぇ、でもそれじゃ……みんなどうやって生活していくんだい?」
興味津々な顔をこちらへ乗り出して、そう聞いてきたディルへどう答えたものか。正直あまりいい話じゃねぇんだが……まぁ、隠ししてもいずれは気が付くか。
「……そうだな、はっきり言やぁ家を出て一年も待たずに、七割は死ぬ。一割は自分を売り、二割は死に物狂いで戦い、自分の生きる場所を勝ち取ると言ったところか……」
「……し、ぬの?じぶんを、うり?」
「全員が生き残れるわけもねぇ、世の中は弱肉強食ってやつだ」
ま、これが現実だ。
「そう、なんだ……。ねぇ、ガドガンも、そうやって、死に物狂いで戦ってきたの?」
「んぁ、……さぁなぁ、もう何十年も昔の話だ。忘れちまったな」
「ふぅん」
そんな下らん話をしている間、妙に静かなルーイリアを訝しんでみて見れば、これまたあちらさんも随分難しそうな表情でこちらを見ていたようでうっかり視線が合わさり、
「……何だ?」
「……いいえ、何でもございません」
思わず眉間にしわが寄った瞬間
「お待たせいたしましたっ!食堂特製、海鮮盛り合わせ三人前になります!!」
必要以上に元気な店員がその視線を遮り、テーブルいっぱいに料理を広げて行き、まぁここで揉めるとまた面倒くさい事態になりかねんからなぁと、ここはぐっと堪え食事を開始した。