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第一話 3.旅芸人(1)

「シャリハ!ほら、早く早く〜〜!!」

「待って、ククル!ナズ!走ったら危ないから!!」

「も〜!!早くしないと終わっちゃうよ〜〜。」


 ククルとナズに手を引っ張られ、沙樹は慌しく青空市が開かれている広場へと向かっていた。いつもはのんびりとした空気の田舎街も今日ばかりは違う。道行く人は皆笑顔と興奮を抑えられないようで、大勢の人々が広場へと向かっている。我先にと走る子供達はククルとナズばかりではない。

 広場に着くと、この街の人全員が集まったのではないかと思うほど多くの人でごった返していた。初めて見る光景に思わず沙樹の足が止まってしまう。食料品の店舗がずらりと並び、その場で食べられるよう屋台が出ている。鮮やかで色とりどりの生地や装飾類を扱った店舗では女性客が集まっており、中々の盛況振りだ。そして広場の中心には一際人を集めている場所があった。


「シャリハ!ほら、あっち!!」


 ナズが沙樹の手を引いて指差したのも同じ場所。何があるんだろうと近づいてみれば、そこから聴いたことのない音楽が耳に届いてくる。

 人垣をかき分けて器用に進むククルとナズを見失わないよう前へと出てみれば、そこにいたのは男性二人、女性一人の旅芸人だった。男性の一人、日に焼けたまるでラグビー選手のように体格が良い彼はボンゴに似た小ぶりの太鼓を手で叩いており、それとは逆にスラリとした体型に甘いマスクのもう一人は弦楽器を弾いている。大きさはマンドリン程の小さな弦楽器だ。弦は五本で、アコースティックギターに似た音を出している。そして二人の男性の前で、二十代後半ほどの金髪の女性が惜しげもなく健康的に焼けた肌を晒し、派手だが下品さのない艶やかな赤いドレスを揺らしながら踊っていた。彼女が柔らかな動きでリズムを刻めば手足につけた金属の装飾品がシャラシャラと軽い音を立てる。子供達だけではない、沙樹もこのパフォーマンスに目を奪われていた。そして何より、この国で初めて聴く音楽に自分の胸がドキドキするのを感じていた。


 男性客の多くはダンサーの女性に、そして女性客は弦楽器を演奏している沙樹と同い年程の若い男性に夢中のようだ。けれど沙樹の感心は軽快なリズム、流れるようなメロディーを奏でる楽器と楽曲そのものだった。

 沙樹は昔から唄うことが好きだ。それが誰の影響だったのかは分からないが、学校の授業でも一番好きなのは音楽だったし、高校の頃は友達のバンドに時折参加もしていた。社会人になってからは友人や同僚達とカラオケに行く程度だったが、一人暮らしの家では家事をしながらもいつもお気に入りの曲を口ずさみ、沢山の音楽を聴いて生活してきた。

 どうしてかこの世界に来てしまってからはなんとか生活することだけに一杯一杯で、娯楽として音楽を楽しむ事とは疎遠になっていたのだ。久しぶりに触れる音楽に沙樹が夢中になるのも当然だった。


 弦楽器の青年と少し年上の太鼓の男性が目線を交わすと同時に曲のフィナーレに入る。ダンスも一層激しいものになり、そして最後の盛り上がりと共にポーズを決めると、沢山の拍手に包まれた女性が優雅な動きでお辞儀をした。今まであれほど激しいダンスをしていたとは思えないほど綺麗な笑顔を向け手を振る彼女に、沙樹は観客達と共にいつまでも大きな拍手を送ったのだった。






 子供達と一緒に青空市を楽しんだ沙樹は結局屋台で食べたものくらいで、他には何も買わずに帰ってきた。最近は仕事に慣れてきた花屋の給料があるといっても、先の見えないこれからのことを考えれば貯めておくに越したことはない。女性客の多くは服や装飾品を買っていたようだが、それも必要だとは思えなかった。今着ている服は街の人から貰ったお下がりだが十分な量がある。流石にこちらに来た時に着ていた服は大事にしまってあるが、こちらでは珍しいだろうからいざという時売ったらお金になるかもしれない。

 青空市での土産話をしながらラングと共にその日の夕飯を作っていると何やら子供達がいるダイニングが騒がしくなって、沙樹はラングと顔を見合わせた。


「喧嘩でもしてるんでしょうか?」

「ちょっと見に行きましょう。」


 ラングに促され子供達の下へ行くと、そこにはいる筈の無い人物がいた。若い男性二人とスタイル抜群の綺麗な女性が一人。昼間青空市で芸を披露していたあの旅芸人達だ。呆気にとられている沙樹を尻目に、彼らを知っている子供達は嬉しそうにはしゃいでいる。「楽器はもってないの?」とか「また演奏して!!」とあちこちから声が上がり騒がしい中で、ラングが一人前に出て冷静に彼らに声を掛けた。


「落ち着きが無くてすいません。どちら様でしょう?」


 すると、にっこりとラングに笑顔を向けたのはダンサーの女性だった。あの時の衣装は脱いでいるが、紫のベアトップに同色の大きな花柄のロングスカートと華やかな衣服であることに変わりは無い。それに見劣りしない目鼻立ちのはっきりとした彼女の笑顔は同性の沙樹でさえ見惚れてしまう程だ。


「こっちこそごめんよ。押しかけた形になってしまったね。今日の宿を探してたら、この子達に声を掛けられたんだ。食事なんかはもう済ましてるから、寝る場所だけでも貸してもらえないかい?」


 そう言って傍にいた子供達の頭を撫でる。どうやら声をかけたのはシーア達のようだ。子供達は憧れの目を彼らに向けていた。


「お願い!ラング。泊めてあげて。」


 次々と子供達に懇願され、ラングは苦笑して「しょうがないですね」と答えた。すると子供達が歓声を上げる。


「やったぁ!!」

「ねぇ!あのログラン見せてよ。」

「ガッシュも!!」


 どうやら楽器を見せてほしいとせがんでいるようだ。ログランは小ぶりの太鼓。ガッシュは弦楽器のことらしい。子供達の興奮を外側から見ていた沙樹は、少し声を張って皆に言った。


「ほらほら、その前に皆は夕飯の時間でしょ。ちゃんと準備は手伝ってね。」

「はーい!!」


 いつもより元気な返事をする子供達を見て、沙樹はラングと顔を見合わせて笑った。

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