第一話 2.シャリハ(2)
「青空市楽しみだね~。」
「ね~。」
右手には買い物籠、左手は五歳の男の子、ククルと手を繋ぎながら街を歩く。
青空市というのは半年に一回開かれる大きなマーケットのことだ。それ程流通も盛んではなく、大きな店舗も無いこのサンドの街に色々な行商人達が店を広げ、通常手に入りにくい品や食材を売るのである。この街ではちょっとしたお祭りのようなもので、大道芸人が芸を披露することもあるのだという。それが一ヶ月後に迫っているとなれば、子供達も興奮を隠しきれないというわけだ。
孤児達の中で最年少のククルは此処最近、毎日青空市を楽しみだと言う。自分も初めて目にするマーケットが楽しみではあるのだが、子供達のことを考えると、彼らの為に早くその日にならないかなと思った。
ラングの授業を受けていて分かったことがいくつかある。その中でも沙樹が最も驚いたのは、隣国同士で行われていた長い長い戦争の歴史だった。沙樹がいるサンドの街があるのはアンバという大陸南に位置する大国だ。この国の北にはいくつもの小国が隣接していて、つい三年前まで領土を確保する為の戦争が小国間で行われていたのだと言う。戦争、という今まで身近には無かった言葉に震えると共に、あの教会に身を寄せる子供達の多くが戦災孤児であることを知ったのだ。
(戦災孤児、か・・・)
自分とは違う理由で孤独へと突き落とされた子供達。親に捨てられたと知り嘆き苦しんだ自分よりも、もっともっと理不尽で辛い思いをしてきたのだろう。だから沙樹はあの子供達の為にできることは何でもしようと思った。
今自分と共に楽しそうに歩いているククルでさえ、戦争に巻き込まれたのかと思うと胸が痛む。
「ねぇ、シャリハ!ラングに内緒でお菓子を買ってよ!」
「ダメよ、ククル。この前こっそり買ってあげたでしょう?」
「ちぇー。」
「帰ったらクッキーを焼いてあげるから。」
「ほんと!?やったぁ!早く帰ろ!!」
「ちょっと、ククル!買い物が先でしょ!!」
「早く早くー!!」
「はいはい。」
笑顔でいよう。彼らが辛い経験など思い出さぬように。それがラングと子供達へ自分ができる数少ない恩返しだから。そう沙樹は胸の内で誓いの言葉を呟いた。
* * *
「シャリハー・・」
「どうしたの?ナズ。」
そっと自室のドアを開けると、トタトタと六歳のナズが沙樹のベッドへ歩いてきた。沙樹がベッドから出て彼を受け止めると、ぎゅっと腰に抱きついてくる。
「怖い夢、見たの?」
「・・うん。」
「そう。」
ゆっくりと少年の小さな背中をさする。孤児院出身の沙樹は小さな子供の面倒を見るのには慣れている。あの頃もこんな風に眠れない幼い子を宥めたものだ。
「一緒に寝る?」
「いいの?」
「いいよ。今日は特別ね。」
「うん。」
ナズを抱き上げると自分のベッドの上で横にした。そのまま同じ布団に入り、肩まで布団を掛けてあげる。するとナズは沙樹を見上げた。
「ねぇ、唄って?」
「うん。じゃあ、目をつぶって。」
ナズが素直に目を閉じる。沙樹は静かに息を吸い、ぽんぽんとあやすように布団をやわらかく叩くリズムに合わせて身に馴染んだ曲を紡いだ。
“眠れ 眠れ 可愛い子 柔らかな夜風が頬を撫で
眠れ 眠れ 愛しい子 綺麗な星に見守られ
君が夢見る世界には 楽しいものが沢山あるわ
両手一杯のそれを持って 私の所へ帰っておいで”
昔、自分が孤児院の子供達にも唄ってあげた歌だ。ここの幼い子達がぐずった時にこちらの言語に翻訳して唄っている内に、すっかりここの子供達の間でもお馴染みとなっていた。
“眠れ 眠れ 可愛い子 森も眠る深い夜
眠れ 眠れ 愛しい子 この歌を聴きながら
竜の背に乗り天飛べば お月様が笑ってくれる
優しい世界で遊んだ後は 君のお話聞かせておくれ
眠れ 眠れ 可愛い子 眠れ 眠れ 愛しい子”
いつの間にかナズは沙樹のベッドの中で小さな寝息を立てていた。ほっとして沙樹も彼を起さぬよう静かに布団の中に潜り込む。
子供達はきっと知らない。彼らは沙樹に甘えていると思っているだろう。けれど、沙樹もまた彼らの存在に、腕の中に飛び込んできてくれる体温に安心しているのだと。彼らと一緒に笑っている時は自分が孤独であることを、この世界でひとりぼっちであることを忘れることが出来るから。
沙樹もゆっくりと瞼を閉じる。カーテンの向こうでは今日も青と白の月が浮かんでいた。