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第六話 1.恋情(2)

 先程気づいた事がある。沙樹の前では雪を見て頬を緩めていたエマは、ランバードが現れた途端硬い態度を取った。それは彼の想いを知っていて拒絶しているからだと思っていたが、本当にそれだけだろうか。

 沙樹も社会人として会社勤めをしていたからそれなりに社交辞令の笑みなら判別が付く。エマの微笑には特にそれが多いことも知っていた。だからこそ不思議に思っていたのだ。本当にランバードに対して少しも思う所が無いのなら、それこそあそこまで頑なな態度を取る必要は無い。他の客人や同僚達に向けるような適当な笑みを浮かべてあしらえばいいだけだ。人形のように美しい容姿をした彼女ならば、若くとも男性を上手くあしらう術を持ち合わせている事だろう。

 それなのに、ランバードだけには不器用とも言える態度を取る。それは暗にランバードが彼女にとって特別だということの表れではないのだろうか。

 今も客室で冷えた空気をかもし出しているエマを見ながら、沙樹はそんなことを考えていた。


「ランバード殿下はしばらくこちらに滞在するご予定なのですか?」

「うん。ブレードやヴァンと会うのも久しぶりでね。もう二・三日はいるつもりだよ。」


 庭から引き上げてから共にお茶をしているランバードは沙樹を見ながらもやはり可愛い想い人が気になるようだ。ソワソワしている所を見ていると、なんだか微笑ましくて頬が緩む。きっとしばらくの滞在も彼女と会う為なのだろう。


「ブレディス殿下から私を訪ねても良いと言われているのですか?」


 気楽に声を掛けられたので忘れていたが、自分はヴァンとの面会を禁じられている身。同じ王族である彼なら同じことを言いつけられている筈だ。

 するとランバードは一瞬キョトンとした顔をした。


「・・・許可が要ること忘れてましたね?」

「あははは。まぁ、いいじゃん。今日は止められなかったし。」


 そうなのだ。あまりにも自然に共に部屋に入ってくるものだから、扉の前にいた騎士もあっさりと彼を中に通してしまっていた。声を掛ける事すら思いつかなかったのかもしれない。その様子にエマは呆れた顔を向けていた。


「今朝、ヴァンに会って君の話を聞いたよ。」

「・・そうですか。」


 ヴァンは自分のことをなんと話したのだろう。不運な旅の同伴者。だが、自分のせいだとは言って欲しくない。


「ねぇ、君にとってヴァンは何?」

「え・・?」


 思いがけぬ問いに言葉を失う。私にとって、とはどういう事だろう。


「ヴァン・・、ヴァンディス殿下は・・・。」


 ぶっきらぼうで素直じゃなくて、いつも眉間に皺を寄せて不機嫌そう。自分のことを好きなれずに苦しみもがき、孤独にその身を震わせている。


『・・傍にいてくれ。』


 沙樹しか知らない、彼の願いが込められた囁きが蘇る。互いの孤独を埋めるように抱き合って眠りに落ちたあの夜。あれはきっと――


「同志、なのかもしれません。」

「同志?」


 沙樹は苦しげに自分をきつく抱きしめた腕を思い出しながら頷く。


「ヴァンディス殿下は、私と同じものを抱えていると思うんです。」


 それは傷の舐め合いだと他人は言うかもしれないけれど。互いの体温は確かにぽっかりと空いてしまった穴を埋めてくれた。ひた隠しにしていた孤独を暖めてくれた。

 そんな沙樹の言葉を聞き、成る程とランバードは頷く。


(確かに、根底には孤独があるのかもしれない。けど・・・)


 ヴァンは彼女に恋情を、彼女はヴァンに同情を向けている。すれ違いはあれど互いを思いやっている事には間違いなく、そんな温度差に恐らくヴァン本人は気付いている。それでも彼女を離したくない。今の心境はそんな所なのだろう。


(一国の王子が二人して片想いとはね。)


 情けないが、どんな英雄も女性には振り回されるものなのだ。いつしか母の言っていた言葉を思い出す。思わず苦笑したランバードを見て、沙樹は首を傾げた。


「あぁ。ごめん。なんでもないよ。それより、今日も君の歌が聞きたいなぁ。」


 へらり、と気の抜けた笑みを向けられて沙樹はしばし呆気に取られた。先程の問いはもう良いのだろうか。沙樹の答えに彼がどう判断を下したのかは分からないが、ヴァンの敵ではないと分かって貰えたのだろうか。

 部屋の隅に控えるエマの横顔をちらりと見てから沙樹は頷いた。


「選曲はお任せいただいても?」

「うん。いいよ。」


 思い浮かぶ曲はいくつかある。その中から抜き出したのはある女性シンガーのアルバムに入っていた一曲。タイアップもシングルカットもされていないので元の世界でも有名ではないが、昔から気に入っている曲だ。

 沙樹は座ったまま軽く目を閉じた。



“沢山の花々が咲き誇る中 あなたの手が私に触れた

 美しい色とりどりの花びら 蝶達でさえそちらを向くのに

 選んでくれてありがとう この気持ちを伝えたいけれど

 言葉を持たない私の心は きっとあなたに届かないでしょう


 初めてあなたの胸に抱かれ ただ一つの花になる

 あなたに貰った誇りと愛を 私は一生忘れない”



 ぴくっと二人に見えない位置でエマの手が揺れる。思わず拳を握ろうとしたのを我慢したのだ。平静を装ってはいるが、奥歯を噛み締め感情を殺していた。



“数え切れないほどの星々 あなたの目が私を捉えた

 眩しいほどの強い光が 私の身を隠そうとするのに

 見つけてくれてありがとう この感謝を伝えたいけれど

 遥か彼方に浮かぶこの身は あなたに触れることはないのでしょう


 あなたの瞳に見つめられて 私は初めて輝ける

 あなたが教えてくれた寂しさ 胸に抱いて私は眠る”



 自由を奪われた歌姫から紡ぎだされているのは片想いの歌。狂おしいほど相手を想い、そしてその心を伝えられずに孤独に暮れる悲しい歌。嫌だ嫌だと思っていた女の歌が、的確にエマの胸を貫いていく。



“冷たい空を独り飛ぶ あなたが私に語りかけた

 風が悪戯に羽を煽り 大地へ降りることは許されないのに

 言葉をくれてありがとう この想いを伝えたいけれど

 傍にいけないこの鳴き声は あなたの前で消えるのでしょう”



(もういい・・・)


 もういらない。そんな歌聴きたくない。この部屋から駆け出してしまいたいのに、そんな勝手な行動が許されないメイドの立場を呪いたくなる。この女に一体何が分かるというのだ。他人事のように切ない歌詞を平気で紡げるのは、きっと彼女がそんなものとは無縁だからに違いない。

 届かぬ想いならば捨ててしまえばいい。けれどそれが出来ない女の哀れな末路。



“あなたへ届けと唄い続ける 風に負けない翼を持って

 たった一人でも飛んでみせるわ あなたがそこにいてくれるなら”



 エマはハッと息を飲んだ。


(違う・・・)


 ただ想いを伝えられずに孤独を選んだ歌ではない。届かなくても、かき消されてしまっても、力強く想いを叫び続ける歌なのだ。

 感情を殺していた冷えた瞳が揺れる。静かになった部屋にランバードの拍手の音が響いて、そこで初めてエマは歌が終わった事に気がついた。


「素晴らしいけど、すこし悲しい歌だね。」


 素直なランバードの感想に、沙樹は一つ頷いた。


「そうかもしれません。でも、私はこの歌が好きなんです。」

「何故?」

「誰にどう思われても自分の心に正直でいて良いのだと、そう教えられている気がして。」

「・・・正直に、か。」


 それを聞いたランバードの口元に浮かぶのは笑み。


「僕も好きだな。」

「ありがとうございます。」


 この歌が彼女にも届いただろうか。動揺を隠すエマには気付かず、沙樹はそう願っていた。

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