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第四話 3.ブレード(2)

 * * *


 目の前に迫ってくる数人のメイドを前に沙樹は顔を青くした。彼女達は各々風呂に入るのに必要な道具を持って迫ってくる。髪を洗う為のハーブやタオル。体をマッサージする為の香油。更には沙樹の服を脱がそうと手を伸ばす人までいた。慌てて服をがっちり掴むが、沙樹は与えられた客室の壁際に追い詰められる。


「けけけけけ結構です!!!お風呂には一人で入れますから!!」


 必死な形相で懇願するが、彼女達が退く様子はない。


「しかし、殿下の大切なお客様をお世話せずに放り出すわけにはいきません。」

「いや、もうホント勘弁してください!!!泣きますよ!!」

「そんな。あんまりです。私たちはこれが仕事ですのに。」

「皆さんお忙しいでしょうから、私のことはほっといて、他のお仕事へ行ってください!!」

「ダメです!せっかくヴァンディス殿下が連れていらしたお嬢様ですもの。ピカピカに磨き上げて晩餐に出ていただくなくては。」

「嫌です!断固反対です!!私はたまたまここに来ただけの平民で一般人ですからそんな扱いを受けるわけには行きません!!っていうか、一緒に風呂まで入ってこられたら落ち着けません!!」

「まぁ、何をおっしゃいますの!メル様だって平民の出ですのよ。シンガー様だってそのチャンスがおありになるかもしれませんのに!」

「そんなもの要りません!!皆さんに差し上げますからどうか出て行ってください!!」


 涙目で訴える沙樹を見て、恥ずかしがっているのではなくどうやら本音らしいと悟った彼女達は恨めしそうな顔をしながらも渋々脱衣所から出て行った。メイド達との長い言い争いが終わり、沙樹は長い溜息を吐く。


(もう疲れちゃった・・・・)


 風呂に入って夕食を食べたら今日はとっとと寝よう。そう決めて服を脱ぎ、風呂への扉を開ける。するとそこにはこの世界に来て初めて見る浴槽があった。


「わぁ・・・」


 裸足でぺたぺたと磨き上げられた石材の床を歩き、白い石をくりぬいて作られた浴槽を覗き込む。中には湯気を立てるお湯が張られていて、良い匂いのする花びらが浮かんでいた。


「すごい・・・。」


 この世界には浴槽に入る習慣はないと思っていのだが、どうやら上流階級ではそうでもないらしい。先程までの疲れも忘れて、沙樹は久しぶりの風呂に胸を弾ませるのだった。






「要りません。」

「ダメです。」

「じゃあ、そっちでいいじゃないですか。」

「これは地味すぎです。」

「いいんですよ、地味で。派手にする必要なんてないでしょう。」

「ダメです。華やかでなければ殿下の心は射止められませんよ。」

「だからそんな必要ないんですってば!!!」


 気持ちよく風呂を出た所で待っていたのは先程のメイド達だった。今度は沙樹にどんなドレスを着せようかと、客室にずらりと服や装飾品を並べて待っていたのだ。けれどあちらの世界にいた時からシンプルな服を好む沙樹からすれば、用意されたそれらは全て肩の凝りそうなものばかりだった。


「やはり黒髪に似合うのは青いドレスでしょう。」

「あら、白も清楚でいいと思うわ。白に青い宝石をつけるのはどう?」

「ダメよ。夜なんだから濃い色がいいわ。赤・・は、ちょっと子供っぽいかしら。」


 沙樹の意見を無視して勝手に進む会話に眩暈がしそうだ。そもそもドレスって・・・。あちらの世界なら自分が結婚する時ぐらいしか着る機会の無い代物。自分が着れば孫にも衣装どころか痛いコスプレになるのがオチだ。

 なんとかドレスを回避しようと考えを巡らせる。そこで湯冷めしない内にと元々持っていた荷物からワンピースを取り出そうとするが、その中身がなくなっていた。


「え!!私の服は?」

「全て洗濯に出していますよ。」


 どう見ても十代の、自分よりも年下のメイドに言われて沙樹は顔を引きつらせた。彼女はとても可愛らしい顔で微笑んでいるが、どう考えても陰謀にしか思えない。のんきに風呂に浸かっている内に逃げ道は絶たれていたのだ。


「私、皆さんと同じ服でいいんですけど・・・」

「ダメです。」


 可愛い顔にあっさりと否定され、バスローブ一枚の沙樹は再び泣きそうになった。






 結い上げられた黒髪を飾るのは真珠のような輝きの石で作られた髪留め。デコルテが綺麗に見え、細い腰を強調するラインのドレスは長さが膝下まである。余計なフリルも装飾もないが同色の細かな刺繍を施された紺色のドレスは、宝石を身に着けることを拒否してもあのメイド達を納得させるほど沙樹によく似合っていた。その形はワンピースに近いので沙樹も他のドレスよりは抵抗なく着ることが出来た。嫌だ嫌だと言っていた沙樹を見かねてメイド頭のマーニさんが出してくれたものだ。若いメイド達はもっと沙樹を着飾りたかったようだが、沙樹に似合いの一着になんとか引き下がってくれた。今日の所は、と付け加えるのが正しいかもしれないが。

 夕食の時間になり、部屋を出た沙樹を待っていたのはカイルだった。彼は着替えた沙樹を見てにっこりと微笑む。


「いいね。似合ってるよ。」

「ありがとうございます・・。」

「どうしたの?」

「なんだか疲れちゃいました。」

「あはははっ。メイド達と言い争う声、こっちにまで聞こえてたよ。」

「なら助けてくださいよ。」

「いや。面白そうだったから。」

「カイル・・・。」

「そんな恨めしそうな顔しなくても。似合ってるからいいじゃない。」


 はい、と言ってカイルが手を差し出す。エスコートなんてされたことのない沙樹が首を傾げると、カイルが優雅にお辞儀をしてその右手を取った。


「どうぞこちらへ。お嬢様。」


 似合う。似合いすぎる。ヴァンよりもカイルの方がよっぽど王子様のようだ。後ろでそれを見ていたメイド達がうっとりとした溜息を付く声が聞こえてきた。


「・・・ありがとうございます。」


 どんな顔をしたらいいのか分からず、固い顔で沙樹はカイルと共にダイニングへ移動した。






 どこのパーティー会場だ、ここは。

 思わず沙樹は胸の内で呟いた。目の前にあるのは真っ白なテーブルクロスが敷かれた丸テーブル。普段からブレードやヴァンが食事をとる時に使用している部屋だと言うから恐らく本物のパーティー会場の何分の一の広さなのだろうが、それでもやはり部屋は大きく、並べられた調度品も沙樹では価値が図れないほど豪華だ。部屋の内装が落ち着く色合いになっているのが唯一パーティー仕様じゃないように思えた。テーブルに並ぶ食事は農業が主な産業のユフィリルらしく野菜が多いが、食欲をそそる色鮮やかで綺麗に盛り付になっている。そこではすでにブレードとヴァンが腰を下ろしていた。


「綺麗ですよ、シンガーさん。」

「え?」


 まさか自分のことだとは思わなかった沙樹はつい聞き返してしまった。けれどブレードは気を悪くした様子もなく沙樹の椅子を引いてくれる。


「似合ってます。そのドレス。あなたの綺麗な肌がよりまぶしく見える。」

「いや、あの・・・、ありがとうございます・・・・。」


 ぎくしゃくしながら何とかお礼を言って席に座る。日本人の沙樹にはどうもこの屋敷の人達の感覚は合わないようだ。向かいに座るヴァンと目が合うと、彼はにこりともせずにふいっと目を逸らした。けれど彼が不機嫌なのはいつものことなのでそれ程気にならない。むしろブレードのようにニコニコしている方が驚きだろう。

 最後にカイルが席について食事が始まった。フランス料理のようにフォークやナイフがいくつも並んでいる訳でもなくほっとする。どうやら面倒なテーブルマナーというのはこちらにはないらしい。

 カイルが沙樹との出会いからここに至るまでをブレードに話しながら食事が進む。かいつまんだその話が終ると、ブレードは沙樹に話しかけた。


「そういえば、シンガーさんはロードと話をしたいと仰ってましたね。」

「あ、はい。お忙しいとは思いますが、時間をとっていただけると嬉しいです。」

「今日はもう遅いですから、明日のお茶の時間にロードを行かせます。我々は邪魔しませんので、時間を気にせず話をしていただいて結構ですよ。」


 その言葉に沙樹はほっと息を付く。彼らが同席するのが嫌なわけではないが、やはりブレードが一緒では緊張してしまうし、他の人が聞いていると思うとなんとなく話しづらい。


「はい。ありがとうございます。」

「・・んで・・。」

「え?」


 不意に聞こえた声にヴァンの方を向けば、再び顔をそらされてしまった。


「・・なんでもない。」

「あ・・、うん。」


 言葉を飲み込んだ彼の様子が気にはなったが追求は出来ず、沙樹は頷くしかないのだった。






 翌日の昼食後。ブレードとヴァンは領地視察の為に屋敷を出てしまい、その護衛にとカイルも同行していた。そこで一人になってしまった沙樹は客室で本を読んでいた。この屋敷の書斎にあったもので、言葉の簡単そうな本を選んで借りたのだ。今読んでいるのはヴァン達も子供の頃に読んだという、少年の冒険記を綴った小説だった。

 窓からは秋の爽やかな風が入ってくる。今日は快晴で、窓を開けっ放しにしていても寒さを感じない。時折知らない単語に躓きながらも本のページを捲っていると、コンコンッと丁寧なノックが聞こえた。


「はい。」


 沙樹が返事をすると両開きの木製のドアが開けられる。そこから顔を出したのは約束どおりロードだった。彼はにっこり笑って一礼すると、眩しそうに窓の外を見た。


「お待たせしました。せっかく良い天気ですから、今日は外でお茶にしましょう。」


 彼のその一言で、沙樹は外庭へと案内されたのだった。



「わぁ・・・。」


 屋敷の正門の反対側。そこには広々とした庭があった。森の中に佇む屋敷は木に囲まれているだけかと思ったが、敷地内に一本の小川が流れている。暖かな日光が降り注ぐよう庭の周りには背の高い木々はなく、テーブルの置かれた場所を囲むように黄色い花が咲いていた。それは冬の近づく季節だとは思えない光景だった。


(もしかしてここには落葉樹ってないのかな。)


 どの木も青い葉をつけており、紅葉は見当たらない。沙樹が周囲の風景を夢中で眺めている間にロードによってお茶の準備が整っていた。


「あ、すいません。手伝いもせず。」

「いいんですよ。シンガー様は大切なお客様なのですから。どうぞ、冷めないうちに召し上がって下さい。」

「はい。頂きます。」


 真っ白なテーブルクロスを敷かれたテーブルの上に用意されたのは控えめな香りの温かな花茶と焼き菓子。寒くないよう上着と膝掛けを貸してもらっている。またメイド達がずらずらと付いてくるのでは、と思っていたが、昨夜ブレードの言った通りロードと二人きりだった。お陰で彼は一人で全ての用意をしなくてはいけなかったが、実に手際よく、沙樹が手伝う隙などなかった。


「それで、シンガー様は何をお訊きになりたいのですか?」


 沙樹はそっと彼の顔を伺う。後ろに撫で付けられた黒髪。優しげな瞳も同じく黒い。沙樹と同じ黒を纏った人物。沙樹は少し緊張しながら手にしていたカップを置いた。


「あの、ロードさんの出身地はどんな所ですか?」

「私はピノーシャ・ノイエ出身です。」


 やっぱり、と沙樹は思った。沙樹にとって落ち着く彼の容姿は、自分が目指している土地の人間である証だ。


「ハマナ島をご存知ですか?」

「ピノーシャ・ノイエで一番大きな島ですよね?」

「そうです。私はそこで漁師をやっていた家の次男です。勉強の為に知り合いの伝手でユフィリルを訪れ、ブレディス殿下に拾われて今はこちらで働かせてもらっています。」


 柔らかな物腰とまるで幼少の頃から身に付いているような礼儀作法や言葉遣い。てっきりどこかの貴族かと思っていたので漁師の息子、という彼の言葉は意外だった。


「どんな所ですか?ハマナ島は。」

「ユフィリルに比べれば土地は小さく人口も少ないですね。職人が多い国だけあって頑固な者が多いです。ですが面白い所ですよ。各島々が独自の文化を持ってますから、観光地として今は人気があります。」

「へぇ・・。」


 本来の目的とは関係なしにピノーシャ・ノイエに興味が湧いた。元の世界で元々裕福ではなかったから、旅行に行く機会があったのも学校行事ぐらいだったのだ。行ってみたいと素直に思った。


「ピノーシャ・ノイエに興味をお持ちなんですか?」


 そこで一瞬沙樹は息を飲んだ。彼に話を持ちかけた本当の理由は話せない。わざとらしくないよう手前の菓子に目線を落とし、それを一つ摘んだ。


「えぇ、まぁ。私旅をしていて、ピノーシャ・ノイエに行く途中なんです。」

「そうでしたか。」


 手にした菓子を口にした。見た目はクッキーかと思ったが、齧ればそれよりも柔らかい生地で出来ていて中に入った木の実が香ばしい。それを咀嚼している間、ロードが旅の理由を深く追求しないことにほっと胸を撫で下ろしていた。

 カップのお茶がなくなってしまうと、すかさずロードが御代わりを注いでくれる。ティーポットから流れ出る黄緑色の花茶を見ながら、沙樹は更に口を開いた。


「ピノーシャ・ノイエに入国するのは難しいんでしょうか?」

「そうですね・・。先ほども申し上げた通り観光客が多い国ですが、もしハマナ島ではなく他の島へ行きたいのだったら難しいかもしれません。」

「え・・、どうしてですか?」

「観光客の入国が認められているのはハマナ島だけなんです。現地に知り合いがいるなら可能かもしれませんが。」

「・・そう、ですか。」


 沙樹が行きたいのはハマナ島ではなくマライヌ島だ。恐らく沙樹と同じ世界から来た人物の手がかりがある島。せっかくピノーシャ・ノイエ行きの船に乗れたとしても、そこまで辿り着けなければ意味がない。おまけにロードがハマナ島出身なら、知り合いを紹介してもらうことも出来ない。

 道が閉ざされてしまったこの旅の行く末に、沙樹は言葉を失うのだった。

【登場人物紹介】

・沙樹(24):幼少を孤児院で過ごした一人暮らしのOL。


《アンバ国》

・ラング(46):田舎街サンドにある教会の神父。

・エド(26):亜麻色の髪と目を持つ整った顔立ちの旅芸人。

・ダルト(27):エドの兄。無口で体格の良い旅芸人。

・ビビ(28):金髪に褐色の肌をした魅惑的なダンサー。姉御肌。


《ユフィリル》

・ヴァンディス(23):いつも不機嫌そうなユフィリルの第二王子。

・カイル(31):『黄金の鷹』の二つ名を持つ、第十騎士団の美形な騎士。明るい同性愛者。

・ブレディス(29):ユフィリルの第一王子。ヴァンの兄。

・グラハム=ハディ(49):第十一騎士団のいかつい隊長。アム・ロジアの大ファン。

・オズワン(24):第十一騎士団の若く真面目な騎士。

・ロード(44):ブレディスに仕える執事。ピノーシャ・ノイエ出身。


《その他》

・ハニム=ガルーダ八世:バハールのかつての王


【地名】

・アンバ:商業主義の大国

・ピノーシャ・ノイエ:大陸北東に位置する列島

・ユフィリル:農業の盛んなアンバの同盟国

・ヌーベル:ユフィリル最北端の港。

・バハール:ユフィリルに戦争で負けた小国

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