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第三話 1.ヴァン(2)

 結局何の仕事なのか分からないが、複数の人に注目を浴びる仕事なのだろう。他人からの評価を受けるのは沙樹と同じだが、彼の服装見れば娯楽の為にパフォーマンスをするような仕事ではない筈だ。ある程度の地位があるように見える。


「あの、お茶飲みます?」

「何故だ?」

「大分お酒が進んでいるようなので。」


 沙樹の経験上、酔い具合が顔に出ない人ほど危ないものだ。心配してそう声を掛ければ、彼は眉根を寄せて沙樹の顔をマジマジと見た。


「変な奴だな。普通、女は酒を勧める。」

「まぁ、それはそうでしょうけど。お客さんはお疲れのようですし。」


 疲れている時は悪い酔いするものですよ。そう言えば増々怪訝な顔をされた。


「子供のくせに酒に関しては玄人のようだな。」

「・・・・とっくに成人しているのですが。」

「何?」


 どうやら沙樹の顔を見て未成年だと思っていたらしい。東洋人は童顔に見られるし、手元のグラスもお茶が入っているので仕方ないとは思うものの、ちょっとムッとして言い返せば彼は目を丸くした。


「・・・本当に?」

「本当です。」


 こういう時、ビビの色気の十分の一でもあれば違ったのかもしれない。そうは思うがどうにもならないので仕方が無い。

 今度不機嫌になるのは沙樹の方だ。すると彼は顔を逸らした。どうしたのかと思えば、その肩が震えている。どうやら笑いを堪えているらしい。コロコロと機嫌が変わる辺り、やっぱり酔っ払っているのではないだろうか。


「別にこちらを見て笑ってもらっても結構ですけど。」

「いや・・そういうつもりは・・・。すまない。」


 口では謝っていても、やはり一度起こった笑いの波は中々収まらないようだ。ふと見えたその表情は先程とは比べ物にならないくらい明るく、彼を幼く見せていた。


「お客さんはこの辺りでお仕事を?」


 明らかに長距離移動に向いていない服装を見てそう訊くと、彼は一瞬動きを止めた。やっと笑いが収まったかと思えば、ぐいっと残ったグラスの中身を飲み干す。


「いや。俺はユフィリルの人間だ。普段は城下に居る。」

「じゃあ、これからユフィリルに帰る所だったんですね。」

「・・まぁな。」


(また声が暗くなった。)


 自国に戻ることに何か戸惑いでもあるのだろうか。もしかしたら先程言っていた彼の仕事が関係しているのかもしれない。


「ユフィリルには行ったことが無いんですけど、王政のしっかりした安全な国だと聞きました。」

「・・あぁ、そうだな。王は高齢だが跡継ぎがしっかりしているらしいし、今後も問題は無いだろう。」


 空になったグラスに気付いて沙樹が「お注ぎしましょうか?」と言うと、彼は乾いた笑みを見せた。


「いや、お前の言う通りこの辺でやめておこう。それより歌を聴きたい。」

「え・・。私の歌ですか?」

「他に誰が居る。」


 沙樹は自分の飲んでいたのと同じお茶を注文して彼に差し出した。それをひと口飲んだことを見届けてから問いかける。


「どんな曲を御所望でしょう?」

「・・・なんでも。任せる。」


 彼が聞きたいのは一体どんな歌だろう。しばらく黙って考えた後、沙樹は立ち上がらずにその場で目を閉じた。皆に聞かせる曲でなくていい。彼に届けるだけでいいのだ。



“高い空を見て溜息つく あなたの目は遠く遠く

 掴めぬ雲を見ているの 届かぬ星を見ているの

 果てない海を恐れてる あなたの目は遠く遠く

 大きな波に怯えるの 深い底に怯えるの”



 隣で息を飲む音が聞こえる。けれど目を閉じている沙樹には彼がどんな顔をしているのか分からない。段々と沙樹が唄っている事に気付いた人々がその声に耳を澄ませる。少しずつ周囲の喧騒が収まっていくのを背中越しに感じた。



“足元に小さな花 気付かず歩く街の人々

 そんな悲しい顔をして 自分のようだと言わないで


 あなたが好き たった一人だけのあなたが

 代わりなんていない あなたが好き

 あなたが好き 照れるように笑うあなたが

 不器用に手を握る あなたが好き”



 隣から動く気配がしなくなって、気になり目を開ける。すると彼は呆然と言葉を失ったまま沙樹を見ていた。


「あの・・・」


 声を掛けられて初めて歌が終わったことに気付いたのか、一度目をしばたかせた後慌てて目を逸らした。


「今のは・・」

「ヴァン。」


 後ろから声が掛かって彼の言葉が遮られる。鬱陶しそうな顔で彼が振り向くとそこにいたのはまるで俳優のように整った顔立ちの青年だった。ヴァンと呼ばれた彼よりもいくつか年齢は上のようだが、肩まで伸びた金髪を後ろで一括りにしている彼はあまり歳を感じさせない人だ。


「カイル・・・。」

「珍しいね。君が女性と呑んでるなんてさ。」


 どうやら友人らしい。もしかして彼と待ち合わせでもしていたのだろうか。邪魔しちゃってごめんね、と軽い調子で沙樹に謝ったその表情は男性独特の色気が滲み出ていて、初めて会ったのにドキッとしてしまう。


「どうしてここにいる。」

「迎えに行って欲しいって頼まれたんだよ。」

「・・・。ブレードか。」

「正解。」


 にこっと笑ったカイルにヴァンはちっと舌打ちする。仲が良いのか悪いのか分からない関係だ。そもそもいい歳の男性を子供のように迎えに来るというのはどうだろう。もしかして沙樹の隣に居る彼は酒癖が悪くて有名、とかだろうか。


「今夜はこっちに泊まるの?」

「あぁ。隣に宿は取ってある。」

「そう。明日には戻るんだよね?」

「・・戻る。」

「良かった。」


 カイルはさり気なく沙樹がいるのとは反対の、ヴァンの左隣の席に腰を下ろす。空のグラスを一つ頼むと、ヴァンが飲み残したボトルの酒を注いだ。その手際を見ながらヴァンは再び不機嫌そうな顔を向ける。


「そういうお前はどうするんだ?もうこの辺りに宿は無いぞ。」

「ご心配なく。君を見つける前に確保してあるよ。」

「・・用意周到だな。」

「お褒めにあずかり光栄です。」


 大袈裟に胸に手を当て、頭を下げる姿も様になっていてますます俳優のようだ。するとその目線に気付いたカイルが沙樹を見て微笑んだ。


「そちらのお嬢さんは?」

「え?私、ですか?」

「うん。宿は大丈夫だった?」

「あ・・・。」


 残念ながら宿の当ては無い。言葉に詰まっているとヴァンが沙樹を見た。


「なんだ。お前宿無しなのか?」

「えぇ。まぁ・・・」


 するとカイルが明るい金髪を揺らしながら首を傾げる。雑誌モデルのようでそんな姿も一々絵になる人だ。元の世界の友人達が見たら大いに喜ぶことだろう。


「なら、俺の部屋に来る?」

「え、でも。部屋を譲っていただくのは悪いですし。」

「うん。俺も宿無しは困るから譲るつもりは無いよ。一緒にどう?っていう提案。」


 するとにっこり微笑んだカイルの言葉に沙樹が返事をするより先に、口を開いたのはヴァンだった。


「おま・・・っ、ふざけるのもいい加減にしろ!」

「ふざけてないよ。女性が宿も無く困ってるんだから当然でしょ。」

「だからって・・」

「まぁまぁ。俺が安全なのは君も十分知ってるでしょ?」

「そ、それは・・・。」


 何やら言葉を濁したヴァンが、ちらりと沙樹を見る。沙樹は一度も頷いてはいないのだが、いつの間にか彼らの中では沙樹がカイルという男性の部屋に泊まりに行くことで話がまとまりかけていた。


「君も食事が終わってるみたいだし、行こうか。」

「え、いや、でも・・。」

「大丈夫大丈夫。君の心配しているようなことはないから。俺騎士団の人間だし。」


 ほら、と言って見せられたのは獅子を象った紋章入りの皮手袋だった。ラングの授業で見たことのあるそれは、確かにユフィリルの国章。国の象徴でもあるその紋章の入った防具や武器を身につけることが許されているのは騎士団の人間だけだ。そうエドに教わっていたが、そもそも騎士団の人間である事と宿の問題は別ではないだろうか。

 そんなことを考えている間に彼と店を出た沙樹は、いつの間にかカイルの部屋の前に連れて来られていた。


「はい。どうぞ、お嬢さん。」


 丁寧にドアを開けられるがその中に入るのは躊躇われてしまう。エドもそうだったけれど、もしかしてこの世界では男女が同じ部屋で眠ることにあまり抵抗が無いのだろうか。それでも一つしかないベッドを見つけて沙樹の表情が固まった。それに気付いたカイルがニコニコと笑う。


「大丈夫だって言ってるでしょ。俺、女性には興味ないし。」

「へ?」


 我ながら初対面の相手に間抜けな声を上げてしまったと後悔してももう遅い。沙樹がマジマジとカイルの整った顔を見ると、彼は沙樹の背中に手を当てて部屋の中に促した。


「荷物はそっちにおいて。ベッドは使って良いよ。俺はソファで寝るから。」

「はぁ・・・。」


 それでも突っ立ったままの沙樹を見てカイルが笑う。


「まだ俺のこと信用できない?まぁ、女性一人なら仕方ないけど。」

「あの・・、興味がないって言うのは?」


 するとカイルは事も無げに言った。


「俺、ダリアンだから。」

「?」


 知らない単語に首を傾げる。するとカイルはひょいっと片眉を上げた。


「ダリアンって分からない?女性シャラじゃなくて男性ダリにしか興味ない趣向のことなんだけど。」


 つまりゲイのことか、と妙に納得してしまった。それなら女性に興味が無いと言った言葉にも頷ける。何の抵抗も無く初対面の相手にそんなことをカミングアウトした彼の行動には驚いたが、沙樹は素直に返事をした。


「成る程。そういうことなんですね。」

「分かってもらえた?」

「はい。」


 良かった、と笑ってカイルは毛布をソファの上に置く。どうやら本当にソファで寝るつもりらしい。沙樹も自分の荷物を置いて、用意されていた水差しから二つのカップに水を注ぐ。その一つをカイルに手渡しながら、そういえば、と口を開いた。


「お友達を置いてきてしまって良かったんですか?」

「友達?あぁ、ヴァンのこと?あいつなら酒場の隣に宿取ってるって言ってたから大丈夫でしょ。泥酔していたわけでもないしね。」

「でも、迎えに来たんでしょう?」

「あいつの兄貴に頼まれてね。明日には合流するよ。」


 弟が心配なら自分で迎えにくればいいのに。そう思ったが口にはしなかった。しかし騎士団というのは日本で言う警察や自衛隊のようなものだろうに、個人の頼みでお使いまで引き受けるなんて大変な仕事だ。


「そう言えば名乗ってなかったね。俺はカイル。さっきも言った通り、ユフィリルの騎士団に所属してる。」

「私は、シンガーです。」

「シンガー?変わった名前だね。」

「はい。よく言われます。一晩お世話になります。」


 ぺこりと沙樹が頭を下げると、大袈裟だなぁと言ってカイルが笑った。

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