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第二話 3.国境(2)

 * * *


 白い雲が筋を作って蒼い空に溶けていく。日本のように四季はあるものの、大陸の南に位置するアンバではそれ程はっきりとした寒暖差は無い。それでも秋らしい風が吹いて沙樹の黒髪を揺らした。

 目の前には巨大な石材を積み上げて造られた関所が見える。大きな荷物を持った人々や荷を積んだ馬車がそこに長い列を作っていた。周囲は革鎧を着た男性が警備しており、ユフィリルの騎士団だとビビが教えてくれた。小説や映画でしか見たことの無い騎士を目の前にして沙樹はついジロジロ見てしまう。


「通行証を持っているなら右の列。持ってないなら左の列だな。」


 ダルトの指差す方を良く見れば確かに列は二つに分かれている。関所では目的地や職業など事細かく訊かれるので、身分のはっきりしない者は弾かれることもあるらしい。この世界の人間ではない沙樹には不利な条件だが、サンドの街を出るときにラングが持たせてくれたアンバ国家認定の教会印が入った紹介状があるのですんなり通れる筈だという。

 沙樹は一度関所の大きな石壁を見上げると、その向こうから覗く朝陽に目を細める。自分の行き先を確認するように一度頷き、後ろを振り返った。そこにはここまで一緒に来てくれたビビとダルト、そしてエドがいる。


「じゃあ、行くね。沢山お世話になって、ありがとうございました。」

「なぁに水臭いこと言ってんのさ。色々アタシ達が旅に必要なことを教えてやったんだ。一人でもしっかりやんなよ。」

「はい。」


 ビビが手を差し出す。ここでは向こうの世界とは握手の意味が少し違う。相手の身分によって手の差し出し方が違うらしいが、ビビは軽く腕を曲げて、沙樹にとっては腕相撲をする時のような角度で曲げた手を差し出した。沙樹も同じように手を前に出し、ビビの手を握る。これは同じ身分の人間、仲間内での握手のやり方だ。綺麗に手入れされた爪で飾られた手が、力強く沙樹の手を握る。自分の歌声を初めて認めてくれた人。姉のように気兼ねなく接してくれた人。感謝はいくらしてもし足りないけれど、ビビはきっとそんな女々しい言葉は望まない。沙樹は彼女に向けた笑顔に感謝を込めてその手を離した。


「シンガー。」

「ダルト。」

「元気で。」

「うん。ダルトも。」


 今度は大きな手が沙樹の手を包んだ。やはり言葉少ない挨拶だったけれど、彼の優しさがビビとは正反対に柔らかく握られたその温もりを通して伝わってくる。沙樹の手などすっかり隠れてしまいそうな大きな手は今まで何度も沙樹に安心を与えてくれた。それに感謝を込めて、沙樹はその手を握り返した。


「エド。」


 目線を落としていたエドを呼ぶ。同時にビビとダルトの二人が後ろに下がったのが見えた。沙樹と目を合わせたエドに昨夜のような色は無い。それに内心ほっとして、沙樹は感謝の言葉をかけた。


「あの時、私を誘ってくれてありがとう。」


 するとエドは肩をすくめた。


「いや、俺が声を掛けなくても、ビビが誘ってただろ。」

「ううん。あの時エドと話が出来ていなかったら、ここまで来れなかったかもしれないもの。」


 事実、ピノーシャ・ノイエを知るきっかけをくれたのはエドだった。いつか自分で気付いたかもしれないけれど、それには随分と時間が掛かったことだろう。もしかしたら、ずっときっかけを掴めずにあの教会で過ごす事になっていたかもしれない。


「ありがとう。」


 改めて御礼を言うと、まぶしいものでも見るかのようにエドは一瞬目を細めた。


「シンガー。」

「うん。」

「・・もし、」


 エドの手が沙樹の指を取る。彼の親指が沙樹の子指をそっと撫でた。指先に感じた温度に沙樹の呼吸が一瞬止まる。


「もし、もう一度会うことがあれば、その時はまた俺の伴奏で歌ってくれる?」


 すぐにでも崩れてしまいそうな彼の表情を前に、沙樹は自然と頷いていた。


「うん。勿論。」

「そっか。・・元気でな。」


 エドの手が沙樹の手を握る。仲間を表す形で。


「うん。ありがとう、エド。」


 手を離そうとすると、逆に握る手に力が篭められた。


「エド?」

「あの曲・・・」

「?」

「二人に唄ったあの曲。」

「あ・・」


 エドが言わんとしているのが、ビビとダルトに贈った歌だとすぐに分かった。


「なんてタイトル?」

「・・・。『僕の愛しい人(ハルム・アルウェン)』。」

「そう。覚えておくよ。ありがとな。」


 そして二人の手が離れた。

 沙樹は三人の下を離れると一度手を振った。それが最後。もう振り向くことなく歩き出す。


 エドは再会を祈ってくれた。けれどこの世界で自分が出会って、そして迎える別れに再会は無いに等しい。沙樹が求めているのはこの世界から離れることだから。『故郷』へ帰ることが出来たなら、彼らはもう二度と会うことの無い人々。

 だからこそ笑顔で別れよう。誰にも涙を見せずに別れよう。ここでの日々は物語を読んでいるようなものだから。私が生きてきた現実とは違う。遠い遠い世界での物語。だからきっと大丈夫。幾度訪れるか分からない別れも、上手く対処することが出来るはず。


 目の前にあるのは次の国への扉。誰と出会うのか、どんな物語が待っているのか。沙樹は一人、その一歩を踏み出すのだった。

【登場人物紹介】

・沙樹(24):幼少を孤児院で過ごした一人暮らしのOL。


・エド(26):亜麻色の髪と目を持つ整った顔立ちの旅芸人。

・ダルト(27):エドの兄。体格の良い旅芸人の一人。ビビの恋人。

・ビビ(28):旅芸人の一人。金髪に褐色の肌をした魅惑的なダンサー。ダルトの恋人。


【地名】

・アンバ:商業主義の大国

・サンド:沙樹とエド達が出会った田舎街

・モスカ:ユフィリルとバハールの国境がある街


・ピノーシャ・ノイエ:大陸北東に位置する列島

・ユフィリル:農業の盛んなアンバの同盟国

・バハール:かつてユフィリルに戦争で負けた小国

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