——四人目①
体育会系の学生が遅くまで練習していた風を装い、大きなバッグからこれ見よがしに道着と黒帯をのぞかせて夜の電車に乗った。
今度は二人目より少し遠い場所になる。
駅を出て寂れかかった商店街を通り過ぎ、県道を越えて二本目の道にあるポストを左に曲がって十五メートル。年期の入った安いアパートの二階。ここにあいつは住んでいる。
まだ帰宅していないらしく、部屋の灯りは消えている。隣の今日の夕食はカレーだろう。強い香りが近所に漂っていた。
あせることはない。僕に必要なのは確実性だ。そのために半年という時間をついやしたんだから。
いったん引き返して駅前のコーヒーチェーン店に入り、アメリカンを注文して砂糖一つとフレッシュを二つ手にしてテーブルに座った。
カフェオレを頼めと言われるかもしれないけれど、僕にはミルクが多すぎるのでこれくらいがちょうどいい。
一時間ほど時間を潰してもう一度あいつの部屋へ向かった。
今度は帰っているらしく、部屋の灯りがついている。足音を忍ばせながら階段を登り、中の様子をうかがうと一人でいることに間違いない。
もし女でも連れこんでいたのなら、今日は取り止めなければならないと考えていただけに助かった。
まったく、二人目の時といいこの復讐は神が手助けしてくれているようだ。まあ、死神なら人が死ぬのを待っているわけだから、案外本当に手助けしてくれているのかもしれない。
チャイムを鳴らすと、中から野太い声で返事があった。
「僕です。相談したいことがあって」
名前を言うとバタバタと慌ててる音がして、ガチャッとドアが開き汗臭さそうな男が顔を出した。
「お前、よく出て来られたな。さあ入れ入れ。来てくれて嬉しいぞ、先生は」
そうだ。この男が僕の担任で、イジメを無視してやつらを増長させ、裁判でもイジメなんて無かったと証言しておきながら、何食わぬ顔でクラスの寄せ書きなんて持って来たバカだ。
「あまり長居は出来ませんけど」
そう言って体を震わせながら中に入った。こいつには僕が寒くて震えているように見えただろう。
だけどこれは武者震いなんだ。
部屋の中はさすがに男一人で暮らしているだけあって散らかっていて、すでに数年前の七月以降使えなくなったはずの古いテレビの上には、恥ずかしげもなくエロDVDが積んである。
テレビとしてでなく、エロ鑑賞用の箱として使っているわけだ。
「インスタントコーヒーしかないがいいか?」
「いえ本当にすぐ帰りますから。それより先生は今度の殺人事件をどう思っていますか?」
コップが二つ現場に残されるなんて使い古された証拠を残したくない僕は、単刀直入に尋ねた。
「そうだなあ」
座り直したこいつは腕を組んで考え込む。
まさか考えてなかった訳じゃないだろう。立ち位置的にも中心にいるんだぞ。本当に考えてなかったとすれば、こいつひょっとして僕へのイジメも本当に知らなかったんじゃないだろうか?
体育教師は昔からバカが多いと思っていたけれど、ここまでバカなのか?
「先生は、大変なことになったなと思ってる」
駄目だ。こいつ本物だった。