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——警察②

 三日たってやって来た警察は二人組で、ドア越しになら話をするという条件を飲んだ上で簡単な自己紹介をしてすぐに事件のあらましを説明する。

 その話ぶりから二人は、新米っぽいのと中年の刑事だった。

 


 若いほうは「そんなことまで」とか言っていたが、中年のほうは「次にいつ話を聞けるか分からないだろう」と詳しく語ってくれた。よく分かっているじゃないか。

 しかも、説明の細部は僕の記憶と合っていて、嘘をつく気はないようだ。これだけ確認できればそれでいい。

「……という訳だ。彼らが人から恨みを買うとか、恨んでいる人物に心当たりはないかな?」

 心当たりなんてあり過ぎる僕は、思わず苦笑してしまった。


「刑事さんは、僕がどうして引きこもりになったか知ってますか?」

「ああ、君のことは少し調べさせてもらったからね」

「どこまで調べました? 僕があいつらにイジメられて両親と一緒に教育委員会を通じて、あなたがた警察に訴えたらそんな事実はないと逆に訴訟を起こされて、両親が毎月損害賠償を支払わせられている事までご存知ですか?

 母さんもすごく嫌そうにあなたたちを家に入れたでしょう? 僕たち家族はあれ以来、警察を信用してないんです」

「すまないがそこまでは、警察といえど個人情報を守る義務があるため調べられないんだ。

 それに我々は同じ一課といっても係が違うため、他の係の管轄にはタッチできないんだよ」

「係が違うとはいえ一課というと凶悪犯罪が対象ですよね。

 だったらどうして僕が受けたイジメは凶悪犯罪にならなかったんですか?」

「それは君が殺されたわけではないので、我々としても……」

 刑事は歯切れの悪い言い訳をする。


 ああそうだろう。本当はぜんぶ承知の上であの病院長に買収されたなんて口が裂けても言えるはずないからな。

 そもそも命が狙われると決まっている訳でもない政治家の門の前に常駐させる警官はいても、命が狙われていると訴える一般市民には「何か」が起きてからでないと何もしてくれないんだ。

 そうして何かあった後にカメラの前で頭を下げて、二度とこんな事がないようにしますと所信表明すればいいだけなんだから。


「僕の顔見ますか?」

 しばらく考えた振りをしてドアの向こうに問いかけると、少しいぶかしんでいる気配がした。

 それよりも彼らの後ろにいた母さんが「まさか、どうして自分から」と、動揺している。

 頭から毛布をかぶってドアの前に座りこみ、中から鍵を開けると、遠慮がちに「開けるよ」と声がして、ゆっくりとドアが開く。

「初めまして、と言えばいいのかな」

 声の主は想像していたよりやや若い中年で、ドアを開けた瞬間に狭い隙間から部屋の中を見渡した。

 若いほうは想像どおりのペーペーで、僕の顔を見ようとのぞき込んでいる。


「部屋の中へは入らないでください。本当はこの状況も怖いんです」

「ああ分かった」

「それじゃあ、これが僕の顔です」

 毛布を少し上げてはっきりと顔を見せると、刑事たちがゴクリとのどを鳴らす音がはっきり聞こえた。

「そ、それは……」

「もちろんマジックで書いたとかじゃないですよ。

 これだけじゃなく、体中のあちこちにこんな最悪の落書きをされたんです」


 僕は額に刺青された糞の絵を突き出して、毛布から頭を出す。

「それに、これもあいつらにされました」

 訳の分からない薬によって毛根を失い、皮膚がただれて髪の毛がほとんど生えてこなくなった頭を見せた。そこにも最悪の落書きが描かれている。

「耳も片方聞こえません。ねえ刑事さん、「落書き帳」「ホッチキス」「灰皿」「トレーナー」「便所」って意味分かります?」

「いや、すまないが」

 そりゃ分からないだろう。


「落書き帳」は消毒もしていない不潔な束ねた針で僕を刺し、最悪の落書きを刺青すること。勃起させられた陰部にもある。

「ホッチキス」は裸にされて背骨にそってホッチキスの針をガチンガチン打ち込むこと。これで脊椎の神経を傷つけることができれば「当たり」だそうだ。

「灰皿」は当然、ヤツらのタバコを体に押しつけられて火を消すこと。これも陰部にされたこともある。

「トレーナー」は体育マットを体にまかれてよってたかって殴る蹴るされて、「ヤツら全員の気分がスカッとするまで」続いた。

「便所」は言いたくないが文字通りの意味だ。便器にたまった汚水を飲まされるのは当たり前。糞を食わされたこともある。


「だから分かるでしょう? あいつらを恨んでいる人間を知ってるも何も、あいつらを殺したいほど憎んでいるのはこの僕です。

 刑事さんに話をしてもいいと思ったのは、あいつらのことネットでは話題になっていて知っていましたけど、警察関係の人から直接聞きたかったからだけです。

 僕は半年前に逃げましたから、その後誰がターゲットにされたかは分かりませんけど、僕がこうなるまで入学して三ヶ月です。

 半年ありましたから、自殺さえしてなければ少なくとも二人は殺したいほど憎んでいるかもしれませんね」

 中年刑事は僕の頭を見ながら深いため息をついた。



「先輩、彼の話はどう思います?」

 引きこもりの少年の自宅からの帰り、ハンドルを握りながら若い刑事が問いかけた。

「少なくとも被害者に対する気持ちに嘘はない。彼が逆訴訟された取り調べや裁判の記録にも目を通したが、相当警察や裁判所を恨んでいるだろうな。

 あのスミ(刺青)だが、「自分で描いたものをあたかも被告のせいにしようとした」とされている」

「まさかそんなこと!」

 そこまであからさまな冤罪がまかり通ることに驚いた若い刑事は、思わずハンドル操作を誤りそうになった。

「だが俺は直接会ってみて、彼がシロだとは思えない。何かが引っかかる」

「左手の甲には下品な刺青はありましたけれど、ドクロなんてなかったですよ」

「そんなことは分かっている。ただ長年犯罪者と関わっていると、人を殺した人間ってのは普通のやつには出せないオーラってものを出すんだ。彼はそれに近いものを感じた」

「そりゃあ、あんなイジメを受けて、それが原因で家族に賠償金の負担までかけてるのなら殺意くらい起きるでしょう。

 母親から見せられたメモには、それでも家族を気遣う優しさがありましたよ」

「ふん、そうだな。もし彼が人を殺していたとすれば、それはもう相手を人間だと思っていない。罪悪感すらもっていないということだからな」


 中年の刑事は、少年から聞いた「自分をイジメていた人物のリスト」を開いて名前を確かめる。

 これがこれから被害に遭う可能性のある人物のはずだ。


「じゃあ次の聞き込みに行きましょうか」

「ああ。次は例の自殺した少年の両親だったか。さっきの話を聞いた後では気が重いな」


 若い刑事は黙って肩をすくめた。


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