——二人目②
やつが運ばれる病院は分かっている。例え最初は違っていても、しばらく入院するなら転院してあの病院に移るに決まっているんだ。
なぜならそこは、やつの父親が事務長として勤めているだけでなく、僕をイジメていた中心のアイツの父親が院長をしているからだ。あの金の亡者が職場の部下、つまり奴隷の家族の入院なんてチャンスを逃す訳がない。
僕がアイツにイジメを受けていることを家族に相談し、家族から教育委員会、そして警察に相談した時にアイツの父親がやったのは、金を使って警察を抑え込み、教育委員会を抱き込んで僕の親にウソの訴えを起こしたと土下座させた上、損害賠償まで払わさせているんだ。
思惑通りやつはアイツの病院に運ばれていて、しかも個室まで与えられていた。
特権じゃない。大部屋よりはるかに値段の高い個室を使わさせられているだけだ。
かわいそう? やつも被害者? だったらその被害者に毎日、溜まっている汚水を全部飲み干すまで頭を便器の中に踏みにじられていた僕はどうなるんだ?
どんな理由があろうと、やつが僕をイジメてもいい道理なんてない。あくまでやつがやつの意思で僕をイジメていたんだ。
僕は転院を聞いてさっそくやつを助けてやった時と同じ格好をして病院に向かった。
監視カメラにはこの姿の僕しか残らない。バレやしない。やつは間近で見たにも関わらず、僕だと気づかなかったんだ。
そりゃそうさ。僕はこの半年間、それこそ地獄のようなトレーニングを積んで体を鍛え上げた。半年前の僕は体重九十キロを越える肥満体だったけど、今は全身筋肉の六十五キロ。
一人目のやつの足をアルミパイプを使ったフルスイングでへし折れたのも、このおかげだ。
病室をノックすると中から返事があり、顔を出したのはあの女で、やつは安静のため寝ているという。
僕があの時最初に駆けつけた男で、あれから心配だったので救急隊に尋ねて来たと言うと、思い出したらしく手を握り何度も頭を下げる。
一階の売店で買った花を差し出して飲み物を買って来なかったと詫びると、自分が行くから待っていてと、駆け出して行く。
邪魔者はいなくなった。
腕からのびる点滴チューブには何度も針を刺さなくて済むように、もう一種類薬を流し込めるよう側注という器具が付いている。そこへ用意した注射器から、血管の中へ汚物を直接流しこむ。
素早く側注弁を戻して注射器を隠すと、同時に女が戻ってきた。こんなに早く戻るなんて危なかった。
缶コーヒーを受け取ると、女は聞いてもいないのに「彼が薬をやっていたなんてあり得ない。ウソよ!」などと力説し始めやがった。
ああ、分かってる。それを一番信じているのはこの僕だ。
女の言うことを信じると言ってやると、何を勘違いしたのか、また僕の手を握って涙を浮かべてお礼を繰り返す。
いいかげんうっとうしくなって会話を変えようとした時、やつが苦しみ始めた。
そりゃあ苦しいだろう。駅の公衆便所から待ってきた特上のやつだからな。
「どうしたんだ! 早くナースコールを押せ!」
しかし女はオロオロするばかりで何もできない。
この反応は分かっていた。池でやつが溺れた時も何もできずにわめいていただけだからな。
「おれが誰か呼んでくる! それまでこいつを励ましてやってろ!」
怒鳴ってやると女は何度もうなずいてやつのベッドに走り寄る。しかもこいつは「この人は信用できる」「言う通りにすればいい」なんて目で僕を見やがった。
ダメだなこいつ。相手の気持ちを考えずに怒鳴りつけるやつや、力づくでしか物事を解決できないバカを「頼もしい」なんて勘違いしている。不良に憧れる中学生と同じだ。
まあ僕にはそのほうが都合がいい。どっちにしてもやつは助からない。そして死因が究明されれば外部からの侵入者だとすぐに分かる。
どうせ女は僕の顔なんて覚えていないし、覚えていたとしても特徴は「サングラス」「金髪」「鼻ピアス」「左手の甲にドクロのタトゥ」「あご髭」だ。
ピアスは貼り付けてあるのを取ればいいし、タトゥはクレンジングオイルでこすればすぐに落ちる。
個室を出た僕は、ゆっくり歩いて病院から出た。
泣きわめく女が誰も来ないことに気づくのが先か、定時回診で看護婦がやって来て異常を見つけるのが先かは、どちらでも構わない。
今回の責任で事務長は解雇されるだろう。息子を失った上に自分も職を失うんだ。
そしてこの病院には悪い評判がたち、経営そのものが成り立たなくなる。
また金で解決する? そうはさせない。ネットが発達してる今、風評は個人でも操作できる時代になっている。半年かけてそういう人間とも知り合いになっておいたんだ。
今夜のニュースは楽しめそうだ。