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——二人目①


 半年前からネット通販で買っておいたDQNっぽい服を着て、親に気づかれないよう窓から寒い夕方の町に出た。今回は隣町にターゲットがいる。

 部屋に閉じこもっていると外との激しい温度差に身が縮むけれど、高揚感がそれを押さえ込んでいる。これは一人目の時も感じた感覚で、今、僕の頭の中はアドレナリンであふれかえっているに違いない。


 今日の僕の外見は薄い茶色のサングラスに、くっ付けるだけの鼻ピアス。髪を金色に染めたウィッグをかぶり、同じ色のあご髭をつけて左手の甲にはドクロのタトゥのシールが貼ってある。

 つまり、人が見て覚えやすい特徴を満載してあるわけだ。


 ターゲットがやって来るのを待つ間に隣町の様子を確認すると、やはり僕の町で起きた事件に対する警戒は薄い。

 三十分ほど見て回っても、途中パトカー一台とすれ違っただけで逆に拍子抜けしたくらいだ。



 賑やかな通りから外れ、人けの無い広い公園で火を付けただけのタバコを手にやつを待っていると、案の定、女を連れたやつがノコノコやって来た。やつはここに人けが無いのをいいことに、時々女とヤッてやがるんだ。

 実のところやつが来て、しかもうまい具合に狙った場所を通るかどうかは賭けに等しいため、数日から数週間はかかると読んでいたんだけどな。


 この場所に僕は四ヶ月前から罠を仕掛けておいた。時々撤去されていないか、別の細工がなされていないか確認しに来ていたので問題ない。

 だがしかし、これもやつの日ごろの行いのせいだろう。吸い込まれるように罠へ向かって歩いて来る。


 僕はタイミングを見計らって地面に張ったロープを引いた。


 その途端、やつの足には仕掛けておいた別のロープが絡みつく。ロープの先には四ヶ月前にコンビニから盗んだ水を入れて安定させる立て看板用の土台だ。空なら軽いけど、水を入れるととてつもない重さに変わる。しかも七個だ。

 すり鉢状の池に放り込まれ、突然、足にからみついた重りは容赦なくやつを池に引きずり込んでいく。


 一緒にいた女がパニックになり、耳障りな悲鳴をあげたが、近くにいるのは僕しかいない。

 必死に手を伸ばして僕に助けを求めるが、過去に僕が伸ばした手をつかもうとした者なんていなかった。いや最初こそいたかもしれないが、やつらは脅迫と暴力で友達だった者たちを、ことごとく失わせやがったんだ。


 だが僕はしばらくあっけにとられている風を装って、あわてて走り寄りヤツの手を取った。


「何してんだ!?」怒鳴ってやると、やつは「訳分かんねえよ!」と叫ぶ。


「重い! オレだけじゃ無理だ、誰か呼んできてくれ!」


 女に向かって叫ぶと、真っ青な顔をしてガクガクうなずいて人通りの多いほうへ走っていく。


「ちくしょう! このままじゃ引きずり込まれる! おめえ、これ飲め!」


 必死で引っ張るフリをしながら、ポケットからクスリを取り出した。


「味はヒデエが、水の中でもしばらくは持つクスリだ。金はいらねえ!」

 ズルズルと池に引きずられながらもシートから錠剤を出して、僕が一個を飲んで見せてやつに差し出した。


「噛むなよ! そのまま飲み込め!」

 やつは何も考えずに、ボクが仕込んだ錠剤を口に入れて飲み下した。


 バカが! 水の中で生きられるクスリなんてある訳ないだろう。理解不能な緊急事態と、僕が飲んで見せたことで正常な判断を失っているんだ。


 内心ほくそ笑んだ僕は、やつの重さにそのまま引きずられて行くけれど、これは演技じゃない。本当に引き上げられないんだ。


 女が人を呼んでくるのが先か、このままやつが水没するのが先か考えていた矢先、背後で女が救助しに来た人たちを連れてくる気配がしたので、やつの手を握りしめたまま「早く来て手伝ってくれ!」と叫んだ。


 大勢の人と一緒に何とかやつを引き上げると、集まった人たちから、

「何があったんだ?」

「とにかく無事でよかった」

 と、ホッとした空気が流れかけたその直後、やつが手足を痙攣させ口から泡を吹いて気を失った。

 そう、僕が飲ませてやった薬が効いてきたんだ。


「ショック症状だ、救急車を呼べ!」

 まっ先に駆け寄って様子を見るふりをしながら、さっき飲ませた薬をやつのポケットにねじ込んで女に向かって叫ぶと、顔を真っ青にして携帯を取り出したが、手が震えてボタンが押せない。

 見かねて、やつを一緒に助けたリーマンの男が救急車を呼ぶ。

 そうだ、僕が呼ぶわけにはいかない。発信記録を調べられたら僕がここにいた証拠になる。こんな格好をした理由の一つには、口ばかりで自分は行動しないやつを印象づける意味もあるんだ。


 女はやつの名前を呼び続けるだけで何もできず、中の一人がiPhoneで救急救命の方法をダウンロードしたが、これは心肺停止じゃないからあまり意味はない。


 せめて呼吸が楽になるような体勢にして、結局、救急車が到着する十分くらいの間、僕らは何もできず見守るだけだった。

 おっと、僕の場合はやつが何かの間違いで意識を取り戻したりしないよう監視していたんだ。

 やつに飲ませた薬は、中毒性は低いが初めて飲むやつにはショック症状が出やすい違法ドラッグだ。

 それも思い切りあやしい外国人から高校生程度の金でも買える安値で仕入れたんだから、純度は低いし、そもそも毒である保証のほうが高い。

 これで「自分が持っていた薬を飲んだ」ことと「薬がらみの怨恨」が疑われる。

 なにより僕はやつに何日か入院してもらわなければならないんだ。


 救急車には女が同乗し、残った僕らは「驚いた」とか「助かるといいな」などと、今日明日の話題にしかならない会話を交わして立ち去った。


 そうは言っても、この中にはさっそくTwitterにつぶやいたり、ブログに何て書こうかなどと考えていたりするやつもいるんだろう。


 それより、僕はこれからが本番なんだ。


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