——六年後。
桜が満開に咲く季節。
かつて生徒が教師に殺害されてその教師も自殺、さらに別の生徒も殺害される事件が相次いだことで、応募人数が極端に減ったこの高校でも新入生を迎えての始業式が行われていた。
少子化に伴う受験生徒数の減少の上、事件による風評低下による毎年の定員割れを起こしながらも、何とか学校運営を維持しようとして、他ではとても受け入れられない者でも入学させるようになってからというもの、この学校の教師と生徒の質は共に最悪のものとなっていた。
始業式であるにも関わらず生徒のほとんどは壇上の校長や教師の話など聞かず、床にだらしなく座り込んでしゃべったり携帯ゲームに夢中の者がほとんどで、それでも校長を始め教師たちは生徒に何の注意もせずに式を続けている。
この学校にしか来れなかったやつらは、親の見当はずれな過保護と、大人の保身という二重の見せかけの温室に入れられていることさえ気付かずに、実社会といういずれ自分がその寒風の前に身をさらさなくてはならない現実すら想像出来ないバカども者ばかりだ。
果たしてそれは本人が悪いのか、それともそう育てた親が悪いのか、あるいは、そんな風に育てることが当たり前だとの風潮を作った社会が悪いのかは……今さら聞いたところで、今ここにある現実に変わりようがない。
そんな生徒の質に比例してモンペの数と悪質ぶりが格段に上がったため、触らぬ神に祟りなしを決め込むことが、ここでの一番賢いやり方だ。
実際にこの入学式ほどではないが、始業式にすら監視目的であろう保護者が何人も来ていた。
いや、ただ監視だけが目的ならいい。彼らは学校側のささいなミスを槍玉にあげて金をせしめようというのが本音なのかも知れない。
それでも学校側からすれば、三年たてばここから追い出せる生徒というせっかくの金ずるを失いたくはない。
そもそも入学拒否や停学・退学などすれば怒り狂ったモンペが刃物でも持って押しかけかねないのが、今この学校の親どもだ。
授業料をもらう代わりに高校卒業資格という紙切れを渡してやると割り切ればいいだけだ。
そう割り切れない教師は早々にこの高校を去り、今残っているのは他の学校へ行くことさえ出来ない無能な教師か、校長の腰巾着、授業など元からするつもりもない給料泥棒、多少は生徒を黙らせられる強面でガタイのいい者くらいとなっている。
こんな最悪の学校に今年、教育課程を卒業したばかりの新米教師がやって来た。
先にいた教師たちは、希望を胸にやって来る新米がこれから歩む絶望の道を考えてため息をつくかと思いきや、「何日で辞めるか」「何時間じゃないのか」と、賭けをするほど腐りきっている。
式を進めていた教頭は、例の今年から新しく着任する教師を紹介した。
「教頭先生よりご紹介いただきました、僕が今年から新たにこの学校に教師として着任します。
ところで皆さんは、昔この学校で起きた殺人事件のことはご存知でしょうか?」
触れてはいけないことをいきなり言い始める新米教師に、教頭だけでなくほかの教師も顔色を変えた。
「実は僕は、あの事件があった時、イジメをしていたために殺害された被害者とクラスメイトだったのです」
これには生徒たちも新米教師に注目する。
「数ヶ月の間にクラスメイトが何人も殺され、しかもその犯人は担任だった先生であり、先生が犯行を後悔して自殺した後にまた起こされた殺人事件は、イジメをしていたクラスメイトの一人が先生の犯行を模倣したものだったのです」
新米教師の言葉に、生徒だけでなく保護者たちさえも黙って耳を傾ける。
「だから僕は教師になった以上、あんな悲惨なことは繰り返させたくありません。
この学校では絶対にイジメを許さないという確固とした風土を築きたいと考えています」
校長を始め教師の間からは、この新米教師の言葉にあからさまに嫌悪を抱く。
……そんな努力なんて無駄だ。ここに集まったヤツらの人間性を知らないからそんな甘い事を言ってられるんだ。こりゃ三日も持たないだろう……。
「……そのためには」
しかし、声のトーンを落とした新米教師の雰囲気がいきなり変わり、生徒、保護者、教師たちは、まだ大学を卒業したばかりの若造のはずの新米教師から目をそらすことが出来なくなった。
「目を離せば殺される」という感覚に襲われ、まだほの温かい春だというのに背中に冷たい汗が流れた。
「……そのためには、僕はどんなことでもするつもりです。そう、どんなことでもです」
ゆっくりと生徒を見渡し、保護者らを眺め、教師たちに目を向ける彼に誰もが縮こまってしまい、逆らおうとする気配すら失われる。
しかしただ一人、保護者の中に新米教師をじっと睨みつける男がいた。
彼は背広の内ポケットから、まだ封を開けていないタバコを取り出して、手の中でもてあそんでいた。