——もう一つの報復②
すぐにネットで事件を調べると、確かに怪しい噂や情報が出てくる。
僕がヤツらに復讐した時の一連の報道とネット上の反応を見て来た経験から、この話は事実に近いものだと確信した。
この相手は、この情報を意図的に僕にくれたのだろうか? だとすると、どこまで知っているんだろう。
それとも、かつて病院長を追い詰めた時と同じように、この警視監を追い詰めたいだけなのだろうか?
だけど、確かに僕ならこの事件を掘り返して問題にし、騒ぎを起こすことが出来る。やり方は覚えたんだ。あとは実行するかどうかだ。
でも、僕のターゲットがすべていなくなった以上、もう誰も殺してはいけない。
だけど亡くなった子供と、その両親……あの刑事に報いるなんてことはおこがましくて言えない。
せめて何らかの気持ちの整理になってくれればと思った僕は、自殺にまで追い込まないまでも、この警視監はそれ相当の報いを受けるべきだと判断した。
さらに詳しい情報を集めるために、さっそく新スレを立てて総合病院の院長を叩いた時と同じタイトルをつけてあおり文句を書いておくと、すぐさま書き込みが始まった。
そりゃそうだ。このサイトに集まる者はみんな恐ろしいほど反応が早く、怪し気なものを嗅ぎつける能力が高い。
見る見るうちに書き込みが増えていき、総合病院の時に手伝ってくれたコテハンの人たちもあちこちにソースを流してくれている。
僕はここから情報を一つひとつ取り出して、事実関係を確認して行かなくてはならない。
今度も八割以上が事実っぽいという化けの皮を被った嘘だろう。気の遠くなる作業だけど、それだけの意味は必ずある。
それを成し遂げたからこそ、僕は今ここにいられるんだ。
翌日から僕は、あの警視監の率いる警察署、管轄内での不祥事をこと細かく調べ上げて毎日のようにネットのあちこちへ広げていった。
いきなり当事者の警視監を引っ張り出そうとしても出て来るはずがない。そんなこと、どこの大企業でも同じだ。
反応はすぐには現れなかったけど、それも計算済みだ。
外堀りを埋めるように、最初につけた傷口を毎日少しずつ広げてダメージを与えていけば、組織の頭が出て来ざるを得ないだろう。
ダムだって小さな亀裂が入るまでは頑丈なんだ。だけど一旦亀裂が出来てしまえば驚くほどもろいんだ。
それでも僕が想像していたよりずっと早く狙いの警視監が前に出て来た。
おそらく大企業の重役がさっさと出て来て、形ばかりの安っすい土下座でゴタゴタを納めようとするのを真似たんだろう。
おかげでいよいよ本人のミスを大々的に流し出すことが出来るわけだ。
どうせすぐに削除されることは分かっているので、表現そのもののを変えた文章を数種類に当時の新聞報道を集めたものを各紙と、今回の頭を下げる映像を添えて何ヶ所ものネットカフェから流し、最近の報道で一番警察を批判していたマスゴミどもに匿名で送り込んだ。
不祥事続きで話題になっているだけに、耳目をひくのにはもって来いのはずだ。
さらに警察庁だけでなく各省庁のHPへ同じものを送り、不祥事が多発しているのはこのような人物がエリートとして警視監となっているからと吹聴して回った。
これで内堀りが埋まっていく。もみ消したり、隠蔽できない状況に追いやれば、何らかの手だてを打たざるを得ないからな。
背後に政治家の父親と言う大物がいるとはいえ、警察組織がこれ以上国民から信頼を失うほうがダメージは大きい。切り捨てるのはどちらかだ。
そもそもこんなやつがいることが警察を腐らせてしまう。大部分の、日夜頑張ってくれている本当の意味での警察の人たちがかわいそうだ。
半月もたたないうちに警視監に代わって警視総監が出て来て頭を下げることになり、当の警視監は懲戒免職、つまり給料も退職金も出ない形でクビとなり、一部のマスゴミやネットでキャリア制度そのものを疑問視する話題も上がったけど、尻すぼみに消えて行った。
まあキャリアに関しては、そこまで話題になっただけで十分だろう。今回の狙いはあくまで警視監一人なんだから。
さらに、事件を隠蔽した父親にも刑事責任が問われ、議員を辞任して、今後、法廷での長い争いが始まった。
僕に出来るのはここまでで、あの中年刑事の気持ちの整理になってくれればいいなと思っていた矢先、元警視監が自宅で首を吊って自殺したとのニュースが流れた。