——後悔②
先生は、ヤツが父親の虎の威を借りて我がままな性格に成長してしまったのを惜しんでいたことや、こんな事件が起きたため引き取ることになったけど、これからはまっとうな人間としてやり直してくれるよう願っているということ。
ヤツを引き取って以来、心を開いてくれないけれど、いつか……僕のように人の気持ちが分かる人間になってほしいと思っていることを手短かに語ってくれた。
「生まれてからこれまで叱られた経験のなかった彼には、私の言葉が口うるさく思えただろうね」
先生は弱々しくため息をつく。
「私自身、彼と同じ年の頃には大人に反抗してハメを外すこともしたよ。
だけど外してはいけない道だけはわきまえていたつもりだ。時代が違うと言われるかも知れないけれどね。
彼も今のうちは友人の家に寝泊まりしていられるだろうけれど、しばらくするとそうもいかない。バイトをするにも身分証明書から居場所がばれるのを恐れて使わないだろうし、何より苦労したことのない彼に仕事が続けられるかどうか……。
今の彼が生きていくには、犯罪の道に進むのが一番早い。そうなったらこれから先、長い人生のすべてを棒に振ることになるんだ」
先生は弱々しい笑みを僕に向ける。
「実は、君をイジメている者の中に、彼がいるかもしれないと思っていたんだ。
そう考えたくはなかったけれど、私がこの話を君にした時の様子を見た限り、やはりそうだったようだね。
すまなかった。それを想像していながら力になれなかったのは、君が苦しんでいるのを見てみない振りをしているのと同じだ。
だから私を恩人だなんて思わないでほしい。イジメを肯定することは絶対にしないが、否定することもできなかった情けない大人なんだよ」
「違います、違いますよ先生! 僕は……」
先生がヤツのことを知っていて、何もしてくれなかったのならやつらと同じだけれど、そうじゃない。
「先生は僕に人間として生きる意味を教えてくれました。
先生はあいつがいなくなった責任を感じていますけど、言葉が届かなかった、理解出来なかったのはあいつ自身の問題です。
先生は何も悪くありません。だから、先生はやはり僕の恩人なんです」
僕の言葉に先生はさっきより少しホッとした表情になる。少なくとも僕が先生を恨んだりしていないことは分かってくれたようだ。
「ありがとう。君も彼も今の状況では分かりあえることはないと思う。だけど、いつか君と彼が再会することがあれば、彼と話をしてやってくれないか。
その時、反省するだけの時間と経験を経た彼が君に向ける言葉が今と変わらないのであれば、その時、君は彼を見限ってもいいだろう。
だけどもし彼が今までのことを謝罪したのならば、その謝罪を受け入れて欲しいんだ。
自分勝手、自己満足と思われてもいい。私はつらいイジメを受けた君だけでなく、ひどいイジメを行い、そのことを後悔して心を傷つけてしまったかも知れない者も救ってやりたいんだ」
あんなヤツでも人間としてまっとうな道へ引き戻そうと考えられるなんて、先生はやはり先生だ。
僕の恨みや、やつらのやり続けたイジメでさえも“人として”包み込み、受け入れられる心を持っている。
だけど、もう駄目だ。ヤツはすでに死んでいる。
先生の気持ちでヤツが許さることはあっても、僕が社会的に許されることは決してない。先生の話を聞いてさえも、僕は真実を話すどころか、自首さえするつもりもないんだから。
今さら僕が警察へすべてを自白したところで、途中からの“模倣犯の模倣犯”として扱うだろう。
真実が表沙汰になれば、マスゴミどもは自分たちの勝手な報道なんて無かったかのごとく警察の無能ぶりを書き立てる。
そうなれば警察のメンツが立たない。
何より模倣犯の模倣犯であっても僕を信じてくれている両親を悲しませることは出来ないし、先生をこれ以上さらに落ち込ませる訳にはいかない。
自ら罪を暴露し、償う機会を完全に逸した僕は、先生に嘘をついたことだけが悔やまれて仕方なかった。