——九人目②
「気がついたか」
大きく呼吸する音が聞こえ、ヤツの意識が戻ったのが分かった。
コヒュー、コヒュー。
何か言いたそうだけど、もうヤツとは会話出来ない。
目だけこっちに向けて、怒り狂っている表情だけは伺えるけど、いくらもがいても無駄だ。
ヤツの着ていた服を剥ぎ取り、大人用のオムツを三重にかさね履きさせて、僕が作った窮屈な引き出しのような木枠の中に、髪の毛はもとより手の指、足の指の一本ずつに至るまで、隣の工場から盗んだ工業用の強力な速乾性の接着剤でピッタリとくっつけてある。
もうどんなに足掻いたところで身動き一つできやしない。
さらに口にはゴムホースを気管まで突っ込んで接着剤で固めてあるから、呼吸する以外の声を出すことも出来ないんだ。
「どうするつもりかって?」
コヒュッフヒュッ。
「別に何もしないよ。お前だってそうだったろう。ただ誰かにさせるだけだよ」
僕はヤツに一枚の紙を見せる。
それはこの辺りの工場に配られる業務上の大型ゴミの収集について知らせるものだ。
「このあたりの工場区域には隔週一回、大型の廃材を回収しに来るんだ。それが今日の夜なんだよ」
ヤツは意味が分からないらしく、眉をひそめてヒューヒュー息を荒げる。
「もう水や食事はあげられないけど、トイレは大人の介護用のおむつをかさね履きしてあるから安心してそのまま垂れ流せばいい。
回収してくれる人が、臭いで中に人がいるなんて気づくことはないからね。
お前が中にいるなんて誰も気づかずに、普通に回収して、普通に焼却炉へ捨ててくれるよ。
だってお前、ゴミだから」
やっと自分がどうされるか気づいたヤツは、目を見開いてもがいたけど、指一本さえ動かせない。
ホフヘヘッ、ホフヘヘフヘッとホースから息が漏れたところで、僕に何を言っているのか分かるはずない。
だって、僕がコイツにどれだけ助けてくれって言っても、いつも「ゴミの言うことなんて聞こえないなあ」と笑ってたじゃないか。
「引き取りに来るまであと五時間くらいかな。そこから焼却炉まで移動に一時間。
接着剤はドンドン固まっていくから、できるだけ息を吸った状態で固定しておいたほうがいいよ。途中で呼吸困難になったら苦しいからね」
もちろん助言なんかじゃない。先に呼吸困難で死なれたら目的と違ってしまうからだ。
「さて、そろそろゴミはゴミらしくしないと」
廃棄された木片を中身が見えないよう接着剤で貼り付けて、さらに外側を廃材が束ねてあるかのように覆っていく。
最後まで見えるよう開けておいたヤツの顔を見ると、涙を流しながら目で必死に僕に助けを求めている。
僕は何度コイツに同じ目を向けただろうか。何度も何度も、数えきれない。
その僕を笑いながらコイツはいつも同じことを言ったんだ。
「なんだ? もっとやってくれって目で見てやがる。コイツは大したヤツだぜ」
耳元で同じことをささやくと、目が絶望の色へと変わっていく。
「ゴミはゴミらしくさっさと燃やされちまえって言ったの、ブーメランだったな」
僕は完全にヤツの姿を廃材の中へと消した。
隣の工場が閉まるまで待ち、従業員が帰るのを見届けてから、よく似た作業服に着替えた僕は、あらかじめ用意していた台車にヤツを閉じ込めた廃材を乗せて外へ出た。
この辺りは工場以外に何もなく、夜には極端に人気が無くなるのは確認済みだし、守衛さんの見回りの時間も分かっている。
廃材捨て場に来ると、僕が運んできたものなんてまったく目立たなくなるほどゴミは山積みだった。
その一角にヤツを降ろし、回収業者の人が不自然な重さに疑問を抱かないよう“重い材質の廃材ですので持ち上げる際は腰を痛めないようご注意ください”という内容のメモを貼り付けておく。
これで「重くて当たり前」のイメージを植え付けられ、不信感が払拭出来る。
そもそも中身が何なのか考えて回収していられるほどの量ではないし、彼らも暇じゃないんだ。
廃工場に隠れて様子を伺っていると、定時どおりにやって来た業者さんは手際よく廃材をトラックに積み込んでいく。
ヤツを閉じ込めた束に手をかけた時も、
「おっ、これ書いてある通り重いぞ」
「バラけないように注意して乗せろ。しかし、こうやって書いてくれていると助かるなあ」
と、談笑しながら軽々と積み込んで走り去って行った。
ここから先はトラックの荷台から焼却炉の中まで一直線だ。
身動き一つとれないヤツが、焼却炉に落とされたショックで気絶したり、死んだりしないことを祈ろう。
身を焼き尽くす業火が迫り来るその時まで、どうか、恐怖と熱さでもがき苦しんでくれよ。