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——九人目①


 コソコソ家から出てきたヤツは近くのコンビニへ入り、しばらくしておにぎりやパン、弁当、カップラーメンをしこたま仕入れて出てきた。

 すっかり犯罪者らしさが身に付いているじゃないか。


 隠れ住んでからは、そんなものばかり食べているんだろう。

 以前のような、いるだけで威張り散らしている雰囲気は消えて、顔色は悪く、不健康に痩せている。

 コンビニのおにぎりや弁当なんて添加物の固まりをいつも食べていれば、健康でいられるはずがない。

 都市伝説でコンビニ弁当を食べ続けた人間が孤独死しても死体が腐らずに発見されたという話も、まんざら嘘じゃないほど大量の薬が入っているんだからな。


 そもそも商品棚に並べられてから消費期限が過ぎて廃棄されるまで、プラスチックという水滴を逃しにくい容器に入れられているにも関わらず、フタに一滴も水滴がつかない異常さに気づかないほうがどうかしている。


 ごはんもおかずも容器に入れられる前から湯気を出さないためには、出来上がりの状態のものから湯気が出ないように、「何か」でコーティングしてあるということだ。


 まあそれは僕には関係ない。

 ヤツがどれだけ体に悪いものを食ったとしても、僕にとっては喜ぶべきことなんだから。


 路地に隠れてヤツが通り過ぎるのを待ち、背後から口笛を吹いてやると立ち止まって振り返った。


「よお」

「あーん、なんだてめえ?」


 どうやらヤツも僕が誰か分からないようだ。

 髪を金髪に染めて、体形も細マッチョにしたとはいえ、引きこもってやってから十ヶ月もたってないのに忘れたのか、それともコイツのことだ初めから覚えていないんだろう。


「お前に仕返しに来たんだ。ついて来いよ。逃げんなよ」

「そう言やどっかで見たようなゴミだな。仕返しって、俺を舐めてんのか」

「人目につくとマズイのはお前だろう。さっさと来いよ、ゴミ野郎」

「チッ! てめえ死にてえのか」


 無視して先に歩き出すと、案の定ヤツは手を出さず、舌打ちしただけでしぶしぶあとをついて来る。


 そりゃそうだ。

 犯罪者の家族として常に住所をネットに晒されているヤツが、頼みこんで住ませてもらっている親戚にこれ以上迷惑をかければどうなるか、いくら想像力が貧困なコイツでも分かっているはずだ。

 それにこの、ヤツが自分からついて来るという状況が拉致などの事件性をうすめてくれる。



 ヤツを案内したのは隣が木材加工工場の、すでに閉鎖した工場跡だ。

 ここなら人は来ないし、多少大きな物音や声がしたところで隣の工場の騒音にかき消されて外へは聞こえない。


「ゴミがこんな所に連れて来て仕返しだと? ふざけんな! クソ教師やあいつらのモノマネのつもりか?

 ゴミはゴミらしくさっさと燃やされちまえ」


 道すがら垂れ流していた戯れごとを繰り返すけど、今さら気にする必要もない。


 僕は、ヤツと正面から向き合った。


 これまでヤツはまともに僕の顔を見たこともなかっただろう。

 いつも誰かに命令して、僕のようにヒドイ目に合う者のことなんて知る必要なんてなかったんだからな。


「で? ゴミが俺に仕返しってどうするんだ? さっさとやって見せろよ」


 ああ、気楽なもんだ。こういう輩は自分に危害を加えられる予測がまったくない。

 本当にどこの温室育ちの小僧だと言いたくなる。


「言う必要はないよ。お前はどうせ死ぬんだから」


「ぶはははっ! いいかげん笑えねえ冗談だ。俺が死ぬって? てめえが死ぬの間違いだろ?」


 そう言ってコンビニの袋を床に落とし、元から細い目をさらに細くして、右手でかかって来いとでもいうようにチョイチョイと指を動かした。


 僕は床に用意してあった棒を拾いあげ、ヤツに向って振り回す。


 だけど攻撃はどれも当たらず、ヤツは笑いながら余裕しゃくしゃくでかわしている。

 やがてそれも飽きたのか自分も足下にあった棒を拾い上げる。


 ヤツへ振り下ろした僕の棒はあっさりはじき飛ばされ、素手になった僕が悲鳴をあげて背を向けて逃げ出すと、ヤツは笑いながら追いかけて来る。

 そうだ。これが絶対的優位に立って相手を見下すヤツの笑い方だ。

 この笑いを向けられながら僕はどれほど酷い目に合わされただろうか。


 わずかな抵抗も虚しく、ヤツが打ち付ける棒から体を守る腕はみるみる真っ赤に腫れ上がっていく。


 工場の隅まで僕を追い詰めたヤツは執拗に殴り続け、少しでも逃れようと這いずる僕を蹴り続ける。


 今だ!


 最後の足掻きで立ち上がろうとするかのように、壁の出っぱりをつかんだ途端、ヤツの足元に散らばっていた電気コードが巻き上がり、足を引っ掛けて逆さ吊りになる……予定だった。


「危っぶねえ! こんな仕掛けしてやがったのかよ!」


 僕を蹴るつもりで振り上げた足と仕掛けのタイミングが重なって、コードは何も捕らえないまま上空へ跳ね上がってしまった。


 罠を回避したヤツは、倒れた僕の胸ぐらをつかみ、壁に押し付けて勝ち誇った醜い笑いを浮かべる。


「残念だったなあ、俺にあんなもん通用しねえんだ。

 てめえそろそろ覚悟出来てんだろうなガッ!」


 ヤツは体をのけ反らせて床にうずくまった。


「ガ、カハッ、て、てめ」


 ああもちろん。覚悟ならとっくの昔に出来てる。

 でないと仕返しなんてバカなこと出来るはずないじゃないか。

 せっかく無様な攻撃をして逃げる振りをしながら、コイツが何の疑いもなく仕掛けておいた罠に捕まってくれる姿を楽しみにしていたというのに。


 ヤツがしぶとく僕に伸ばしてきた腕に、出力九十万ボルト、電流5mAのスタンガンを当てると、腕は操り人形のように弾かれる。

 気分的には電流5mA以上のものを使いたかったけれど、それではヤツを殺しかねない。これはあくまで気絶させるための道具なんだ。

 逆さ吊りになったコイツを気絶させるために用意したんだけど、結果が同じならまあいいか。


 もう一撃、肩へ浴びせ、仰向けになった腹へ浴びせ、さらに脇腹へ浴びせたけどまだ気絶しない。

 確かに反撃する力は無くなってるけど、案外しぶといものだな。


 首筋に一撃浴びせると、痙攣しながら目を剥いてもまだ意識はある。

 牛や馬を屠殺する際に行われる頭への電気ショックを思い出して、頭に連続して浴びせてやると、やっとぐったりして動かなくなった。


 頭が数か所焦げてハゲが出来たけど、もう見る人がいなくなるんだから安心しろよ。

 それに今は僕も使ってるいいカツラがあるんだ。



 僕はコイツが目を覚まさないうちに、コイツのためだけに考えていた最悪の準備を始める。


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