——過去①
世間を騒がせた高校生連続殺人事件も真犯人に続き模倣犯までもが自殺。
しかも、そのどちらもが同じ高校の担任教師と生徒というショッキングな結末だったとは言え一応の解決を向かえたため、捜査一課には珍しく安堵感が漂っている。
これまでいつもコンビニのパンかおにぎりを、張り込みの車の中で空きっ腹に詰め込んでいた中年と若手の二人の刑事は、昼間のファミレスで食後のコーヒーまで堪能していた。
「若いうちは朝から焼き肉でも食えたが、この歳になると昼の天ぷら定食でさえ腹にもたれるな」
「先輩はタバコの吸い過ぎですよ。禁煙しろとは言いませんけど、少し加減したらどうです」
「ふん。俺がいつから吸ってると思っているんだ。今さらいくら値上げされたところで止められるもんじゃないさ」
「いつから吸ってたんです?」
「さあな。おまえさんと俺の時代では、法律が違うんだ」
そう言いながらいつものマッチでタバコの先に火を付けて、禁煙席に向かってこれ見よがしに煙を吐く。
「ところで、前にも聞きましたけど先輩はどうしてキャリアを嫌うんですか?」
少しでも喫煙席から流れ出ないように手で煙を押し戻しながら若い刑事は尋ねた。
「ふん。あまり言いたくない話だがな……俺だって何もキャリアの連中全員が使い物にならないと思っている訳じゃない。
六年前、うちの管轄で起きた郵便局立てこもり強盗を覚えているか」
「ええ。自分はまだここに配属されていませんでしたけれど、確かヤク中のチンピラが薬を買う金欲しさに立てこもり、警官に向けて拳銃を乱射して子供一人が犠牲になった事件ですね」
「そうだ。その時に犯人の説得に当たったのがバリバリのキャリアで出世街道間違いなしってヤツだった。
ここは自分に任せろってな。
ヤツとしてはもう一押し手柄を立てれば出世にハクが付くところだったろうさ。
だが、ものの見事に失敗して犯人を激怒させ、拳銃を奪うことも失敗した挙げ句、乱射まで引き起こしやがった。
お前さん初めて実弾で射撃訓練やった時、まともに当たったか?」
「いいえ、恥ずかしながら全く。
ドラマや映画で派手に撃ち合っているのが当たり前だと思っていましたけれど、一発ごとにあんなに反動が来るとは思いませんでした」
「そうさ。拳銃なんてまともに撃ったことのないチンピラが、ましてヤク中のヤツが狙い通り撃てる訳ないだろう。
めちゃくちゃに撃った三発のうちの一発が跳弾となって人質だった四歳の子供の頭に当たったんだ。
犯人は別働隊のやつらに取り押さえられたが、子供は急いで病院に運ばれたがすでに手遅れだった」
刑事は灰皿にギュッとタバコを押し付ける。
いつもならすぐに新しいものに手を伸ばすはずだったが、今は両手を祈るように握りしめて額に押しあてた。
「説得に失敗した刑事は子供の親にこう言ったよ。
「仕方なかった。息子さんは自分の命を犠牲にして他の人質を救ってくれたんだ」と。
違うだろ! てめえの説得が失敗しただけじゃねえか。
しかも自分の責任に対する謝罪は一言もなく、子供が犠牲になったとぬかしやがったんだ!」
言葉を荒げる刑事を周囲の客はチラ見しつつも関わることを避け、ウエイトレスも遠巻きにして近寄ろうとしない。
「先輩……」
「俺はそいつに抗議したさ。辞職しろとは言わん。せめて過失を認めて謝罪しろとな。
だがそいつは言いやがった。「こんなところでミスをしたなんてことが上に知れたら、今後自分の出世が遅れてしまう。だから認める訳にはいかない」とな。
キャリアなんてのは、自分の出世のためなら子供が死のうが親がどんな気持ちになろうが知ったことじゃないやつだと、その時はっきり悟ったんだ。
俺はそれ以来、キャリアなんてヤツらは絶対に信用しないと決めたんだ」
「そんなことが。でも先輩、それくらい……」
「他人にはそれくらいなんだろうな。その事件で死んだのは俺の息子なんだよ。ベタな話で悪いな」
若い刑事は口に手をあてて絶句するしかなかった。