——八人目
疲労困憊の状態で帰宅した僕を、両親は心底心配して迎えてくれた。
昨日の放課後からあいつらに捕まって暴行を受け、夕方すきを見て逃げ出したけど、見つからないようずっと隠れていたと話して、病院は後日行くから、とにかく今日はシャワーを浴びてすぐに休みたいと言うと黙ってうなずいてくれた。
どちらも警察にと言わないところが、いまだに強い不信感を抱いている証拠だ。
お湯だとしみて激痛が走るため、冷たい水をかぶると、少しだけ腫れたところが気持ちよかった。だけど緊張が解けたせいで、これまで感じなかった痛みが襲ってくる。
これは一日二日でどうにかなるものじゃない。
嫌だな。イジメ続けられたせいで、どれくらいの痛みがどれだけ続くか予測できるようになってるなんて。
体中に痛み止めを塗って寝よう。あいつらがどうなったかを確認するのは明日でいい。
僕が鍋に仕込んだものを口にすれば、あいつらが受ける苦しみは僕のこの痛みの比じゃないんだ。
あいつらが残った鍋を捨てたりしないのは分かっている。
あの女はどうしようも無いビッチだが、食べ物を残されるのが我慢出来ないやつなんだ。
先日のイジメの時も、やつらに作ったものは全部食えと強要していたし、何よりあれだけ酒を飲んだら体のほうが早く酔いを醒まそうとして塩分の多いものを欲しがる。
リーマンが飲んで帰る途中、ついラーメンが食べたくなるのはそのためだ。
しかも、また僕に逃げられたのに気づいて飲み直しをするだろう。ビールは残り少なかった。なら、次に手を出すのはウイスキーだ。
そうなればもう救いようがない。
もう限界だ。
今日は寝る。
目が覚めると、昨日より痛みが増していたけど、いつもより少しキツイくらいの痛みなので気にしなくていい。起きられたということは、致命的な傷は受けなかったという訳だ。
無理矢理ベッドから這い出して早速パソコンを立ち上げたけど、どこにもあいつらに関係する記事は出ていない。
病院に行ったところで、受けられる治療は自分でやった応急処置と似たり寄ったりなのは分かっている。
それよりも、あいつらがどうなったかが気になる。少なくとも学校へ来るかどうかだけは知りたい。
もし来ていれば今回の計画は失敗で、間近いなく僕は警察に捕まる。
この怪我だと逃亡することさえ出来ない。
だけど、いきなり死刑や懲役にはならないだろう。
僕がやったのはあくまで酷いイジメを受けたことによる仕返しで、しかも担任教師の模倣犯だ。
実際に手を下したとされるのは、五人目のマンションでのやつだけで、鍋に仕込んだ毒は未遂。上級生の事故は知らぬ存ぜずで通す。
もし来ていなければ、計画はある程度成功。そこから様子を見守るしかない。
重い体を引きずって学校に着くと、あいつらはまだ来ていない。
クラスのやつらは顔が腫れてあざが出来まくっている僕を見ても完全にシカトだ。
ああ都合がいい。
だからこそ、何月何日何曜日に僕が怪我をしていたかどうかも覚えていないだろう。教師ですらチラッと見ただけで何も言わずに授業を始めやがったほどだ。
結局この日、あいつらは来なかった。さらに翌日、また次の日も出て来ない。
面白いのは、あいつらが出席しないのを誰も話題にしないことだ。教師でさえ一言も口にしない。
僕がどうなろうと知ったことではないのと同じく、あいつらがどうなったかなんて誰も気にしちゃいないんだ。
そう考えると、あいつらと僕は同じだ。
イジメをされる者もする者も、目をつぶって自分には関係がないと考えている多数の者からすれば、いれば目障りで、いなければ静かな日常が送れる。ただそれだけの存在でしかないんだ。
僕は教室にならぶ無表情なこいつらこそが、本当に恐ろしいやつらなんじゃないかと身震いした。
あいつらが出席しなくなってから半月。
変わり果てたやつらを見つけた不幸な人物は、隣家から悪臭の苦情で訪れたマンションのオーナーだった。
警察の調べで残された鍋からはカエンタケとトリカブト、ドクゼリが見つかり、ウイスキーからは青酸カリが検出された。
カエンタケはほんの三センチも口にすれば全身が腫れあがり、手足の末端の皮は手ぶくろを脱いだようにズルズルに剥ける。
汁に触れただけでも皮膚がただれてケロイド状になり、一生消えない。
食べて十分もすれば嘔吐、腹痛、頭痛、手足が痺れて神経が侵され、呼吸不全に脳障害まで引き起こす最強の毒キノコと言われている。
その成分は米軍の化学兵器にも使われたほどだ。
トリカブトは言うまでもなく猛毒の野草で、食べれば皮膚の下を蟻が這い回るような悪寒がして、めまいや下痢、知覚・中枢麻痺を起こし呼吸困難となり、昏睡状態となる。
ドクゼリも同じく中枢神経を侵され、痙攣、めまいを起こし、口から泡を吹いて呼吸困難を引き起こす。
そして青酸カリだけど、これにはあまり期待してなかった。
ドラマや小説で常套手段のように使われるこの猛毒は、案外発見されやすい。
よくあるワインに仕込んだりすれば酸と結びついて無毒化し、しばらく空気に触れさせておくだけでも同様に無毒化するほど不安定な物質だ。
しかも、食べ物に混ぜればすぐに吐き出したくなるくらい苦い味となる。
だからあえてウイスキーという、初めから不味いものに混ぜたんだ。酔えるというだけで、酒なんて本当は不味いものなんだから。
酔った頭と舌では鍋の毒もウイスキーの毒にも気づくのが遅れる。
おかしいと思った時にはすでに中枢神経が麻痺して救急車を呼ぶこともできない。そういう種類を選んだんだ。
ましてカエンタケ、トリカブト、ドクゼリに解毒剤はない。
一種類でも最悪なものを三種、いや、四種類も口にすればどうなるか言うまでもない。
ニュースでは事故と事件の両方で捜査すると出ているけど、青酸カリを使った以上、必ず事件として扱うはずだ。
そしてその出どころをやっきになって調べるに違いない。
果たして見つけられるだろうか。
あれは備品倉庫へ出入りする方法を教えてくれた最初の一人目のやつが持っていたのを奪ったんだ。
あいつが入手したのはどうせ潰れた病院のバカ息子からだろう。
あいつを一人目に選んだのは、その証拠を消したかったからだ。
でなければあんな楽な死に方はさせない。僕なりのお礼だ。
これで残るは最後の一人。主犯のあいつだけになった。
死神。もし僕についているのなら、もうしばらくそのままでいれくれよ。