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——ハプニング②

 翌日。まばらな生徒に混じって僕も学校に向かった。

 おそらく学校の緊急連絡網か何かで、今日は休校だとか何とか回っているはずだけど、当然、僕の家には連絡がなかった。


 だったら大きな顔をして「現場」に行ける訳だ。


 まばらな生徒も連絡が来なかったか、親とは連絡を取らず、昨日家に帰らなかったやつだろう。

 ベタベタして歩いているやつらなんか、どうせホテルから真っすぐ学校へ来たんだ。



 学校に着くと、校門に警察車両が並び、それに負けないほどのマスゴミが集まっていて、ゴミどもを押し止める警察や教師でごった返している。


 僕のように「何も知らずに」登校してきた生徒には、中へ誘導する教師より先にマスゴミが群がって、「二年生が殺害されたらしいですが、一連の殺人事件と関わり合いがあると思いますか?」「この学校ばかり狙われることについて」「倉庫内に仕掛けられた罠について何か知っていることは」などと、聞いてもいない事件の内容を朧げながら教えてくれる。


 そこへ走ってきた教師に押し止められながら、僕は校門の隙間から中へ入れられた。

 すると、担任がすぐに僕を見つけ、どうして登校して来たのかと尋ねる。

 連絡なんてなかったと答えると、事件のことには触れず、今日はすぐに帰って後日連絡するまで家で待っているよう言われた。


 連絡なんてあるんだろうか疑わしい。今度も僕だけ連絡がない可能性のほうが高い。



 せめて現場の様子だけでも見ておきたかったけど、備品倉庫のほうには警察関係者が大勢集まっている。

 今日のところは引き上げるしかないなと思っていると、立ち入り禁止のテープを張った向こうに見知った顔があるのに気づいた。



「あ、あの……」


 立ち入りを見張る警官に話かけると、ギロッとした目でにらみながら「なにか」と答える。


「僕、あの刑事さんと知り合いなんですけど、ひょっとしたら、この事件の手がかりになることがあるかもと……」


 指差した先にいるのは、僕の家に聞き込みに来た中年と若い刑事のコンビだ。

 警官は僕と二人を見比べて、「ちょっと待っていなさい」と言って二人のところへ行き、僕を指差した。

 中年の刑事はちらりと目配せしてすぐに気づいた様子だけど、若いほうは誰だったか思い出せずにいるようだ。



「学校に来られるようになったんだね。良かったよ。おや、少し痩せたかい」


 中年の刑事が作り笑いを浮かべて話しかけてきた。


「いえ、逆に太ったと思ってますけど」


 そうか。刑事は僕が引きこもる前の写真しか見ていないんだ。この前顔を見せた時は毛布を被っていたから分からなかったんだな。


「手がかりを知っていると聞いたけれど」


 ポケットからタバコとマッチを取り出して火をつけると、若い刑事に「校内は禁煙ですよ」とたしなめられたが、手をかざしてうるさいと口を塞いだ。


「実は僕、昨日の昼、あの倉庫に入っていたんです」


 さすがに二人は目の色を変えた。


「ちょっと詳しく聞こうか。そこらの教室借りていいよな」

「いちおう断わってきます」

 若い刑事が駆け出すのを僕と刑事は見送った。



 二人を僕のクラスへ誘い、隅に追いやられた席に座って近くの席に座るよううながす。


「僕は十日ほど前から登校し始めたんですけど……」


 僕がまた登校するきっかけの「勇気」をくれた先生とのやり取りのことと、初日に教師に言われたこと。

 相変わらずイジメは続いているけど、今度は先生という味方がいてくれるから頑張っていることなど、これまでの成り行きを嘘偽りなく二人に話すと、無言で聞いてくれていた。


 ただし中年は終始表情を変えなかったけど、若いほうは眉をひそめて唇を噛みしめていた。



「それで、どうして備品倉庫なんかに」


 座り直しながら、刑事はやっと本題に入れるという口調で尋ねる。


「一日中ずっとイジメられるのが辛くって。

 以前、イジメられている時に、何度かあの倉庫に連れて行かれたことがあったんです。

 僕を連れて行ったやつ……彼はよく、ここの忍び込みかたは自分しか知らないから逃げられないぞって、言われてたから」

「逃げていたという訳だね。でもどうしてわざわざイジメられていた場所になんか。嫌なことはなかったのかい」

「彼、が自分しか知らないと言っていたので、もうあいつは殺されたから、僕しか知らないんだと思っていました」


 僕が始末した最初の一人。あいつは僕をイジメていたやつらのナンバー2だった。

 主犯のやつがいない時、あいつは僕をあの倉庫へ引っ張って行き、そこで「実験」と称して色々な薬を嗅がされたり、かけられたりした。

 どの薬が原因か分からないけど、皮膚の湿疹やかぶれ、指先がボロボロになったり、頭髪が抜けて頭皮がズルズルになったのはあいつのせいだ。


「そうか。じゃあ君が昨日気づいたこと、何でもいいから話してくれないか」


 うながされるまま、僕は昨日倉庫で見たものについて思い出せる限り話すことにした。


 パイプ椅子や机がごっちゃになって押し込められている中で、奥の隅に人が一人隠れられるスペースがあること。

 ボールを壁当てする音が響くたびにビクッとなること。

 登校以来、何度ももぐり込んでいるけど、誰とも会ったことがないこと。

 あいつがここへの入り方を知っていたのは、先輩から聞いたと漏らしたことがあることなど。


 話を聞いていた刑事はすべてメモに記し、質問をしてきた。



「倉庫のまん中に事務用の椅子があったよね。それに何か気づいたことはなかったかい?」

「いいえ。どうしてまん中にあるのか、不自然だとは思ってましたけど、そこに座ると周りから人に囲まれそうな気分になって落ち着かないので座らなくなりました」


「と言うことは座ったことがあるんだね。それはいつごろのことだい?」

「ええと、登校してから四日目くらいだったと思います。またあのタトゥーを入れられそうになったので、ここなら見つからないだろうと。

 しばらく休んでましたけど、さっきも言ったように落ち着かなくて、奥の隅に隠れてました」


「じゃあ倉庫の中に何か工具のような物が置いてあったことはないかな?」

「これまで隠れていた時には特には……あ、そう言えば一度、ペンチが落ちていたことがありましたけど、用務員さんのものだと思って下手に動かすと誰かが立ち入っているのがばれると思い、そのままにしておきました」


「君が隠れていた時間をできるだけ正確に教えてくれないか?」

「正確かどうかは分かりませんけど、主に授業時間中です。放課後はあいつらにつかまらないように、すきを見て全力で逃げ帰っていましたから」



 簡単な質問をして、刑事はメモをパタンと閉じる。


「いや、参考になったよ。他に誰も証言するものがいなくてね」


 他に誰も?


「先輩、そんなこと」

「いいじゃないか。彼は進んで協力してくれているんだぞ。

 実はね、今回被害にあった君の先輩というのは同級生をイジメていたようなんだ。

 放課後、誰もいなくなった備品倉庫に連れ込んでひどい暴行を加えていたようなんだが、いかんせん目撃者というのがそのイジメをしていた者たちと、受けていた相手でね」


「あの場所、僕以外にもイジメに使われていたんですか」

「そうだ。結局警察に通報したのが、そのイジメを受けていたほうだったというのは皮肉な話なんだが」

「分かります。なんとなく。その、イジメられていると痛いこととか苦しいことが分かってるから、放っておけなくなるかも」


「ありがとう。君の証言と彼らの証言を照らし合わせて、一刻も早く犯人を挙げるよ」

「あ、刑事さん」

「何か」

「その、被害にあった先輩は大丈夫、なんでしょうか」

 僕の質問に暗い表情を浮かべた。


「難しいね」

 そう答えて二人は現場へと戻って行く。



 これで万が一僕があの倉庫に出入りしていたことが誰かに見られていたとしても正当な理由が通る。

 隠したまま後から出てきた話になってしまうと、どうしても疑いの目は避けられない。捜査にきた刑事を証人にしてしまえば文句あるまい。


 それにしても、僕の仕掛けで無関係の人間を巻き込んでしまったのかと思ってヒヤヒヤした。

 考えてみれば放課後にあんな場所に行き、しかもあからさまにどまん中に置いてある椅子に座るやつがまともなはずないじゃないか。

 顔も知らない相手だけど、結果的に僕がターゲットとしているやつらの同類を始末しただけのことだ。


 大丈夫かどうか難しい?

 難しいはずある訳がない。


 椅子に座ったとたん、支えになっていた薄い金属片が折れて、ニードル状にとがらせた鉄パイプが肛門から内臓を突き破る仕掛けだったんだ。

 しかも先端は釣り針のような「返し」を入れておいたから、無理やり抜こうとすれば内臓を引っかけて一緒に引きずり出されてしまう。

 そのままじっとしていたところで、パイプそのものがニードルナイフになっているから血が止まらないんだからな。


 もったいないといえば、せっかくの仕掛けをターゲットのヤツに使えなくなったことだ。

 また計画を練り直さなければならない。


 まあいい。

 これまで犯行現場は学校外だったから教師も適当警察任せにしていたんだろうけど、校内となったら話は別だ。

 どうせ明日か明後日は授業なんてやってられるはずないし、全校集会とかがあって時間はとれるだろう。


 まだまだ手はあるさ。


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