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——五人目②

 植え込みをのぞき込んだ瞬間に、あいつを体ごと引きずり込んだ。


 いきなりのことに声も出せずにいるやつの首を背後から絞めながら、持ってきたタオルで口を塞ぐ。


「動くな、声を出すな」


 一番ありきたりだけど、分かりやすい脅し文句で目の前にナイフをちらつかせると、やつは黙って何度もうなずく。


「今までお前の仲間を殺ってきたのも、バカな教師に罪を被せて自殺に見せかけたのもこの俺だ。

 お前もひと思いに殺してやろうと思っていたが、お前はあいつらに無理やり仲間にされただけなんじゃないか?」


 尋ねると、さっきより大きくうなずきやがる。

 僕の問いなんて、普通に聞けば意味不明だけど、思いもよらない状況に陥って判断力を失うのは二人目のやつと同じだ。

 だけど僕はこいつに同情してこんなに時間をかけているんじゃない。


 言葉をやり取りするうちに、ひょっとして助かるんじゃないかという期待で頭を一杯にさせている間に、ちらつかせたナイフとは別に用意したもの……。


 ビニール袋から刃先だけ出したナイフを、花束のように新聞紙で包んであるものに手を伸ばしながら、また尋ねる。


「だったらお前も被害者だな。それなら殺す訳にもいかないか。

 よし、いいか。俺の気配が消えるまで目をつぶり、絶対に振り向かないというなら見逃してやってもいいぞ」


 やつは何度も頭をたてに振る。


「だったら手を離してやるが、もし少しでも動いたら承知しねえ。即お前のノドをかっ切ってやるからな」


 口を押さえる手から少し力を抜いたが、やつは言う通りに従って硬く目を閉じて震えながらジッとしてやがる。


 つまらない。

 これが、他のやつらが飽きて帰りどこに遊びに行こうなんて話している時でさえ、僕の手首を膝で押さえ込んで、いつまでもいつまでも指先にホッチキスの針をガチガチ打ち込んでいたやつだろうか。


 興味が失せた僕はもう一度素早く口を押さえ、新聞紙で包んだナイフをやつのノドに刺した。

 声が出せない代わりに、ノドからビュッビュッと音をたてて血が噴き出すけど、飛び散る先は厚く束ねた新聞紙にはばまれて地面に大きな水たまりを作っていく。


 刃先をグリッとひねると、気管を裂いたのだろう、内側から吐き出される空気で笛のように鳴る音よりも、吹き出す血が気管に入ってむせる嗚咽の音のほうが大きい。

 これだけ血を吹き出していても、体はまだ生きているんだ。


 事件現場で決定的証拠となるものの一つに、血痕がある。

 被害者の返り血を浴びてしまい、DNA鑑定などで動かぬ証拠になるというやつだ。

 ルミノール反応も厄介だが、現場はここだとはっきりしているんだから問題ない。

 要するに、僕に返り血がかからなければそれでいい。


 ぐったりしたやつの体をその場に横たえた僕は、ポケットから模型塗装用の薄め液を取り出して辺りにまき散らした。

 そして犯行に使ったナイフや新聞紙を放置したままこの場をあとにする。


 新聞は昨日駅で買ったスポーツ紙だし、ナイフは半年前に手に入れた証明書のいらないサイズで、どこでも手に入る安物だ。



 駅に着いてからコインロッカーに入れておいた荷物を取り出して、トイレで下着や靴まで着替え、下着だけは駅近くに住んでいる段ボールハウスのやつらの目につくよう袋に入れて捨てておく。

 深く考えたくはないが、これで必ず勝手に処分してくれるだろう。そうなったら僕の髪や剥がれた皮膚なんかは絶対に出なくなる。


 その場所からさっさと離れ、自宅とは反対方向の電車に乗った。


 三駅先で降りた僕は、まっすぐ塗料工場のある場所へ向かう。

 あそこへまき散らしておいた塗料の薄め液とも相まって、この強い薬品の中では、警察犬の鼻も役に立たなくなるだろう。


 グルリと一周して、今度は工場近くのリサイクルブティックに立ち寄った。

 もちろんとっくに店は閉まっているけど、入り口付近にバッグごと着替えた服を置いておく。


 以前下見に来たときも、捨て場所に困ったのだろう誰かが古着を置いていたのを見かけたことがある。

 翌日、この店は何ごともなかったかのようにその古着を売りに出していた。

 暗く遠目だったけど、その中の一枚に、あるアーティストの限定ロゴがプリントされたTシャツがあった。

 僕もファンだからよく分かる。こんな下見でさえなければ絶対に欲しかったし、あれを見逃したのは今でも惜しいと思っている。


 つまり、この店では夜のうちにこっそり捨てにこられた服でさえ、恥ずかしげもなく商品として売ってしまうというわけだ。


 事件に関わった服とはいえ、僕がこの服を着るのは今日が初めてなので新品同様だし、これをこんな店が逃すはずない。

 なんせすぐに売れるよう、プレミア付きなんだから。


 証拠はどこかの知らない誰かが喜んで引き受けてくれるってわけだ。

 今後もここを使わない手はない。




 さてこれで警察はどう動くだろう。

 今日のやつは僕が以前、殺してやりたいリストとして刑事に渡した中でも下から二番目という中途半端な位置に書いておいたやつだ。

 そして今回は安物のナイフで切ったり、証拠を残しまくったりと、これまでより明らかに手口を雑にしてある。


 すでに警察内部では一連の殺人事件の犯人は決着が着いている。もし、実は教師は犯人じゃなかったなんてことになると責任問題にもなりかねない。だったら捜査方針として選択するのは『模倣犯』しかない。

 散々あの教師を犯人だと罵っていたマスゴミが、今度はどんな報道をするんだろう。どうせまた、我が身可愛さの偏向報道で煙にまくつもりなんだろうな。


 フレッシュたっぷりのコーヒーでも飲みながら、茶番を楽しませてもらおう。


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