——五人目①
夜を待って僕は外へ出かけた。
タトゥーを消してくれている先生の勧めで植毛の処置を並行して受けながら、僕は積極的に出るようにしている。
両親も賛成してくれたけど、あくまでリハビリとしてたくさんの人に会う昼間ではないので、夜だけと理由をつけて出かけている。
最初こそ心配であとをつけて来ていた両親だったけど、今では慣れて好きに出かけさせてくれている。
今は徐々に時間を長くしていき、二時間くらい出歩いても怪しまれなくなった。
その後も出かけている間中、監視や尾行に気をつけていたけれど、そんな様子はまったくなくなった。
あれから警察も事情聴取に来なかったことを考えると、やはり一連の犯人はあの教師だと断定したんだろう。
今日はあれから一ヶ月と少し経った。
いくらなんでもちょうど一ヶ月目に行動するなんて、関連づけなくてもいい疑問を感じさせかねないからな。
今日はあの教師より少し近くにある、海岸沿いに建つ高級マンションに住んでいるやつだ。
あいつが毎日、夜遅くしか帰ってこないのは分かっている。
僕をイジメていたやつらの中の順序が一番低いやつで、あいつらの間ではパシリの扱いを受けていた。
遅くなるのは仲間? が殺されていくのを見て、次は自分が殺されるんじゃないかと怯えたやつらが、ボディーガードなんて言ったら聞こえはいいが、実際は襲われた場合あいつをおとりに使おうという腹で、全員を送り届けてからしか帰らせてもらえないんだ。
一ヶ月たって犯人も判明し、危機感は喉もとを過ぎていたが、あいつは相変わらず全員を送り届ける役を押し付けられている。
そりゃそうさ。帰りのタクシー代は毎日あいつが払うんだ。一度その味を覚えたやつらが手離すわけないじゃないか。
あいつが仲間に入れられたのも、家が金持ちだからという理由でしかない。
マンションの背の高い植え込みの中に息をひそめて隠れていると、こんな時間でも案外人の出入りが多い。
やはり高級マンションに暮らしている人間は、こんなご時世でも夜遊びしていられるんだろうな。
だがあいつを待っている間、しばらく観察していると、出入りする人たちは僕が想像していたより案外金持ちってほどでもなさそうだった。
高級だからこそ、静かな立地条件を得るために駅から遠いこの場所に、疲れきった表情で歩いて帰ってくる人たち。
つらいことがあったんだろうか、足取りも重くうつむいたままオートロック扉の奥に消えるOL。
中にはタクシーで乗りつける、恰幅のいい中年もいるけれど、数は決して多くない。
防犯カメラの死角を見つけるために何度も通ってはいたけど、こんなに長い時間、出入りする人を観察する暇はなかったな。
やはり誰もいないチャンスが訪れるまで何度も足を運ぶ必要がありそうだ。
それともまだ僕に死神がついているのなら、今日あいつが帰ってきた時だけ通行人が来ないなんてことがあるかもしれない。
まあ、そんな偶然はあり得ないので、そろそろ今日のところは帰ろうかと考えていた矢先、一台のタクシーが近づいてくるのが見えた。
はたして、降りてきたのは間違いなくあいつだった。
タクシーを力なく見送ったあと、地面にしゃがみ込んで頭を抱えている。
だけど、こいつもただの被害者じゃない。
仲間内で一番下だからこそ、僕のようにイジメのターゲットになった者へは日頃のうっぷんを全部を吐き出してきたんだ。
マットに包んだ僕を最後まで蹴り続けていたのも、吸う気のないタバコに火をつけては僕に押し当てて消し、またすぐ火をつけては消すようなやつだ。
辺りには誰もいない。
僕が植え込みをわざと揺らすと、あいつはビクッとしてこっちを見る。
もちろん猫の鳴きまねなんてしないで、持ってきたカバンからあるものを取り出して準備する。
しばらく見ていたあいつが立ち上がってマンションに向かおうとするので、もう一度植え込みを揺すり、裏声で喘ぎ声を出してやった。
するとあいつは明らかにこっちに興味を持ち、身を低くしてそろそろと近づいてくる。
エロやろうが。思わず笑いそうになったけど、ぐっと堪えて喘ぎ声を続け、あいつを誘う。
だんだん僕との距離が縮まってくる。
「あるもの」と言っても大したものじゃない。
植え込みに引っかけたベージュの婆シャツとモモヒキを棒で揺らしているだけだ。
暗闇の中、植え込み越しに見える肌色っぽい動くものと喘ぎ声。
男なら大抵のやつが先入観でエロを想像するだろう。
早くこい。
ここしかカメラの死角はないんだ。
用心深く近寄ってくるあいつの姿は、僕にはチョウチンアンコウの光に吸い寄せられてくる小魚に見えた。