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——四人目②


 一瞬こいつに復讐することを躊躇したけれど、それじゃいけないと思いとどまった。


 こいつは間違いなくバカなんだ。だからイジメにも気づかないし、無神経な行動も平気でできる。

 この先、僕と同じことをされる者がいても気づかずに被害を拡大させるだけだ。

 事実、僕のあとターゲットにされたんだろう二人のうち一人は自殺して、もう一人も自殺未遂で病院に入院したまま——もう別の病院へ転院したはずだけど。


 だからこいつを生かしておくことは、この先たくさんの被害者を生み出すのと同じだ。

 そうとも。病院の時も院長の悪事をあぶり出したことで、大勢の人が助かったじゃないか。


「僕は、こんなこと言っちゃいけないんでしょうけれど、あいつらがいなくなったおかげで、やっと学校に行けるかもしれないので良かったと思っています。

 先生も僕が出席できればいいと思ってくれますか?」


 答えは聞かなくても分かっている。クラスメートの連続殺人に加えて連日ネットで学校に対する誹謗中傷があふれかえっている今、校長は毎日教師たちに少しでも風評を抑える行動をするよう怒鳴り散らしている。

 登校なんてしなくても、教師のブログやTwitterを見つけ出すことさえできれば、内部情報は筒抜けも同然なんだ。

 不登校の生徒が登校するようになったなんて事実は学校の名誉回復の助けになるくらい、いくらこのバカでも分かるはずだ。


「もちろんだ。先生はいつでもお前が戻ってきて欲しいと思ってる」


 ああやっぱり。分かりやすい。


「だけど、まだ少し迷っているんです。

 僕がイジメられていたこと、先生はまったく気づいてくれませんでした。

 もしまた僕がイジメられた時に先生はちゃんと気づいてくれるかどうか。すごく不安なんです」


「安心していいぞ。前の時はイジメじゃなくて、ただ一緒に遊んでいるだけだと思っていたが、今度こそ先生はあれがイジメだと分かった。

 次にあんな場面を見かけたら必ず先生が助けてやるからな」


 あまりのバカさ加減にあきれた。こいつは本当にイジメじゃなかったと思っていたんだ。

 だけどだまされちゃいけない。

 僕のあとで二人も被害者が出たのは、結局こいつは何もしなかったということだ。


「だったら先生。僕を安心させる意味でメモか何かに一言『すまない、悪いことをした』とか書いてもらえませんか?」


 そう言った途端、こいつはとてつもなく嫌な顔をしやがった。

 バカな上にプライドが高いなんて、やっぱり最低のやつだ。


「学校に行けば、僕はまたあんなイジメを受けるんじゃないか、誰も助けてくれないんじゃないかって思うと、足がすくんで部屋から出ることもできなかったんです。

 だけど、先生はちゃんと分かってくれています。これがその証拠なんだって先生が書いてくれたものをお守りにして持っていれば、それだけで安心できるんです」


「なんだお守りに。そうだったのか。なら喜んで書いてやろう」


 お守りにすると聞いて、こいつは態度を一変させた。

 そうして学校で使っているレポート用紙を一枚取り出し、マジックででかでかと「悪いことをして、すまなかった」と書いて僕に渡した。


「ありがとうございます。これで安心して学校に行けます」

 受け取ったレポート用紙をコタツの上に置いたまま、僕は荷物の中から高級ブランデーを取り出した。


「これはお礼です。もちろん僕は未成年なので飲めませんので、先生が飲んでください」

「おいおい、先生はそんなつもりで書いたんじゃないぞ。

 それにこれ、どうやって手に入れたんだ?」


 そう言いながらも、目はブランデーに釘付けだ。

 そりゃそうだろう。手が届かないほど高いというほどではないけれど、普段の給料だと眺めているだけでとても買えないような代物だからな。


「父の知り合いがイギリスへ旅行に行って、同じものばかり三本お土産にくれたんです。

 今日、僕が先生の所へ行くと言ったら、お世話になっているんだから持って行けと渡されました」


 こいつにとって、もちろん僕にとっても理由なんてどうでもいい。

 ただ、どんな酒が好きで、どんなのを飲みたがっているなんてことも、他の教師のブログなんかから想像ついてたんだ。


「良かったら今、飲んでみます?」

「いや、生徒が来ている前で、さすがにそれはまずいだろう」

「いいじゃないですか、どうせ僕が持ってきたものなんですから」

「そ、そうか。だったら一杯だけだぞ」


 そう言いながらもこいつは、コップで何杯もグイグイあおりやがった。

 だいぶ酒がまわったのを確認して僕は残りのブランデーを少し、台所にあった小さな鍋に移し引っかけてあったタオルを乗せてグラグラ沸騰させた。

 しばらくたって鍋の中身がなくなったので、タオルを取り上げて、すっかりいい気分になっている先生に近づいて口と鼻をタオルで覆った。

 わずかに抵抗したものの、酔っぱらって力が出ない先生は、大イビキをかいて眠り始める。

 なんてことはない、ブランデーで作った即席の麻酔薬の効果だ。

 鍋は何度も水で洗って元通りの場所にしまい、着けていたネクタイを外して輪にし、柱にねじ込んであったフックに引っかける。

 次にこいつの首をネクタイの輪に通してそっと手を離した。


 これでこいつはもうすぐ窒息死する。

 僕は持ってきたバッグの中からドクロのタトゥのシールとあご髭に使ったものと同じウイッグをタンスの奥にしまい込んだ。

 念のために言っておくと、僕は部屋に入る前からずっと薄い手袋を着けたままなので、指紋は残らない。

 こいつも僕が手袋を取らない理由は、手の甲に最悪の落書きがされていることを知っていたということだ。まったく、嘘ばっかりだったな。

 僕が、というよりも誰かがここに着ていたという痕跡を完全に消して、この部屋をあとにした。


 一人目と二人目をやった時に着ていた服を押し込んだビニール袋は、すぐ近くの公園のゴミ入れに無造作に捨てた。

 もちろん中身はその時のものに間違いないけれど、ファブリーズで消臭してあり、駅前のコーヒーチェーン店のコーヒーを何滴か垂らしてある。

 これは警察犬に対しての対抗策だ。

 だからこそ一回ごとに下着から靴から何から何まで全部取り替えているんだ。


 一番の問題は、『それをどこへ捨てるか』だけれど、今回の場合は“こいつの住む現場近く”でことは足りる。

 なんせさっき書かせた「遺書」と、服や靴という物的証拠で、これまでの僕の罪をまるごと被ってくれるんだから。


 あの院長がクレーマーで良かった。

 教師が殺意を抱く理由をおのずから作ってくれたんだから。


 僕は鼻歌まじりに帰りの電車に乗った。


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