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第一話:汚れ仕事は、もう致しません

「不浄な女め、近寄るな! その穢れた手でリリアに触れるなど万死に値する!」


王立夜会の中心。シャンデリアの光を反射する大理石の床に、私は冷たく突き飛ばされました。

目の前には、かつての婚約者・第一王子エドワード。その腕には、怯えた表情でしがみつく「聖女」リリアの姿があります。


「エドワード様、落ち着いてください。私はただ、リリア様が身につけているそのネックレスに……」


「黙れ、エルセ! リリアが宝物庫から選んだ由緒正しき国宝に、呪いがかかっているなどと嘘を吐きおって。お前の『呪毒鑑定』など、人を貶めるための妄言に過ぎん!」


周囲の貴族たちから、冷笑と蔑みの視線が突き刺さります。

代々、我が公爵家は王国の「裏」を支えてきました。

戦場から持ち帰られた呪物、暗殺に使われた毒、そして王宮の地下に溜まるドロドロとした負の感情——。

私は十歳から、そのすべてをこの身に引き受け、浄化し、王宮の「清潔」を保ってきたのです。


「……そうですか。私の言葉は、もう届かないのですね」


私が視線を向けたリリアの胸元。そこにあるのは「微笑む女神の涙」と呼ばれる首飾り。

一般的には幸運の品ですが、私の目には見えています。

その裏側にびっしりと張り付いた、かつて処刑された王妃の、どす黒い怨念の粘液が。


「リリア様は『光の魔法』で癒やしをもたらす。お前のような、死体や呪いを弄ぶ陰気な女はもう不要だ! 今すぐこの国から失せろ!」


エドワードの宣告と同時に、近衛兵たちが私を取り囲みます。

私は静かに立ち上がり、ドレスの裾を払いました。


「わかりました。……ですが、一つだけよろしいでしょうか?」


「命乞いか? 見苦しいぞ」


「いいえ。私が毎朝、皆様の健康を願って淹れていた『特製ハーブコーヒー』。そして、王宮の各所に配置した『魔除けの香炉』。これからは、すべてリリア様に管理をお任せしますね」


リリアが、勝ち誇ったような笑みを一瞬だけ浮かべました。


「ええ、お姉様。私、光の魔法でこの国をもっと清らかにしてみせますわ!」


(……ああ、無理ですよ。リリア様)


彼女の光の魔法は、表面を白く塗りつぶすだけの「漂白」に過ぎない。

蓄積された呪毒は、一度「鑑定」して正体を暴き、正しい手順で「解毒」しなければ、いつか爆発する。

私が十年間、一日も欠かさず行ってきた、指先が壊死するほどの激痛を伴う「毒出し」を、彼女ができるはずがない。


「では、失礼いたします。……皆様、どうぞ『お健やかに』」


私は深く一礼し、夜会会場を後にしました。

その瞬間、私の背後で——パリン、と。

リリアの首飾りに、小さな亀裂が入った音を、私だけが聞き逃しませんでした。


馬車に揺られ、国境を目指す道中。

私は、唯一の理解者である、もふもふとした灰色の毛並みを持つ使い魔の猫・ルナを抱き上げました。


「お疲れ様、エルセ。あんな奴ら、放っておけばいいんだよ。今頃、王宮の地下では『何か』が目覚め始めてるだろうしね」


「ふふ、そうねルナ。……さあ、これからは自由よ。まずは美味しいコーヒーを淹れましょうか。旅先で出会う、本当に助けが必要な人たちのために」


私が去った後の王宮。

翌朝、エドワードたちが目覚めた時——。

彼らは、自分たちの肌に浮き出た「黒い斑点」と、どこからともなく漂い始めた、吐き気を催すような「腐敗臭」に、まだ気づいていなかったのでした。




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