54 ノエルと咖喱
夜ご飯の準備と言っても、もうほとんど完成しているらしい。
温め直して皿に盛り付ければ完成だ。
「ジルカを待たなくていいのか?」
「安心して。すぐに帰ってくるから」
「神託?」
「なわけないでしょ。ただの予想。神託って疲れるのよ? 聖女でもね」
「そういうものか。俺も手伝おう。今日の夜ご飯は何だ?」
「「咖喱!」」
何人かの子供が、同時に元気に教えてくれた。
「咖喱か。おお、それは楽しみだ!」
「ねー。咖喱おいしいもんね!」
『おいしいわん!』『たのしみだわんね!』
子供たちもコボルトたちも咖喱が大好きなのだ。
「しかも! しかもね、ティル。ただの咖喱じゃなくて、唐揚げ咖喱なの」
子供の一人が嬉しそうに教えてくれる。
どうやら、今日の咖喱には、魔鳥の唐揚げが乗っているようだ。
「おお、すごい。ただでさえ咖喱がうまいのに、そこに唐揚げまで加わるとは!」
美味しいと美味しいが合わさって、最高に美味しいになる。
「ほら、ノエルが来るでしょう? エルフの郷土料理を出した方がいいと思って」
「うむ。リラの言うとおりだ。自己紹介にもなるし……子供も咖喱と唐揚げが好きだし」
ミアもうんうんと頷いている。
「そうだな。ノエルが喜んでくれると良いんだが……」
俺はミアとリラが盛り付けてくれたお皿をテーブルへと運びながら、ノエルを見た。
ノエルはガルガルとペロ、それにミーシャたち年少の子たち、子猫と遊んでいた。
それをフィロとカトリーヌ、シルヴァが優しい目で見守っている。
「大人用に少し辛めの咖喱も用意しておいたぞ。エルフの大人は辛めの咖喱が好きなんだ」
「おお、ありがとう。ミアも辛めの咖喱の方が好きなのか?」
「うむ。子供用の甘い咖喱も悪くないのだがな。やっぱり咖喱は辛い方が良い」
「なるほど。辛いのか。食べられるかな」
するとミアは笑顔で言う。
「安心しろ。辛いと言っても初心者向けだからな!」
「ありがとう。……ということは、上級者向けもあるの?」
「ある。私でも頑張らないと食べられない辛さのものがな」
「ティルがいない間に食べさせてもらったけど、凄く辛かったわ。でも美味しかった」
皿にご飯と咖喱、唐揚げを綺麗に盛り付けながらリラが言う。
「ほう。少し興味があるが……」
「まあ、無理に食べるものでもないしな。辛さが物足りないと思ったらいっておくれ。作るから」
「そのときはお願いするよ」
そんなことを話しながら、準備を進めていると、
「咖喱の匂いがするのである!」
ジルカが走ってきた。
「ジルカ、お帰り」
「ただいまである! というか、ティルたちもおかえりだ! えっと、ノエルは~」
ジルカは早速ノエルを探し始める。
ちょうどノエルはガルガルとペロに挟まれて姿が見えなくなっていた。
「ここ! ノエル! ここいる!」
ガルガルとペロの間から、ノエルが這い出してきた。
「おー。ノエル初めましてだ。我は天星のジルカである。シルヴァのお友達であるからなー」
「そっかー、ノエルもよろしくな? あ、この子がガルガルでー、アオとクロとシロ!」
互いに自己紹介を済ませると、ノエルがジルカをキラキラした目で見る。
「ジルカって、竜? とべるのな?」
「もちろんである。飛んだらなかなかの速さであるぞ」
「でも、人族っぽいのな?」
「……真の姿は実は凄いのである。めちゃくちゃでかくて、強そうで格好いいのである」
「ほえー。みたい……」「がうがう」
「今度見せるのである!」
じゃれついてきたガルガルを、ジルカは軽くいなして撫でまくる。
「てんせいのジルカの、てんせいってかっこいいな? ふたつな?」
「そう、二つ名であるぞ。我のも格好いいが、シルヴァの影歩きも格好いいであろう?」
「うん。かっこいい。ノエルもほしいな」
「大きくなったら……いや、ノエルならそう遠くないうちに二つ名をもらえるやもしれぬな」
「ほんと?」
目を輝かせるノエルの頭をジルカはわしわしと撫でる。
「うむ! ノエルは聖樹を育てているのであろう?」
「うん。そだててる」
「礼を言うのである。ノエルの聖樹のおかげで聖獣たちは皆助かっているのである」
「そっかー、よかった」
「これは大きな功績ゆえな? いつか……近いうちに誰かから二つ名を送られるやも……」
「ほえー」
ノエルたちが楽しそうに話している間に咖喱の準備が終わった。
「ノエル、フィロとカトリーヌも。一緒に夜ご飯を食べよう。みんなこっちに来てくれ」
ミアに呼ばれて、ノエルたちがやってくる。
「ノエルたちはここに座って。シルヴァたちの分はこれだよ! モラクスたちはこっち!」
「かたじけない」『ありがと』
『リラからでかい猫と子猫がくるって聞いたから用意したわんね!』
『モラクスの席もあるわん!』
「おお、コボルトたち。そして聖女。我らへの気遣い感謝する」
『ありがと、たべやすい』
子供たちが聖獣たちをテーブルへと案内する。
コボルトたちは聖獣たちが食べやすいように、椅子の高さなどを調節してくれていたようだ。
シルヴァとガルガル、ペロ親子、モニファスといった体の大きな聖獣の椅子はない。
むしろテーブルの一部分が少し高くなっており、大きなお皿を固定できるようになっていた。
そして、モラクスや子猫のためには高めの椅子が用意されていた。
『体が大きくなったら、椅子をけずって調整するわんねー』
「ありがとな」「なぁ」「みゃ」「にゃ」
並べられている料理は人族とジルカの前には咖喱である。
肉食系聖獣には肉を焼いたものが、モラクス親子には野菜を焼いたものが用意されていた。
ノエルの左右にはフィロとカトリーヌが座る。
シルヴァの隣にはガルガルと子猫で、ペロ親子とモラクス親子も隣同士に座った。
席に着いたフィロが言う。
「いい匂いだが、変わった見た目の料理だね。独創的だな」
「エルフの郷土料理の咖喱だよ。ほら、腐界の瘴気の中でも美味しく食べられるよう――」
俺はスパイスがふんだんに使われているのだというような説明をする。
「…………」
その間、ノエルはじっと咖喱を見つめていた。
俺の説明も聞いていなさそうだ。
「スパイスを使っているのなら辛いのかしら? ノエルは食べられるかしらね?」
カトリーヌが少し心配そうにノエルを見る。
「子供向けと大人向けでわけているから、大丈夫だよ。大人向けは少しだけ辛いけどね」
そう説明したミアは少しだけ緊張気味にノエルを見つめている。
エルフの郷土料理を受け入れてもらえるか、少し不安なのだろう。
「ノエル。スパイスを使っていると言っても辛くないから安心するといい――」
俺の言葉の途中で、
「…………カレーライスだ」
ノエルが、小さな声でぼそっと呟いた。
「ノエル? カレーライスって?」
「え? あ、なんでもないな? すごくおいしそう」
「ああ、美味しいよ。食べてみるといい」
「うん」
そして皆でいただきますをして食べ始める。
「おいしいおいしい!」「おいしいねー」
『うまいわんね!』『からあげもさいこうわん!』
「がふがふがふ」「もきゅもきゅ」
子供たちが一斉に食べ始めるが、俺とミアは食べずに、ノエルをこっそり見つめていた。
「ノエル、これはスプーンといってね。こうやって使うの」
「うん。ありがと、かあさま」
カトリーヌはノエルが聖獣の世界で育ったからスプーンの使い方を知らないと考えたのだろう。
だが、ノエルは初めてとは思えないほど、上手にスプーンを使ってゆっくりと咖喱を口にする。
「どうだ?」「どう?」
俺とミアの声が重なった。
「うん。……うん。カレーだ。カレーだな? 美味しいな?」
ノエルの反応は、まるで久しぶりに故郷の好物料理を食べた人のようだった。
「そうか、口に合ったのなら良かったよ」
「うん。良かった。ノエル、これが基本の私たちの料理なんだ」
「すごいな? こんなに美味しいカレーを作れるなんてな?」
ノエルは本当に感動しているようだった。
「ありがとう。ミア。すごくおいしい。かんどうした」
お礼を言うノエルの表情は真剣そのものだった。
「気に入ってもらえて。よかったよ」
「かあさまととおさまもたべるといい。すごく美味しいからな?」
「ええ、いただくわ……あら美味しい。少し辛いのも良いわね」
「ああ、唐揚げと咖喱は本当に合うな。この前いただいたハンバーグも美味しかったが……」
咖喱も素晴らしく美味しいとフィロは言う。
「ハンバーグ? ハンバーグもあるの?」
ノエルはまるでハンバーグを知っているかのような反応をする。
「ハンバーグも生姜焼きもあるわ。今度作ってあげるね」
そういって、リラが微笑む。
「おおー、たのしみだな?」
「ノエル。ハンバーグというのはね、挽肉を使って……」
カトリーヌがハンバーグについて説明すると、
「ほむほむ」
ノエルはそれを聞きながら、咖喱をバクバクと食べていた。
俺も辛めの咖喱を一口食べてみる。
「おお、うまい」
咖喱の甘みをわずかに含んだ旨みが口に広がる。その後に少しだけ辛みを感じた。
魔猪の肉は柔らかく、咖喱にとても合っている。
魔ジャガイモや魔人参、魔玉葱も咖喱とうまく調和していた。
「どう? ティル。少し辛い咖喱は」
俺の表情で気に入ったことがわかったらしいミアが尋ねてくる。
「うん。甘い咖喱も美味しいけど、こっちの方が好みだな」
「そっか。気に入ってもらえて良かったよ。もう少し辛い方がいい?」
「もう少し辛い咖喱も気になるが、この咖喱が最高にうまい気がする」
「そっか。辛さに慣れて物足りなくなったら言ってよ」
「ありがとう」
それから、ミアは笑顔でノエルに言う。
「ノエル、おかわりもあるからね。遠慮しなくていいからね」
「ありがとう、ミア。おかわり!」
「はいはい」
「ありがと!」
ノエルは咖喱をとても気に入ったようで、二回もおかわりをしたのだった。




