50 提案
「…………うまい。さすがは聖樹の実だな。フィロとカトリーヌも食べた方が良いぞ」
聖樹の実はこれまで食べたどの果物よりも美味しかった。
美味しいだけでなく、全身に力と魔力がみなぎるようだ。
恐らくだが、簡単な怪我や病気も治るだろう。特に瘴気病などは一発で治りそうだ。
「本当に美味しいな。これはりんごに近いが……それよりもずっと美味しい」
「ええ、美味しいだけでなく、体の疲労、失われた魔力が回復していくわね」
フィロとカトリーヌも聖樹の実を食べて感動している。
「ああ、ノエルの育てた聖樹の実は絶品なのだ。それだけではなく、聖樹のおかげで――」
聖樹の実を褒められて、シルヴァは誇らしげに語ってくれる。
ノエルが聖樹を増やしてくれたおかげで、魔物の出現数が減っている。
そして、出現する魔物自体も弱くなっている。
「瘴気も外よりは薄かろう? これもノエルの育てた聖樹のおかげだ」
「やはり、聖樹の育成が、つまりはノエルが腐界の浄化の鍵になりそうだな」
瘴気除去結界装置だけでは、腐界の浄化には足りないと思う。
魔物の出現数を抑えたり、魔物を弱体化させる効果は結界装置にはないからだ。
「フィロ、カトリーヌ。言うまでもなく腐界の拡大阻止と清浄化は人族全体の課題だ」
「ああ、わかってる」
「ええ」
「ノエルは人族全体にとっても重要な人物みたいだよ。星見の神が動くわけだ」
「星見の神?」
「ああ、シルヴァ。星見の神っていうのは――」
俺はノエル救出に力を貸したという星見の神についてシルヴァに語る。
「星見の神の聖女は、王が頼んでも動かないんだけどね」
それだけ、神にとってもノエルは重要な子なのだろう。
「……そうか。さもありなん」
俺の説明を聞いたシルヴァは驚くというより、腑に落ちたといった様子だった。
「さて、フィロ。カトリーヌ。それを踏まえてどうしたい?」
問いかけると、フィロは即答した。
「ノエルは家に連れて帰る。当然だ」
「人族の救世主になるかもしれないのに?」
「五歳の幼子に人族の未来を背負わせるな。幼子は危険のない場所で健やかに育つべきだ」
まさに正論だ。親としてフィロの思いは正しい。
「でもね。フィリップ。私はノエルの意志も大切だと思うの」
だが、カトリーヌは優しい目でノエルを見つめながら言う。
カトリーヌの言葉も正しい。
「何を言う。まだ五歳だぞ?」
「でも、ノエルは賢いわ。自分の意志を持っている。ノエルの意志は尊重してあげたいわ」
「だが……」
幼子にも自分の意志がある。
「だから、私もここに残ります」
「いや、待て、残るのなら俺の方だ。カトリーヌは――」
「まあ、落ち着け。二人とも。育ての親の事情も聞かないとだろう?」
ノエルの父母同士で議論しはじめたので、ひとまず止めてシルヴァに語りかける。
「シルヴァ。改めて確認させてくれ」
「ああ。何でも尋ねるがよい」
「聖樹の育成はノエル以外にはできないんだな?」
「少なくとも、選ばれし人族にしかできない」
「ノエルは腐界の中で生きていけるぐらい強いのか?」
俺はノエルが強いことを知っている。
だが、フィロとカトリーヌがどれだけそれを理解しているかわからない。
だから、シルヴァに語ってもらうことで現状を正確に把握してもらおうと考えた。
「ああ、それは問題ない。瘴気も平気だし、魔物も魔王種でなければ倒せるであろ」
シルヴァの答えは俺の予想したとおりのものだった。
「子猫たちを守らなくていいならば、シルヴァ一頭でも戦力的に余裕はあるのか?」
「もちろんだ。ジルカが魔王種を倒した今、魔物は弱体化し、数も減っておるゆえな」
「む? どういうことだ?」
「魔王種が発生すると、他の地域でも魔物が活性化するのだ」
魔物の出現数が増え、一体一体が強力になる。
そして、それを放置すると、新たに魔王種が生まれかねない。
だから、魔王種が出現している間は、聖獣たちは自分の地域から離れることができないのだ。
「そうでなければ、総力を挙げて魔王種をたたけるのだがな。厄介な性質であろう?」
「たしかにな。だから、魔王種と戦うジルカに他の聖獣の守護者から援軍がこなかったのか」
「そういうことになる」
そして、シルヴァは、少しの間考える様子を見せた。
「魔王種が倒れた今、どこも落ち着いておるゆえ……。他の守護者の助けも借りられよう」
どうやら、ノエルがいなくなったらシルヴァは、他の地の聖獣の力を借りる予定らしい。
具体的には子猫であるアオたちを近隣の聖獣の守護者に預けるつもりのようだ。
シルヴァがそのつもりならば、俺も考えていたことを提案しやすい。
「そうか。ならば、俺の拠点で子猫を預かろうか?」
「む?」
「俺の拠点ならば、瘴気もないし、モラクスやペロ以外の子供たちも沢山いる」
「ほう? 瘴気がないとな? それに子供たちも沢山いると? 詳しく聞かせるがよい」
「わかった。まずは俺の拠点の位置だが――」
俺は拠点の位置から説明を始めた。
「瘴気に関しては俺の開発した護符を利用した魔導具があって――」
瘴気除去結界と土壌改良魔法陣についても説明する。
「事情があって腐界の外に出れない人族の一族も俺の拠点にはいるんだ」
大人が全滅してしまったので子供だけだということも教えておく。
「土壌の清浄化にも成功して、精霊も集まってきているぐらいだ」
コボルトたちについても俺の知っている限りの細かい情報を伝えた。
「ちなみに……腐界を出られない一族とはなんだ?」
「どうやら、千年前に邪神に呪われてしまったらしい」
「……まだ生き残りがいたのか」
シルヴァは、大昔に大賢者と共に戦っていたエルフ族を知っているらしい。
「……なんということだ」
「シルヴァだけなら、俺の拠点とこの巣を楽に往復できるだろう?」
「そうだな。我の全力ならば片道一時間程度だろうが……」
シルヴァはもしかしたら、空を飛ぶジルカよりも速いかもしれない。
「それに、俺の拠点ならば、人族の領域にも近い。そのうえ聖樹の育成も可能だ」
俺はノエルの両親であるフィロとカトリーヌを見る。
「俺の拠点の近く腐界の外に辺境伯家の別荘でも建てればいいだろ?」
「そうね。ノエルもいきなり人族の中に連れて行かれても戸惑うでしょうし……」
ノエルは人族だが、聖獣の中で育った。
いきなり人族の街に連れて行かれたら、戸惑い、混乱しストレスを感じるだろう。
いや、訪れるだけならまだいい。異国を旅するようなものだからだ。
だが、住むとなると話しはまた別だ。
その点、俺の拠点は人族と同じくらい聖獣と精霊がいるので、ちょうど良い。
「そうだな。仕事があるが、私もなるべく別荘を訪れよう」
ノエルは拠点近くに建てた辺境伯家の別荘に住めばいい。
そして、俺の拠点と別荘を行き来するのだ。
そうすれば、シルヴァや子猫とも会えるし、聖樹を育てることもできる。
それをノエルに提案しようということになった。
「シルヴァは、子猫を預けることをどう思う?」
「……元々、子猫たちを他の聖獣に預けようと思っていたのだ。ティルの申し出はありがたい」
「なら決まりだ! ああ、まずはノエルと一緒に俺の拠点に来てくれ。最終判断はその後でいい」
「ああ……本犬の意志次第だが、ガルガルの保護も頼めるか?」
「もちろん歓迎だよ。本人、いや本犬が希望すればね」
ガルガルはノエルとずっと一緒に育った。
引き離すのはかわいそうだとシルヴァは考えたようだ。
「ありがとう。ティル・リッシュ」
シルヴァから丁寧にお礼を言われた。
「気にしないでくれ」
俺はカトリーヌに抱っこされているノエルを見る。
極めて強い魔導師とは思えないあどけない顔で、すやすやと眠っていた。




