14 夜ご飯集め
ペロが仲間になった後、モラクスが言う。
『きょうはなにする?』
「そうだなー。まずは……土壌改良の研究をしようと思う」
『どじょうかいりょう?』「わわぅ?」
モラクスとペロが同時に首をかしげた。
「ええとね。腐界では大気だけじゃなく、大地も瘴気で汚染されているんだよ」
『そっかー』「わぁぅ~」
「そのままにしておいたら地面から瘴気が染み出て病気になったりするからね」
家の周りの空気は結界で瘴気を除去している。
だが、地面からはじわじわと瘴気がしみだしているので、完全に除去できているわけではない。
もちろん俺やモラクスたち聖獣も、魔力が高いので瘴気病になることは滅多にない。
特に結界の中の瘴気は微量なので、結界の中にいる限り、まず瘴気病にはならないだろう。
だが、腐界の拡大を食い止めるためには、大地の清浄化は必須なのだ。
それに瘴気は魔物を強くする。
汚染された大気の中や大地の上で戦えば、魔物の力が増してしまう。
ペロの群れを追い詰めた魔物と戦うときのためにも土壌の清浄化は進めておきたい。
『もらくす、てつだう』「わう」
「大丈夫。まだ試行錯誤している段階だし、モラクスとペロは、遊んでいてくれ」
「も~」「がう~」
モラクスとペロは不満そうだが、本当に手伝ってもらうことがない。
「手伝ってほしいことがあったら言うから、そのときはお願いね」
『わかった』「わう」
そして、俺たちは家の外に出る。
「今日も良い天気だなぁ。……っと、この辺りを実験場にしよう」
俺は家の近くに腰を下ろす。
「先行研究によると……」
土壌清浄化に関する論文は全て頭の中に入っているが、一応魔導図書館を開いてみた。
忘れていることや見落としがあるかもしれないので、改めて論文をざっと読み直していく。
「師匠も含めて先行研究は土壌の瘴気を中和しようと試行錯誤してたけど……」
うまくいってはいない。だから俺は瘴気を除去する方向で考えている。
除去とは、俺が開発した瘴気除去結界装置の原理を土壌に応用する理論である。
魔物討伐の合間を縫って師匠とも文通しながら、理論研究は深めてあった。
「ついに実験できるな。楽しみだ」
理論を考えるのは魔物討伐の合間にもできる。
宿で寝る前や食事中や歯磨き中などの隙間時間を利用してだ。
戦闘中に思いついたことを、あとで魔導図書館にメモをするということもやっていた。
魔導図書館は大量の白紙のページもあるので、メモもし放題なのだ。
だが、実験はそうはいかない。
宮廷魔導師の頃に腐界に入ることもあったが、そのときは騎士や冒険者等の随行者がいた。
随行者のためにも大急ぎで魔物を見つけて倒し、速やかに撤収しなければならなかった。
「……仮説は色々あるからな、一つずつ試していこう」
だから、実験で仮説を確かめられるのは凄く嬉しい。
「まずは……これだな。一番自信がある説からやろう」
俺が楽しく実験していると、
「もっも!」
「わふわふ!」
モラクスとペロが楽しそうに遊んでいた。
子供らしく、じゃれつきあってゴロゴロと転がっている。
モラクスは体高五十センチの本当に小さな子牛だ。動物の子牛より小さいぐらいである。
そして、ペロは体高一メートルで大型の狼より大きい。
「もうもう!」
「がぁぅがぅ」
だが、モラクスの方が強いみたいだ。
ペロはモラクスに体当りされて、仰向けにひっくり返されて、押さえつけられている。
モラクスは牛だというのに、フェンリル種のペロよりも強そうだ。
ペロは本当に小さい赤ちゃんなのかもしれない。
(いや、ペロは群れの先輩としてモラクスをたてて、手加減しているのかも?)
そんなことを考えながら、俺は土壌清浄化の方法を試行錯誤していった。
土地を五十センチ四方に区切って、それぞれに違う魔法陣を描いていく。
「とりあえずはこれでよし。……もうお昼か」
時間を忘れて熱中している間にお昼になってしまった。
「……も?」「ぁぅ?」
モラクスとペロは遊び疲れて、家の日陰で寝ていたらしい。
俺が立ち上がったことに気づいて、目を覚まして駆け寄ってくる。
『これ、なにしてるの?』「はっはっはっはっ」
俺はモラクスとペロを撫でながら言う。
「こうやって目印を付けて、どの方法がうまくいくのか試しているんだよ」
『そっか』「わぁう」
とはいえ、全部手応えがない。時間をかけて確認するのは失敗だと確定させるためだ。
理論はそう大きく間違っていないという確信があるが、何かが足りない。
「うーむ」
『てぃる?』
「ん、大丈夫」
実験に失敗はつきものだ。
明日また失敗具合を見て、新しい理論を試してみよう。
「そうそう。魔法陣だから、そう簡単には壊れないけど、さわったらだめだよ」
『もらくす、さわらない』「わふ?」
「魔法陣は全部魔力で描いてあるから、物理的な方法では壊れないんだけど」
魔法陣の描き方には、主に二種類ある。
一つは魔力が通りやすい素材をインクの様に使って描く方法。
しっかり描きあげた後、魔力を流すことで魔法陣を発動させる。
失敗しても描き直せるし、時間をかけて描くこともできるので比較的容易な方法だ。
もう一つは、指先や杖の先などから魔力を出して描く方法である。
失敗したら最初からやり直しだし、魔力制御も非常に難しい。
だが、空中や水中にも描けるので便利なのだ。
「ペロが炎を吐いたり、炎を纏った爪でひっかいたりしたら壊れちゃうかもしれないからね」
「わぁぅ~」
「それじゃあ、お昼ご飯を食べようか」
『たべる』「がうがう!」
そして、俺たちは、お昼ご飯を食べることにした。
「やっぱりステーキだよな!」
「わぁぅわぅわぅ」
俺がステーキというと、ペロが嬉しそうに尻尾を振ってはしゃいでいる。
「お、ペロもステーキ好きか?」
「わふ~」
「そうかそうか。モラクスは食べたいものある?」
『なまのくさ』
モラクスはよだれを垂らしている。
「生の草かー。調理しなくていいのは楽でいいのだけど……」
『なまのくさがいちばんうまい』
そういいながら、近くには生えている草をもしゃもしゃ食べている。
「……そういえば、モラクスっていつも食べてるよな」
俺と探索しているときも、俺が家を建てていたときも、もしゃもしゃしていた。
今日も、ペロと遊びながら、合間合間にもしゃもしゃしていた。
『うまいからね?』
「そっか。うまいのか」
『はんすうするからね?』
牛は反芻するので、いつももしゃもしゃしているものなのだろう。
「草のほうが消化に時間かかりそうだし……食事の回数増やした方がいい?」
『おなかへったら、そのへんのくさたべてるからいい』
「そっか、せめていつでも食べられるように、草刈って集めておこうか」
『うん』
モラクスは尻尾をぶんぶんと振る。
「あ、そうだ。モラクスは塩も好きだろ?」
『すき』
牧場で手伝っていたとき、牛は塩が好きだと教わった。
実は牛は砂糖も好きらしい。
成長が遅れている子牛などに砂糖をあげたりするらしいので健康にも悪くないのだろう。
とはいえ、高級品だから中々あげられないとも言っていた。
だが、犬は砂糖を好むのに、犬の体にはあまり良くないとも聞いたことがある。
「……一応、持ってきているけど」
モラクスにだけ砂糖をあげたら、ペロがかわいそうだ。
だからといって、ペロにあげたら体に良くない。
ちょっとぐらいならいいだろうか。
「…………難しい問題だな」
『どした?』「わぁぅ?」
「いやいや、なんでもないよ。肉を焼くよー。モラクスの玉葱も焼こうね」
『たまねぎたべる』「わふわふ~」
座るのに丁度いい石があったので、それに腰掛けて肉と玉葱を焼いていく。
「モラクス、玉葱以外に焼いたらおいしいものってある?」
『ある。きのことかたけのことか』
「おお、午後はそれを取りに行こうか」
『いく』
「わぁぅ?」
「ペロ、心配しなくても、お肉はまだあるからね」
そういうと、ペロは安心して尻尾を振った。
昼ご飯を食べ終わると、俺たちは結界の外を探索し始める。
「相変わらず臭いなぁ」
『くさい』「がうがう!」
そんなことを言いながら、俺は草を刈っていく。
「モラクス。おいしそうな草があったら教えてな」
『うん。でもどれもおいしい』
「そっか」
草を刈ると、すぐに瘴気が消えていく。瘴気が消えた草をどんどん魔法の鞄に入れていった。
『てぃる。ぱんのき、あった』
「ぱんのき? パンノキってなんだ?」
『やいたらうまい』
モラクスが嬉しそうに尻尾を振っている。
「モラクス、どれがパンノキなんだ? 教えてくれ」
『あれ』
モラクスが鼻の先で示したのは、十メートルぐらいの高さのある大きな魔樹だ。
幹も太く、枝振りも見事で、大きな葉が茂っている。
そして、瘴気を纏った三十センチぐらいの卵形の大きな緑の実が二十個ほどなっていた。
「あの実を食べるの?」
『そう。はんぶんぐらいとって。ぜんぶとったらだめ』
「任せろ魔刃」
パンノキの実を枝から切り離すと瘴気がすぐに消えていく。
『ぜんぶはとったらだめって、ままがいってた』
「そっか。採りすぎない方が良いんだろうね」
採集した実を手に持ってみる。ずっしりと重い。
「匂いは……少し青臭いかな?」
『なまだとおいしくない。やくとうまい』
「そっか。夜ご飯に食べようね」
『たべる。 ぺろもたべられる』
「お、狼も食べられるの?」
『うん。ままがいってた』
モラクスの母牛はとても知識のある聖牛だったようだ。
「うぉう?」
自分の名前を呼ばれたと気づいたペロが首を傾げていた。
採取したパンノキの実を魔法の鞄にしまうと、草の採集を続ける。
『まとまとがあった』
「おお、魔トマト。腐界には何でもあるなぁ」
モラクスが見つけてくれたトマトは拳二つ分ぐらいの大きさの立派なものだ。
『あかいのがたべごろ』
「了解。そのあたりは外のトマトと同じなんだなぁ」
俺は真っ赤な魔トマトを十個ほど収穫した。
魔トマトも枝から切り離すと一瞬で瘴気が消える。
つまり魔物としては死亡判定されているということだ。
「魔樹も魔草も、地面とつながってないと生きているってことにならないのかな?」
『そうかも』
魔トマトの収穫が終わりそうなとき、俺は後方高度三百メートルの上空に魔物の気配を感じた。
魔物の中でも、魔鳥と言われる種類だ。
魔獣も魔魚も魔鳥も魔竜も魔樹も魔草も全部ひっくるめて魔物である。
体長は五十センチほど。翼幅は一・五メートルと魔鳥にしては対して大きくはない。
だが、嘴がナイフのように鋭く、爪も大きくて鋭い。
モラクス程度、いや、ペロや大人の人族でもさらえるぐらいには翼も強い。
しかも、魔鳥は移動距離が長いため、腐界の外に出て人里に被害をもたらすことも多いのだ。
「……倒しておくか」
倒さねば人里で子供をさらったり、家畜をさらうこともある。
しばらく旋回した後、魔鳥はほとんど垂直に急降下を始めた。
「ガガウ!」
次の瞬間、ペロが吠え、
――GYAAA!
全身を炎に包まれた魔鳥が悲鳴をあげる。
そのまま魔鳥は重力に引かれて落下を続け、ナイフのような嘴が地面に突き刺さる。
「魔刃。水球……ペロ、お前凄いな」
俺は魔刃で魔鳥の首をはねて、水球で炎を消してから、ペロを撫でる。
「がうがう~」
「いつから気づいてた?」
「がう!」
「そうか、かなり前からわかってたのか。モラクスも気づいてた?」
『きづいてた』
モラクスもやはり気配察知には優れている。
「それにしても、ペロは火魔法がうまいなぁ」
宮廷魔導師にもペロほど巧みに火魔法を扱える者はいなかった。
高速移動している対象に魔法をあてるのはとても難しいのだ。
しかも発動も速い。威力もちょうどいい。
赤ちゃんだというのに強すぎる。流石フェンリル種と言うことだろう。
「強くててすごいぞー」『えらいえらい』
「がぁうがぁう」
どうやら、ペロは俺を守れたことが凄く嬉しいらしい。
もちろん、ペロが何もしなくても、一瞬後には俺が倒していただろう。
きっとそれはペロもわかっている。だが、とにかく嬉しいようだ。
「ありがとうな、ペロ。凄く頼りになるな」「もっも」
「ぁぁぅゎぁぅ」
俺とモラクスに褒められて撫でられて、喜びすぎたペロは仰向けになってくねくねする。
おしっこを漏らすほど喜んでいた。
俺はペロを褒めてたっぷり撫でながら、魔法で魔鳥の処理を続ける。
重力魔法で浮かせて、水魔法を使って血抜きをする。
焼け残った羽は風魔法でむしって、綺麗になった肉を魔力の刃で解体しておく。
「今日の夜ご飯は鳥肉にしような!」
「わふわう~」
そうして、俺たちは家へと戻ったのだった。




