第6話 見違えたアナ
一か月後。
ユーリアは、朝のストレッチを終えて深く息を吐いた。
「……よし」
ここ一か月はアナの指導もしながら、自分の運動負荷を増やしてみたりと試行錯誤していた。
身体を動かすたび、少しずつ整っていく感覚がある。
疲れないわけじゃない。むしろ疲れる。
それが嫌じゃない。
(……アナ、ちゃんと継続できたわ)
あの日から、彼女は三日に一度、ここへ来ている。
ストレッチ、軽い体幹トレーニング、短いウォーキング。
どれも地味で、派手さはない。
それでも。
(続けられてるのが、すごいのよね)
ユーリアは、思い出す。
日本にいた頃、ジムを三日でやめる人を何人も見てきた。
「忙しい」「今日は雨」「疲れた」
同じようにこの世界でも、”続けない”理由はいくらでもあった。
――だからこそ。
アナが一度も「やめたい」と言わないことに、ユーリアは内心、何度も拳を握りしめていた。
◇ ◇ ◇
side: アナ
最初の1週間は、正直、つらかった。
(なんで私、こんなことしてるんだろう)
変わってしまった体型をどうにかしたくて、ユーリアの元に通ってはいるけれど。
筋肉を伸ばすだけなのに、ふくらはぎがじんじんして、階段を下りるのもおっかなかった日々。
でも。
2週間がたつと鏡の前の自分に変化を見つけた。
ほんの少しだけ、身体が引き締まった気がしたのだ。
(……気のせい、かな)
それでも、
(前よりは全然マシだよね)
そう思えたことが、嬉しかった。
何よりユーリアは、私の身体を見て
嫌な顔を一度もしなかったの、それが嬉しかったし、さらけ出して素直に運動しようと思えたんだ。
「できてるわよ!」
「ちゃんと筋肉が起きてきてる!ほら、ゲットアーップ! パワー!!」
まあ言ってることは時々変なんだけど、ふふふ。
ユーリアの言葉に蔑みは一切ない。純粋な応援。
胸の奥に、ゆっくり染み込んで頑張ろうって気持ちをキープしてくれたわ。
◇ ◇ ◇
「ユーリア!」
その日の午後。
食堂「ルル」に、弾むような声が響いた。
ユーリアが振り返ると、アナがキラキラした目をして立っている。
「……アナ?」
アナは筋トレを始めた日と同じ服を着ていた。
思わず、目を瞬いた。確かに、劇的に痩せたわけじゃない。
体重も、そこまで大きくは変わっていないはずだ。
でも。
「服、つっぱらなくなってるじゃん!」
「でしょ!?このお腹のところとか、余ってるの!」
アナは嬉しそうにくるっと回った。
「今朝たまたまこのワンピを着てみたら、スッと着れたからびっくりしちゃって。
嬉しくなって、ユーリアに会いに来ちゃった」
「アナ、すごいわ!頑張った証ね」
ユーリアの胸が、じわっと熱くなる。
「あとね、背中」
アナは、少し照れながら背中を向けた。
「……背中?」
「自分じゃ見えないけど、夫が言ったの。
“なんか後ろ姿が、引き締まった”って」
アナの嬉しそうな笑顔にユーリアもことさら嬉しくなる。
「ふふ、次はほら、お尻をもっときゅっと締めて?かっこよく立とう!」
一歩近づき、アナの姿勢を軽く整える。
そのやり取りを、近くの席で聞いていた女性が、
そっと声をかけてきた。
「……ねえ。それって……私でも、できる?」
一瞬、空気が止まる。
ユーリアは、アナの顔を見た。
アナは、少し驚いたあと――笑った。
「できるわよ」
はっきりと。
「ユーリアが、ちゃんと見てくれるから」
その言葉に、ユーリアの胸が、きゅっと鳴った。
(……筋トレブーム、来る・・・?)
◇ ◇ ◇
夜、ユーリアは、日記を開いた。
『個人指導・一か月経過。
アナ、成果を実感できた。自信がついた表情』
少し迷って、最後に書き足す。
『筋肉は、人を前向きにする!』




