第5話 産後太り撃退作戦
翌日。
ユーリアは、少しだけそわそわしていた。
(人に教える、か……)
昨日は変化に気づいてくれた嬉しさに、つい、勢いで言ってしまったけれど、
冷静になると少し臆病な自分もいる。
自分は専門家でもなければ、前世で資格を持っていたわけでもない。
ただ、筋トレが好きで、続けて、結果を出しただけだ。
(でも……)
鏡に映る自分を見る。
三か月前と比べれば、明らかに違う。
まだまだ”ぽっちゃり”ではあるが、脂肪の塊だったあの頃とは別人だ。
何より――胸を張って立てている。
(私は、こっちの世界でも変われた)
それは紛れもない事実だった。それが自信を与えてくれている。
そんなことを考えていると、裏口から声がした。
「ユーリア!」
振り返ると、アナが立っていた。
少し緊張したような、でも期待に満ちた表情。
「……ほんとに来たのね」
「来たわよ。約束でしょ」
アナは、照れ隠しのように笑う。
彼女は同い年だけど、少し前に出産を経験している。
世話好きで明るい性格。
ただ、最近は自分の身体を気にしている様子だった。
「……正直に言うわ」
アナがぽつりと切り出す。
「最近、鏡を見るのが、嫌なの」
その言葉に、ユーリアの胸がきゅっと締めつけられた。
「赤ちゃんは可愛い。すごく可愛いの。
でも……出産してから、自分の身体は別人みたいで」
アナは自分の腕やお腹を、ぎゅっと掴む。
「昔はね、こんなじゃなかった。
それなのに、周りは“母親なんだから仕方ない”って言うの」
笑って言っているけれど、その目は笑っていない。
(……ああ)
ユーリアは、思い出していた。
(これ、日本でも同じだった)
産後の体型変化を戻すのって、本当に途方もない努力がいるのよね。
変化を「仕方ない」で片づけられる苦しさ。
お腹を痛めてもいない男たちに勝手なことを言われる悔しさ。
ユーリアは、ゆっくりと口を開いた。
「アナ。まず、言っておくわ」
アナが顔を上げる。
「産後太り、私が撃退するわ」
「……え?」
「身体はね、ちゃんと役目を果たしたの。
アナと赤ちゃん、二人分の命を守ったの」
ユーリアは、静かに続けた。
「だから、体型が変化したこと、責める必要はないわ」
一拍、間を置く。
「そして、変えたいと思うなら、変えていい」
アナの目が、揺れた。
「……私でも、できるかな?」
「できるわ」
でも・・・と不安そうにバーベルに視線をやったアナ。
「ふふふ、これをいきなり持たせたりはしないし、長距離を急に走らせたりもしないわ。安心して」
「そ、そうよね、よかった……」
心底ほっとした顔に、ユーリアは少し笑った。
「まずは、身体を動かす感覚を思い出すところから。
筋肉に“起きて”って言うの」
「筋肉に?」
「ええ。今はね寝てるだけだから」
ユーリアは、地面に敷いた布の上に座り、簡単なストレッチを始めた。
「ほら、真似して」
アナは恐る恐る動き出す。
「……うっ」
「痛い?」
「ちょっと……いや、結構ひきつるね」
「今、筋肉が文句言ってるのよ」
その言葉に、アナは自分の足を見ながらクスっと笑った。
「ちょっと筋肉さん、文句言いすぎ!」
「最初は皆そうよ」
ユーリアは、アナの様子を注意深く見守る。
無理をさせない。
でも、甘やかしすぎない。
(……責任、あるわね)
胸の奥で、覚悟が固まっていく。
ストレッチを終えたころ、アナは少し汗ばんでいた。
「……たったこれだけなのにとってもいい汗をかいたわ」
「今日はこれだけにしましょう」
ユーリアは微笑んだ。
「今日の目標は、“継続できる”って実感することなの」
その言葉に、アナは、深く息を吸って、吐いた。
「……ねえ、ユーリア」
「なに?」
「ストレッチ……楽しかったわ」
その言葉に、ユーリアの胸が、じんわり温かくなる。
「それが一番大事よ、私なんてバーベルを抱えて寝たいくらいだわ!」
ユーリアはアナと二人、目を見合わせて笑った。
(私、ちゃんと……人の役に立てるかも)
◇ ◇ ◇
その夜。
ユーリアの(筋肉)日記に、新しい一文が加えられた。
『初・個人指導。
アナ、やる気あり。ストレッチはクリア。
私も、少しだけ自信がついた』




