第23話 じゃじゃ馬
翌日。
イーゼルベルグ伯爵邸の客用控室は、
午後の日差しが柔らかく差し込み、どこか落ち着いた空気に包まれていた。
だが、ユーリアの内心は真逆だった。
(……どんな人かしら)
従順で、素直な、エレノア様のような令嬢――そんな都合のいい人選のはずがない。
むしろ、扱いづらく、我が強く、指導者の器を試す存在を予想している。
(いいわ、私のお手並み、お貴族様に拝見させてあげましょう)
ユーリアは、背筋を伸ばしながら静かに呼吸を整えた。
◇ ◇ ◇
控えめなノックの直後、
扉は思いのほか勢いよく開いた。
「失礼いたし――」
侍女の声を置き去りにするように、
一歩前へ出てきた少女がいた。
「……あら、ここかしら?」
第一声は、驚くほど気負いのない。
年の頃は16、7だろうか。
赤みがかった茶髪を高い位置で束ね、ところどころ後れ毛がぴこぴこと跳ねている。
ドレスは上質だが、動きやすさを優先したお仕立て。
貴族令嬢というより、
“溌溂とした少女”という表現がしっくりくる。
そして何より――目。
好奇心と警戒、退屈と反発が入り混り、遠慮がない。侯爵夫人と同じ紫の瞳をもっていた。
(意外と冷静なのね)
社交界で揉まれてきた人間特有の、甘さを切り落とした目をしている。
◇ ◇ ◇
「ラウレンツ侯爵家分家・コッツボート伯爵家から参りました、
コーデリア・コッツボートです、以後お見知りおきを」
紫の冷たい視線がユーリアをとらえる。
「で、あなたが“ユーリア先生”?」
「ええ。そうよ」
ユーリアが穏やかに返すと、
コーデリアは肩をすくめ、口の端を少しだけ上げた。
「ふーん……思ったより、普通」
(初対面で言うわね)
内心ではツッコミを入れつつ、
表情は一切崩さないように。
ここで反応したら、相手の思う壺だ。
コーデリアは、遠慮なく椅子に腰を下ろした。
「正直に言うわ、
私、別に身体を変えたいわけじゃないの」
あっさりと言い切る。
「健康? 特に問題ないし。
社交界? 行ったら行ったで、それなりに楽しいし」
言葉に嘘は感じられず、誇張も自己卑下もない。
(自分の位置をちゃんと分かった発言ね、これは手ごわいかも)
◇ ◇ ◇
「じゃあ、なんで来たかって?」
コーデリアは、くるりと指先で髪を弄んだ。
「エカテリーナおばさ――失礼、ラウレンツ侯爵夫人に“行ってきなさい”って言われたから」
たぶん、私がどれだけ扱えるか見たいんじゃない?」
自分は試す側、その構図を、本人も理解している。
「あなたが一番、我慢ならないことは?」
コーデリアは片眉を上げた。
「……何それ」
「運動?」
「いいえ」
「指示されることは?」
「大嫌い」
「管理されるのは?」
「ハッ、論外ね」
「じゃあ逆にどこまで耐えられる?」
コーデリアは少しだけ視線を逸らした。
「……結果が出て、意味があるなら耐えられるわ」
(意外と感情論ではなく、理屈で動くタイプ)
◇ ◇ ◇
「じゃあ、提案するわ」
ユーリアは、はっきり言った。
「私は、あなたを縛らない。命令もしないし、管理もしない」
コーデリアの瞳が、わずかに揺れる。
「その代わり」
一歩近づき、
「あなたが“やる意味がある”と思える結果は、必ず見せる」
コーデリアは、じっとユーリアを見つめ――
やがて、くすりと笑った。
「……おばさまに聞いていた通り、変な人ね」
そう言いながら立ち上がり、手を差し出した。
「でも、嫌いじゃないわ。
やってみましょう、“ユーリア先生”」
ユーリアは、その手をしっかり握った。
「ええ。覚悟してね、コーデリア様」




