第21話 打合せ
応接室に戻ると、エリザベスが深くソファに腰を下ろした。
「……はぁ、緊張したわ」
伯爵家の女主人として取り繕っていた仮面を外し、素のため息をひとつ。
「正直に言うわね、ユーリアさん」
その眼には心配の色が宿っていた。
「エカテリーナ様は、“軽い好奇心”で動くようなお方じゃないの」
ユーリアは、苦笑気味にうなずいた。
視線、言葉の選び方。“条件は次回”という余白と、少しの茶目っ気。
(百戦錬磨の社交界の華)
◇ ◇ ◇
「紹介、という言葉を使われたのが、厄介ですわ」
エリザベスは、指先を組む。
”紹介”―――その意味するところは、侯爵家が関わるという宣言だ。
「侯爵家が動くと、自然と“貴族社会”が動きます」
「……つまり」
「エレノアが、まだ表に出る前に」
一拍置く。
「“ユーリアさんのやり方”が、評価される可能性があるということね」
評価される。
それは、同時に――
◇ ◇ ◇
ユーリアは、ゆっくり息を吸った。
「……私、条件を全部飲むつもりはありません」
エリザベスは、少しだけ目を見開く。
「それは……」
「エレノア様を“商品”みたいに扱う条件なら、断ります」
声は低く、落ち着いていた。
でも、内心は必死だ。
(これ、相手は侯爵家よ、前世の私なら絶対に関わらない案件よ?)
線を引かなければ、きっと後で後悔する。
必死で頑張るエレノアの気持ちに沿うようにしてあげたい。
「……頼もしいわね」
エリザベスは、ふっと微笑んだ。
「母として、心強いわ」
その言葉に、ユーリアは少しだけ救われた気がした。
◇ ◇ ◇
その夜。
ユーリアは、使用人部屋で一人、天井を見つめていた。
今日一日のやり取りが、頭の中で何度も再生される。
(条件……ね)
金銭。
独占契約。
貴族優先。
成果の公開。
どれもあり得る。貴族の世界のことは前世でも全くと言っていいほど知らなかった。
未知の世界に飛び込む高揚感と少しの不安。
◇ ◇ ◇
ふと、ノックの音がした。
――こん、こん。
「……先生?」
扉の向こうから、控えめな声。
エレノアだった。
ユーリアが扉を開けると、
エレノアは、少し不安そうな顔で立っていた。
「……何か、ありましたの?」
気づいている。
ユーリアは、一瞬だけ迷ってから、柔らかく笑った。
「大丈夫ですよ」
エレノアは、胸に手を当てる。
「……私、まだ表に出ませんわ」
「ええ」
「だから」
視線を上げ、真剣に言う。
「先生、私のこと……守ってくださいね」
ユーリアは、はっきりとうなずいた。
「もちろんです」
迷いはなかった。
◇ ◇ ◇
翌日。
ラウレンツ侯爵家から、一通の書状が届く。
簡潔な文面。
『次の面談では、具体的な条件を提示いたします』




