第20話 庶民と貴族
応接室の扉が、静かに閉じられた。
柔らかな絨毯の上に、三人分の気配だけが残る。
ユーリアは、一歩下がった位置で軽く頭を下げた。
(前世でも貴族になんて会うことないんだけど・・・)
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
緊張し足は震えているが、自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。
目の前に座るのは、ラウレンツ侯爵夫人エカテリーナ。
王都でも一、二を争う名門家の女主人。
――正直、格が違う。
ユーリアは、背筋に力を入れ、目の前の上品な貴婦人を見据えた。
◇ ◇ ◇
ラウレンツ侯爵夫人エカテリーナもまた、庶民ユーリアをじっと観察していた。
値踏み、露骨ではないがかえって圧になっている。
「あなたが……例の方ね」
柔らかな声。
「イーゼルベルグのご令嬢に、“魔法を使わず”身体づくりを?」
「はい」
ユーリアは、はっきり答えた。
「単純です。運動と、生活習慣と、食事です」
エカテリーナの口元が、わずかに上がる。
「……ずいぶん、地味ですのね?」
「ええ、即効性もありませんし、楽でもありません」
侯爵家の女主人相手に互角に話そうとするユーリアに
エリザベスが、ひやりとしているのが分かる。
だが、ユーリアは続けた。
「でも、だからこそ“リバウンドがない”のです」
◇ ◇ ◇
エカテリーナは、紅茶に口をつけながら尋ねる。
「失礼ですが、何ぞやの資格でも?」
「ありません」
「・・・後ろ盾は?」
「ありません」
「・・・では、コネ?」
「今、目の前にいらっしゃっておられますね」
一瞬の沈黙。
エカテリーナはクスりと笑った。
初めて見せた“本当の反応”だった。
「正直ですのね」
「取り繕っても、すぐ見抜かれると思いましたもので」
(侯爵家夫人、怖い人だ)
◇ ◇ ◇
エカテリーナは、音もなくカップをおろした。
「では、聞きましょうか。
あなたはなぜ、引き受けたの?」
「……覚悟があったからです、エレノア様に。自ら、変わりたいとおっしゃいました」
「それだけ?」
「はい。十分です」
エカテリーナの目が、満足げに細められた。
◇ ◇ ◇
コツコツ、コツ。
ボルドーのネイルが美しい白い人差し指でテーブルを叩く貴婦人。
「庶民が、貴族令嬢を導く、ねえ」
ゆっくりとした口調。
「恐ろしく、魅力的ですわね。それなら」
エカテリーナは、少し考え込み――
唐突に、こう言った。
「私の“知人”にもお力添えを」
エリザベスが、息を呑んだ。
◇ ◇ ◇
ユーリアは、即答しなかった。
「条件がありますね?」
エカテリーナは、微笑む。
「それは次回、お話しいたしましょう」
まるで猫のようにするりと立ち上がりながら片目をつぶった。
「それでは、ごきげんよう」
◇ ◇ ◇
去り際。
エントランスに馬車を付け、優雅に階段を下りたエカテリーナは、
慌てて見送りに出てきたユーリア達を振り返り、告げた。
「ああそう、一つだけ忠告を」
真っ赤なハイヒールが白のコートに映える。
「貴族社会は、“結果”より“過程”を見たがります
あなたが、どこまで守れるか……楽しみにしていますわ」
◇ ◇ ◇
馬車の音が遠ざかり、嵐が過ぎ去った。
応接室に戻ったエリザベスは、深く息を吐いた。
「……ユーリアさん、勇気あるわね」
ユーリアは、静かに頷いた。だが、手のひらは、じっとり汗ばんでいる。
(守るべきものは、はっきりしてる)
エレノアの顔が、脳裏に浮かぶ。
彼女が、自分の足で社交界に立つ、その日まで。
ユーリアは、腹を括った。
(貴族っていう階級とバシバシかかわっていくのも、この世界に来た楽しみかな)




