第2話 転生
――冷たい。
最初に感じたのは、それだった。
「……さむ……」
声を出したつもりが、やけに高く、少し幼い響きで返ってくる。
違和感に眉をひそめ、ゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井。
木製で、ところどころ年季が入っている。
「……ん?」
体を起こそうとして、動かない。
いや、正確には――重い。
「ちょ、ちょっと待って、待って、待って……」
必死に上半身を起こし、自分の身体に目をやる。
そこにあったのは、
まんまるに脂肪にまみれた顔。
ぽっこりというのもおこがましいほどに太い腹。
むっちりというのもおこがましいほど丸太のような太もも。
布越しでも分かる、だぶつきまくった背中肉。
筋肉の気配すらないダレたお尻。
「………………は?」
思考が止まった。
いやいやいや。私はやっと美尻と美ボディを手に入れたじゃないの。
こんな、こんなのは夢だ。そうに決まってる。
だって――
脳裏に浮かぶ、きゅっと上がったキュートな我がお尻。
鏡の前で笑っていた自分。
「……うそでしょ」
ベッドから転がり落ちるように立ち上がり、部屋を見渡す。
小さな木の机。古い棚。
そして、壁にかけられた――鏡。
嫌な予感しかしなかった。
一歩、また一歩。
鏡の前に立ち、恐る恐る視線を上げる。
そこに映っていたのは、
見覚えのない少女だった。
丸い頬。脂肪に埋もれた目。
ずっしりした二重あごと見当たらない首。
パサパサぼさぼさの髪。
――そして、どう見ても、どーーーーーーーうみても、太っている。
「………………」
数秒の沈黙。
「……ぎゃあああああああああああ!!!!!」
叫んだ。
「なにこれ!? 誰!? 私じゃない!!
え!? 尻どこ行った!? 我が愛しのお尻ちゃんは、どこ!?!?」
鏡に掴みかかり、必死に確認する。
ない。
どこにも、あのぷりっとしたラインは存在しない。
「うそ……うそ……うそでしょ……」
膝から崩れ落ちる。
どう考えても、夢じゃない。
感触が、何よりも身体の重さが、あまりにリアルすぎる。
そのとき、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ユーリア? なにかあったの?」
入ってきたのは、優しそうな中年の女性。
続いて、がっしりした体格の男性。
「大丈夫か、ユーリア」
――ユーリア?
混乱する頭の中に、知らない記憶が流れ込んでくる。
ユーリア・ルル。十九歳。
クラウゼン王国王都ドーリス在住。
庶民食堂ルルを営む両親の娘。
「……異世界、ってやつ?」
ぽつりと呟いた言葉に、両親は怪訝そうな顔をする。
「あら、あんた熱でもあるんじゃないかい?」
額に触れられ、みゆき――いや、ユーリアは理解した。
どうやら本当に、私はユーリアらしい。
両親は私が元気なのを確かめると、部屋をでていった。
部屋に一人になると、再び鏡を見つめた。
脂肪の塊。
正直、絶望だった。
せっかく手に入れた筋肉、身体、美尻。
私の努力の結晶。
それが、全部――ない。
悲しさがユーリアをおそう。
異世界に来たことよりなによりも筋肉を失ったことが悲しかった。
◇ ◇ ◇
悲しみにくれながら、ベッドに倒れこみ、ぼーっと天井のシミを見つめていた。
ふと、思い出す。
筋トレを始めた、あの日の自分。
最初からできたわけじゃない。
きつくて、情けなくて、逃げたくて。
それでも、続けた。
「……はぁ」
大きく息を吐き、ユーリアは鏡の前で背筋を伸ばした。
(ジムなんて、ないよね・・・ていうか、絶対器具もないよね)
トレーニングのことを考えると、口角がほんの少しだけ上がってくる。
「器具がなければ作ればいい。ジムがなくても、自分の部屋で、トレーニングすればいい」
この身体でも、変われる。
私は、それを知っている。
ユーリアは拳を握りしめた。
――異世界でも、私は私だ。
あの伝説的な言葉、”筋肉は、裏切らない”を信じるのだ!
裏切ってくれる筋肉すら、いません・・・(泣)




