第19話 訪問者
王都ドーリスの貴族街。
その中でも、格式ある邸宅が並ぶ通りに、
あえて主張を抑えた装いの馬車が静かに走る。
◇ ◇ ◇
外門を守る門番が、慎重に声をかけた。
「どちら様でしょうか」
馬車の扉が開き、タラップを先に降りてきたのは、きびきびとしたお仕着せ姿の侍女。
「失礼いたします」
その後ろから、ゆったりとした動作で女性が姿を現す。
年の頃は三十代後半だろうか。
落ち着いた色合いのドレスに、過不足のない装飾。
グレーのベールで顔を隠しているものの、隠しきれない気品がある。
人の上に立つことに、視線を向けられることに慣れた者のふるまい。
「突然の訪問をお許しくださいませ」
女性は、穏やかに微笑んだ。
「ラウレンツ侯爵家はエカテリーナが参りましたと、お伝えください」
◇ ◇ ◇
イーゼルベルグ伯爵家応接室にて―――
この家の女主人であるエリザベス・イーゼルベルグは、緊張の汗を背中に流しながら、
突然の訪問者と向かい合っていた。
(ラウレンツ侯爵夫人エカテリーナ様・・・あまり他家と交流を持たない夫人がなぜ、我が家に・・・?)
高位貴族の突然の訪問に戸惑うエリザベスのかたわら、紅茶は注がれた。
形式的な挨拶が交わされる。
「本日は、どのようなご用件で?」
エリザベスが静かに切り出す。
その言葉にラウレンツ伯爵夫人は、微笑を崩さずカップを置いた。
「突然の訪問で恐縮ですわ、私・・・」
その声音には、好奇心と計算が混じっていた。
「最近、御当家に関する、興味深い噂を耳にしましたの」
伯爵家の応接室に緊張が走る。
「曰く、イーゼルベルグ伯爵家のご令嬢が、庶民を招き入れ、
“身体づくり”に取り組んでいる、と」
その言葉に、エリザベスの眉が、ほんのわずかに動く。
「……さすがにずいぶん、お耳が早いですわ」
「ええ」
エカテリーナは否定せず、形の良い薄い唇に弧を描き、
少し、声を落とす。
「魔法ではないとなれば、なおさら」
◇ ◇ ◇
エリザベスは、すぐには答えなかった。
娘は完璧に自信を取り戻してから、社交界に出たいと希望した。
その気持ちを大切にしてやりたい。
だが侯爵家夫人が先ぶれもなく、
質素な馬車を用意してまで人知れずにイーゼルベルグ伯爵家を訪ねてきた。
この事実も大切にしなければいけない。
「噂は噂ですわ」
平静を装いながら少し抵抗してみる。
「我が娘は、今は静かに過ごすことを望んでいるようなのです」
ラウレンツ伯爵夫人は、ふっと微笑んだ。
「……ええ。そのようですね。ですから」
一拍、間を置く。
「ご本人にお会いしたい、とは申しません」
エリザベスの戸惑った視線をうけながし、エカテリーナはゆったりと微笑む。
「指導されている方に、お話をうかがえればと」
空気がわずかに張り詰めた。
「……分かりました。すぐに用意をいたします」
エリザベスの回答に、エカテリーナの目が光る。
「ただし」
エリザベスは手汗をにじませながら、やんわりと釘を刺した。
「我が娘の選択をなにとぞ、尊重ください」
「もちろんですわ、イーゼルベルグ伯爵夫人」
穏やかな声。
だが、その裏には確かな探りがあった。
◇ ◇ ◇
夕日が落ちていく頃、
ユーリアはエリザベスに呼ばれ、イーゼルベルグ伯爵邸を訪れていた。
ユーリアは、静かに息を吸った。
守るべきものは、分かっている。




