第14話 伯爵家の食卓
イーゼルベルグ伯爵家は、壮麗だった。
槍を何本も立てかけたのような門をくぐり、ユーリアは思わず背筋を伸ばす。
(……これが貴族の邸宅)
手入れの行き届いた上品な庭。ピカピカに磨き上げられた床。
どこもかしこも余裕と格式を主張している。
この邸宅の主の娘エレノアは、少し緊張した面持ちで先を歩いていた。
「こちらが……私の部屋です」
「ご、ご立派・・・すぎます、ね」
歴史ある伯爵家の邸宅に圧倒されていたユーリアの正直な感想だった。
◇ ◇ ◇
――伯爵家食堂。
エレノアと、なんとイーゼルベルグ伯爵夫妻が同席していた。
二人とも穏やかに微笑んでいる。
なんと、もうすでに話が通っているらしい。
ユーリアの身辺調査も済んでいるとあの年配の侍女から告げられた時は、
だからクラスを訪ねてきたときあんなに落ち着いていたのかと腑に落ちたのと同時に、
何にも悪いことはしていないが、貴族の用意周到さに肝が冷えた。
(絶対に、敵に回したらいけない人たちだ・・・)
豪華な食器とお花が長いテーブルの上には、すでに昼食の準備が整っていた。
ユーリアは、三秒で理解した。
(……このうえない糖質爆盛り!!!)
白いパン。白いパスタ。白い芋のグラタン。
さらに、砂糖をまぶした焼き菓子。
(ああ白い!とにかく白い!!)
しかも量がとにかく多い。
「今日は少し軽めですの」
エレノアが、申し訳なさそうに言う。
「……か、軽め?」
思わず声が漏れた。
その隣にはにこにこの伯爵夫妻。
「エレノアはね、食べるのが本当に好きでしてね、ふふふ」
「我々としても好きなだけ食べさせてあげたいんですよ」
(ああ……優しさが、娘可愛さが全部、糖に変換されてる!)
ユーリアは、大きく深呼吸した。
◇ ◇ ◇
「エレノア様」
にこやかに、しかしはっきり。
「まず確認させてください」
「は、はい」
「お菓子は、毎日どれくらい?」
エレノアは指を折る。
「ええと……午前に二回、午後に三回、夜に……」
「ス、ストップ」
あわてて手で制す。
伯爵夫妻はきょとんとしている。
「なにか問題が?」
(この人たち、社交や立ち回りはしっかりしているはずのに・・・)
白目をむきそうになりながら、ユーリアは即答する。
「大大大問題です」
目の前の食事を指さしながら続ける。
「この食事、エネルギーはあります。
でも、エレノア様の身体を支える、健康的な栄養が足りまていません」
「どういう……?」
「筋肉を作る材料がないんです」
一瞬、沈黙。
そして。
「……筋肉?」
伯爵が首をかしげた。
「娘に、筋肉は必要なのでしょうか?」
「めちゃくちゃ、必要です。特にいまのエレノア様には」
間髪入れずなるべく平静を装いながらのユーリアの言葉に
エレノアが、恐る恐る聞いた。
「私……ゴリゴリ、になりますでしょうか?」
(ゴ、ゴリゴリ・・・?)
「な、なりませんよ」
エレノア様は何を想像しているのだろうか・・・
「むしろ、今よりずっと綺麗になります」
エレノアの目が、ぱっと輝いた。
◇ ◇ ◇
「まずは、お菓子を減らしましょう」
「減らす……どれくらい?」
「まずは一日、一回まで」
伯爵夫妻が、同時に息をのむ。
「そ、それでは……」
「エ、エレノアがお腹を空かせて倒れてしまうわ・・・」
「いいえ、倒れません」
努めて真顔のユーリア。
「代わりに、乳製品と豆と肉を増やしますから」
「肉……」
「それらをしっかりと噛んで食べます」
「……噛む」
なぜか伯爵が復唱した。
エレノアは、ぎゅっと拳を握っている。
「……やります、お菓子は一日一回まで」
その声は、少し震えていたけれど、逃げていなかった。
ユーリアは、内心で頷く。
「それではご一緒ください、”お菓子は一日一回まで!” はい、どうぞ!」
「「「お菓子は一日一回まで!”」」」
張りきるユーリアと拳を突き上げるエレノア、それにつられた伯爵夫妻の声が格式ある屋敷に響いた。
◇ ◇ ◇
食後。
エレノアは、少し不安そうにユーリアを見上げた。
「私……甘いものが大好物なんです」
「し、知ってます」
(あの食事とお菓子の回数を知らされて気づかないほうが無理というものよ)
けれど、本人の口からきけたことは良いことだ。
「知っています、だからいきなりゼロにはいたしません」
「ほ、本当ですか?」
「その代わり」
ユーリアは、にっと笑う。
「動いていただきますよ?」
エレノアは、一瞬固まる。
「……はい」
(なんか、”お菓子のためなら”という副音声が聞こえてきたような・・・)
思うことはいろいろあるがユーリアもはっきり頷く。
「一緒に頑張りましょう」
その様子を見て、年配の侍女がそっと涙を拭う。
(……大丈夫)
(この子、ちゃんと前に進もうとしてるよ)
ユーリアは、心の中でそう思った。
◇ ◇ ◇
その夜。
(結局、使用人部屋に泊まり込むことになってしまった・・・)
使用人部屋ときいたが、かなり広く清潔な客室で荷ほどきをしながら、ユーリアは深く息を吐いた。
(結構手ごわそうね。明日から、どうしようかしら)
ユーリアは、軽くストレッチをしてからベッドに倒れ込んだ。
――明日からが、本番だ。




