第12話 訪問者
それから数週間。
ゆるトレクラスは、いつも通り開講していたが、どこか落ち着かない感じが続いていた。
見学希望は相変わらずあり、実際にクラスを覗いていく人も増えていった。
やがて希望人数が大幅増えたことで、ユーリアだけでは全体を見るのが難しくなってきたため、
アナや、もうある程度動きや使い方をマスターしている古参メンバーの女性たちに頼んで、
他の曜日でクラスを開講してもらった。
楽しく続け、引き締まった身体を手に入れた実績がある女性たちが先生なので、
説得力があるのだろう。
ユーリアが指導しなくても、みんな楽しく通ってくるようになっていた。
◇ ◇ ◇
その日はユーリアがクラスを行っていた。
いつも通り、片づけをしていると、入口の扉が、控えめにノックされた。
――こんこん。
「……どちら様ですか?」
ほうきを傍らに置き、ユーリアが扉を開けると、
そこに立っていたのは、上質な外套を身にまとった若い女性と、年配の侍女だった。
明らかに高級そうな光沢のある生地が使われた上品なファッション。
「こちらが……“ゆるトレクラス”ですか?」
声は落ち着いていて、丁寧。
顔は、紅紫色の帽子から降ろされたレースのベールで隠されているが、
その声には強い緊張と、決意が混じっている。
「はい。そうですが……」
ユーリアが答えると、女性は一度、深く息を吸った。
「私、イーゼルベルグ伯爵家長女、エレノア・イーゼルベルグと申します」
その名に、わずかに息をのむ。
(……イーゼルベルグ、伯爵、家?)
若い女性――エレノアは、両手を胸の前で組んだ。
「噂を、耳にしました、安全に身体を変えられる場所があると。
それも、魔法でも、薬でもなく……運動で」
一瞬、言葉を探すように顔を伏せる。
「……私を、指導していただけませんか」
その声は、震えていた。誰もいない教室の空気がピンと張り詰める。
ユーリアは、すぐには答えられなかった。
この人は、軽い興味で来たわけじゃない。
逃げ場を探して来たのでもない。
(このお嬢様……覚悟して、来てるわ)
ユーリアは、ゆっくり頷いた。
「私で良ければ。詳しいお話を、聞かせてください」
その一言で、
エレノアの表情が、わずかに――ほどけた。
ゆるトレクラスは、
ここから、もう一段階、違う世界へ踏み込んでいこうとしていた。




