第10話 教室、はじめました
それから数日後。
ユーリアは、空き家の真ん中で腕を組んでいた。
「……よし」
床にはマットを敷き詰め、隅に簡易的な荷物置きロッカーを置き、
バーベルやら新たに作成したダンベルやら、腹筋チェアなどを設置。
窓を開け放てば、爽やかな風が吹き抜ける。
「ユーリア、準備できた?」
アナが、マットの端を整えながら声をかけてくる。
「うん。今日はストレッチ中心にしよう」
「安全、第1!」
「第1!」
二人で顔を見合わせて、頷いた。
◇ ◇ ◇
開始時刻。
扉の前に、少しだけ緊張した空気が集まる。
「……ここで合ってる?」
「ユーリアさんの、運動の……」
「初めてなんですけど……」
集まったのは、アナを含めて八人。様子をうかがうような表情だ。
ユーリアは一歩前に出た。
「今日は来てくれて、ありがとう」
自然と、声がよく通った。
「ここでは、無理なことはしません。
人と比べません。安全に運動をしましょう。
何より―」
一拍、間を置く。
「続ける気を持ってくださいね」
「……はい」
「デブから抜け出すのよ・・・」
小さな返事が聞こえ、それにつられて、くすっと笑いが起きた。
(大丈夫そうね)
◇ ◇ ◇
「まずは、ストレッチから」
ユーリアは布の上に座り、動きを見せる。
「呼吸を止めないで」
「痛かったら、そこで止めて」
「あくまで比べるのは昨日の自分!」
最初はぎこちなかった動きが、少しずつ整っていく。
(私のクラス・・・)
ユーリアは感慨深く、”生徒”たちの様子を見まわった。
◇ ◇ ◇
終了後。
「……思ったより、きつくない」
「でも、汗かいたわ」
「これなら続けられそう」
そんな声が、ぽつぽつ上がる。
アナが、にやりと笑って言った。
「ねえ、ユーリア」
「なに?」
「教室の名前、どうするの?」
その一言で、全員の視線が集まる。
「あ……」
(考えてなかった!)
「じゃあ、とりあえず案を出してみない?」
アナの提案に、場がざわつく。
「はい!“ユーリアの筋トレ教室”は!?」
「ちょっと直球すぎるわ!」
笑いがおこる。
「“やさしい運動の会”は?」
「ちょっと響きが怪しい・・・」
「宗教っぽいかも……」
「えっ」
さらに笑いが広がる。
「“健康第一クラブ”!」
「それじゃあおじさんの集まりみたいよ」
ユーリアは、思わず吹き出した。
「私が作りたいのは―‐―」
全員を見る。
「自分のペースで続けられる場所」
少し考えてから、言った。
「うーん……“ゆるトレクラス”、とか、どうかな?」
一瞬の沈黙。
そして。
「……それ、いいかも!」
「わかりやすい!」
「ゆるい、筋トレね!」
次々に頷きが起きる。
アナが、満足そうに手を叩いた。
「じゃあ決まりね!
今日からここは――」
アナが高らかに宣言する。
「ユーリアのゆるトレクラスよ!」
拍手が起きる。
ユーリアは、少し照れながらも笑った。
「……みんな、よろしくね」
◇ ◇ ◇
夜。
日記を開く。
『ゆるトレクラスになった、心新たにがんばろう』
ペンを置き、息を吐く。
明日は、きっと筋肉痛。
――それも、悪くない。
筋トレ後のほどよい疲労感、たまらん。




