第1話 美尻は、人生を変えるらしい
――人生が変わる瞬間は、だいたい予告なく訪れる。
まさかそれが、SNSで流れてきた他人の尻だとは思わなかったけれど。
一ノ瀬みゆき、二十九歳。
都内の事務職で、独身。恋人なし。
平日は会社と自宅を往復し、休日はベッドとスマホを往復するだけの生活を送っていた。
夕飯はコンビニ。朝は抜くか菓子パン。
鏡を見るたび、ため息が出る。
太ってはいない。でも、だらしない。
何より――こんな生活をしている自分のことが、あまり好きじゃなかった。
その日も、休日だというのにベッドから起き上がれず、天井を眺めながらSNSをだらだらスクロールしていた。
そこで、不意に目に飛び込んできた動画。
『美尻は、作れる』
軽快な音楽とともに映し出されたのは、引き締まったウエストと、きゅっと上がった丸いヒップ。
無駄な脂肪はなく、でも痩せすぎてもいない。
健康的で、しなやかで――なにより、堂々としていた。
「……なに、この尻……」
思わず声が漏れる。
美しい、というより――眩しかった。
この人、自分の身体が好きなんだ。
そんなことが、画面越しに伝わってきた。
気づけば、動画を保存していた。
さらに別の投稿を見て、コメントを読み、リンクを辿る。
『最初は自分の身体が嫌いでした』
『でも、こんな私でもトレーニングを続けたら変われました』
『一緒にがんばりましょう』
その言葉に、胸が少しだけ、きゅっとなる。
「……変われる、のかな」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
翌日。
思い立ったが吉日。
みゆきは、一念発起し、人生で初めてスポーツジムの自動ドアをくぐっていた。
最初は、正直きつかった。
駅近ではあるものの、会社終わりにジムへ寄るということがまず気力を試された。
翌日は筋肉痛で階段が地獄になり、全身がプルプルしながらも仕事をする毎日。
それでも、鏡に映る自分は相変わらずだった。
それでも、やめなかった。
直帰したくなるたびに、あのプリっときゅっと美しいお尻の動画をみて、モチベを保った。
週に2回のジム通いが、1か月後には週3回になり、
持ち上げる重りは増えた。
鏡の中の身体がゆっくり変わっていく。
小さな変化を発見するのがうれしくて、いつのまにか毎日通うようになっていた。
そうして一年後―――――
「……うわあ!」
ジムでのシャワー終わり、久しぶりに鏡を見て、みゆきは立ち尽くした。
細く引き締まった脚。
ほどよく筋肉のついた腕。
そして――ぷりっと丸く、きゅっと上がった自分の尻。
「……やば!」
思わず笑ってしまう。
嬉しくて、誇らしくて、ちょっと泣きそうで。
あの日SNSでみたインフルエンサーのような、美尻と引き締まった美ボディの自分がいた。
私は、ちゃんと変われたんだ・・・!
その日、みゆきは浮き立つ気持ちのまま、ジムを後にした。
夜風が心地よく、スキップをしてしまうくらい、世界が少しだけ明るく見えた。
――その時。
ちょうど足元にあった黒いマンホールから、光が溢れた。
「……え?」
次の瞬間、強烈な引力に身体が引きずり込まれる。
◇ ◇ ◇
みゆきはまだ知らなかった。
自分が、異世界で“デブ”として人生をやり直すことになるということを。
ダイエットが全然進まないので自戒です・・・




