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僕はひとより空を見上げているんだなあ

作者: 誰じゃ
掲載日:2025/12/27





 冬の夕方はもう夜だ。


 僕が所属する、6人しか部員のいないサッカー部は、練習試合すら組むことができず、雨の日などは、午後6時の帰宅時間まで部室にこもってゲームをしているというダメ部活だ。


 今日は晴れていたので、沈む太陽を見ながらボールを蹴った。体を動かすことは気持ちがいい。「体を動かすことは気持ちがいい」なんて言葉は、本気でサッカーをやっている部員の口からは出ないセリフだろう。


 飛ぶカラスを目で追っていたら、頭にボールが直撃した。ヘディングは後頭部でするものではないと身に染みて理解した。



 なぜだかリフティング大会が始まってしまい、6時以降も体を動かすことになった。


 僕はヘディングが得意で、頭でちょんちょん数を稼ぐ。ちょんちょん数を稼ぐのが正解。でも、空中でボールがどんどん小さくなっていく景色が好きで、ボールを高く上げたくなってしまう。


 記録、62回。


 冬の夜7時。帰路の上で、空の底が抜け星が光っている。


 水は冷たいが、手袋をしたいので手を洗う。割に合っているのだろうか?手袋の暖かさは知っているが、それにしても、水が冷たい。


 吐いた息が白く空に昇っていく、空気は冷たく、当然、水も冷たい。


 僕の目の中では、白い息が夜の雲に溶けていくように見えて、空まで届いたような錯覚で嬉しい。


 拷問のような水の冷たさが、僕を現実に連れ戻す。


 学校の敷地内にある、忘れ去られたような空き地が、サッカー部のグラウンドだ。不満はない。途中の道に街灯がないことも、星が見えるので悪くないという気持ちに心変わりした。


 足元は暗いので、危ないのだろう。たぶん。


 だからといって、街灯が明るく光る道が安全とは限らない。


 実際、畳屋だった家の前の道のひび割れで、何度もつまずいた。


 元畳屋の家の奥から伸びた木が、道の上まではっぱを伸ばし、星を隠す。これはよろしくない。でも、怒るほどではない。


 星がチカチカまたたくのは、星の明るさが変わっているわけではなく、地球の大気の揺らぎのせいだろう。


 それでも、星が生きてるような、しゃべっているような錯覚を僕にくれるので、やっぱりそれを見たくなってしまう。


 僕以外は誰も空を見ていない。


 みんな星空がキレイなことを忘れたのだろうか。


 空が青いというのは実は嘘で、本当の姿はこれなんだ。


 地球はこれの中に浮かんでいるんだ。


 底が抜けてどこまでも落ちていきそう。


 宇宙に投げ出されたように感じる。


 でもこれこそが世界の本当の姿だ。


 世界の現実は認めないといけない。


 手袋が暖かい…それが現実だ。


 明日はもっと寒くなるという。空の上なら凍るほどかな…。



 毎年クリスマスツリーを飾る家があって、頂点にサンタクロースがつるされている。ぶらんと吊るされたサンタを見上げながら、


「普通は星だけどな。去年もサンタだったかな?」


 とつぶやいた。


 その家を左に曲がり、電球の光っていない商店街の看板をくぐる。


 流れる電線と、ついてくる星の下を10分ほど歩くと我が家につく。


 数年前に毛虫の大群によって枯らされた柿の木がまだ、小さな庭の真ん中に、あきらめ悪く立っている。


 風呂から上がり窓を見る。光が反射している。


 電気を消して、反射を消す。明日は天気が悪くなるかもしれないと言っていたが、窓の外にはまだ星がある。


 明日も学校なので。


 寝る。


◇◇


 いつも目覚ましより少し早く起きる。まだ晴れているが、雲は多めだ。葉っぱのない冬の柿の木を見ながら、


「いってきまーす」


 と、言う。枯れているので秋にも葉っぱはない。


 言わずもがな、朝練などないので、太陽光を見ながら登校する。


 電球が斬れてることを太陽光がごまかしてくれて、堂々と立つ商店街の看板。


 カラスが止まっている。


 ゴミ置き場を狙っているのか。


 あくびをしながら見ていたらフンをしてきた。


 かかりはしなかったが、僕が口を大きく開けたのを「威嚇された」と思ってフンを落としてきたんじゃないかという、そんなタイミングだった。


 校舎の屋上の端っこにもカラスが止まっていた。


 青空の下の綿あめのような雲が風で流れていて、空に近いカラスは同じ風を浴びているのだろう。気持ちよさそうだ。


 うらやましい。


 実際、人間としてあの位置に立ったら、震えて、風を感じるどころではないだろう。僕は生きたい。


 2年近く通っているが、校舎の屋上に出たことは一度もない。見たこともない。屋上に出るすりガラスのドアのドアノブを回そうとしたことはあるが、鍵がかかっていた。


 校舎の突端で風を浴びるカラスを見ながら校門を通る。この学校の生徒はみんな通る。毎日通る。この学校の生徒である限り毎日通った。僕と同じ。


 下駄箱から教室への道は、開放感がなく、ただ通り抜けるだけの場所と感じる。


 前の席替えで嬉しいことが起こった。窓際の席になったのだ。


 窓から離れた席の時は、暗い教室の向こうに、小さく青い空が、いつも光って見えた。


 窓際の席の隣だったときは、授業中などによく、窓際の生徒と目があったりして気まずかった。


 その心配が、今はない。


 1年の冬にも窓際の席になったことがある。晴天の日の太陽光は冬でも暑く、それでもカーテンを閉めずにいたら、顔の左側だけがうっすらと焼けてしまった。その反省と学習があって、今はカーテンを閉めている。


  カーテンレールにある、あの、カーテンをひっかけてスライドさせるあの小っちゃいの、名も知れぬあれが端に4つ余っていて、そのせいで隙間ができていてレーザー光線のように教室に光が入ってくる。4つ飛ばして一番端のやつにひっかければ、レーザー光線が入ってくることもないのにとずっと思っている。でも、ハシゴを持ってきて直すなんてとをする気はない。むしろ退屈な授業中、隙間から見える青色は僕の気持を救ってくれた。


◇◇


 ベランダに出ると、さすがに空が大きい。窓から見る空よりも、心が吸い取られていく感じがずっと大きい。ずっとここにいたくなる。


 寒さに身を縮めて教室に戻ると暖房が温かい。


 残してきた寒空に申しわけないほど。


 自分の席に座り、ぬくぬくと窓を見上げ、並んで飛ぶ鳥を見つめる。


◇◇


 自動販売機で温かいお茶を買う。靴を履いて少し歩いたところに、ほぼ人が来ることがないスペースがある。木の箱が2つ置いてあって、夏はひかげ、冬はひなたの方に座る。


 小さな物置小屋の横に、電気まで枯れるんじゃないかと思うほどの、古い木の電柱がある。


 かすれた雲が風に流されていて、見上げていると雲が動いているのか、電柱が倒れてくるのかわからなくなる。


 わからなくなって、ふわふわして、お弁当を食べる。


 昼休みはもっと長くていいと思う。 


◇◇


 おなかも満たされて、あたたかくて、午後の授業は逆につらい。夢で授業を受けているよう。一応、寝ないように努力はする。


 窓枠に切り取られた角切りの青空は、僕が最も見ている景色の一つだろう。


 ブルーベリーゼリーのように透きとおっていて、空にいたら食べ放題でうらやましいと思った。


 雲の中に飛行機が飛び込んで出てこない。


 目の錯覚か、またはUFOだろうか?


 どうせ見るならオバケがいいなあ。


 優しいオバケ。


 去年死んだ同級生の女の子は、優しい女の子だったので、オバケになっても優しいだろう。


 きっと、「うらめしや~」ではなく「やさしや~」で出てくる。


 UFOやオバケの話を同級生にするとバカにされて笑われたが、同級生も同級生で「ツチノコが飛んでいた」と言うので倍返しで笑った。後で調べたらツチノコは数mジャンプするらしいので、笑わずに聞いてもよかったなと思う。後悔している。


◇◇


 ヘリコプターが飛んでいる。


 子供の頃、僕は「ヘリコプターだ!」と叫ぶタイプの子供だったが、今は心の中で「ヘリコプターだ!」と思うだけ。

 

◇◇ 


 午後になって急に雲が増え始める。傘を持ってきていないのは、天気予報を信じていないわけではなく、ただ単純に忘れただけ。


◇◇ 


 学校が終わり昇降口を出ると、雲のせいもあって、すっかり夕方の雰囲気だ。


 雨は降っていないので、午後6時まで体を動かすために空き地へ向かう。傘は忘れたのに、なぜかスイッチ2はカバンの中にある。途中から使うことになるかもしれない。その時は、部室においてあるボロ傘を借りて帰ろう。


◇◇ 


 結局、雨は降らなかった。


 水は昨日よりも冷たい。


 温めるようにタオルで包み込み、手の水分を拭きとる。


◇◇ 


 帰宅する僕に、電線だけが付き添ってくれる。


 毎日の登下校で見慣れすぎていて、よく知った友達のような感じがする。


 黒い夜空の奥にどんよりとした雲が見える。それを超えた向こう側には、星が光っている。そんな想像が広がる。


◇◇ 


 僕は寒くてポケットから手袋を取り出す。


 優しい女の子から借りた手袋を今でも使っている。


 彼女の葬式にはクラスのみんなで行った。僕も行った。僕は彼女のお母さんに、借りたままの手袋を返そうと思い話しかけた。


「彼女は誰にでも優しい人で、寒そうな僕に手袋を貸してくれたんです」


と、誤解されないよう。彼女の名誉を守るためにそう付け加えた。


「サイズを間違えたのかしら…娘の手にはだいぶ大きいようね。…よかったら使ってあげてください」


 そう言われて今でも使っている。



 地面の方を見ると、働いて帰るのだろう。スーツの上にコートを羽織ったの人々が同じ歩幅で、地面を見ながら歩いている。それぞれ別々なのに均一で、まるでトイレットペーパーの断面のよう。



 雪が降る。



 僕は降り始めた雪の一番初めを見た人だと思う。


 吸い込むような黒い空の奥に白く。



「ねえ、きっと、明日になれば、地上はトイレに備蓄されたトイレットペーパーの断面のように、とても美しいよ。ゆき」



 降る雪をかき分けて、雲の上で星空を見たくなる。たまらなく。




「ああ、僕はひとより空を見上げているんだなあ」


        おわり




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