〜猫とバラバラ殺人~ACT4
まだ昼前だというのに、スクランブル交差点を横切る人間は、今日もいつも通り多い。私と健吾は、渋谷に来ていた。雪菜が友達、もとい、雪菜が知り合いと最後に会ったのが、ここ渋谷だったからである。
あの後、雪菜とは、少し被害者の話をしてわかれた。私達は、その足でここまで来たのである。
「気になるのは、佐伯さんと被害者が話した時に言っていた、バイトだな」
「あの、割のいいバイトと言っていたというヤツか」
そうつぶやいた健吾に私は答えた。あの後、雪菜の話では、バイトに誘われたのだという。話を要約するならば、怪しいバイトのようだ。
「とりあえず、渋谷に来てみたはいいけど、これからどうする」
「うん、あのド天然女と被害者が会っていた場所に行くか」
「いや、ド天然って。言い方!!否定はできないけどさ」
そう言って、健吾は苦笑いをしている。普通の探偵や警察ならば、現場などに来た場合、聞き込みなどをするのであろう。まあ、私もテレビという板で見た受け売りなので、本当のところはわからないが。
だが、私達は違った捜査法をとる。まあ、簡単に言えば、目に見えないものを辿っていくのだ。
「行けば、なんかわかるのか」
「さぁな、行ってみなければわからないな」
健吾の問に、私は短く答えた。
「アレが関わっているなら、可能性はあるか」
「だいぶん、時間がたっているからな、なんとも言えん」
納得するように健吾がつぶやくのを聞いて、私は答えた。
「まぁ、何か手がかりは見つかるだろう」
「得意の予知か」
「まあ、そんなところだ」
私は、毎回予知扱いする健吾を軽くあしらいながら、健吾の右肩に跳び乗った。相変わらず、私達は目立つ存在だ。本物の探偵には、向かないだろう。駅前とはいえ、目立たない場所に立っていても、渋谷という街中では、猫は目立つ。
近くを通る人間は、皆私達を横目で見ながら通り過ぎていくのだ。特に、猫と話している健吾は、変人に見えるだろう。猫を肩に乗せて歩いている、今の状態は、頭のオカシイ人間と思われても仕方がない。健吾いわく、もう慣れた、だそうだ。
今も、私を肩に乗せて歩いている健吾を、すれ違う人は皆、不思議そうに見ている。時には、あからさまに、二度見する人間もいる。まあ、当たり前と言えば、当たり前の行動である。
当然、いつもこんな時、私や健吾に話しかけてくる者はいない。まあ、逆に子供が集まってくる時はあるが。
「たぶん、この辺だよな」
「ああ」
そう言いながら、あたりを見渡している健吾の動きに合わせて、私は肩と触れている部分の位置をズラしながら答えた。
「どうやら間違いないようだな。それに私達は運がいいようだぞ」
「ん?どうゆう意味だ」
私の言葉に、健吾は疑問符がついている顔をする。
「私の得意な予知だ」
私は、いつも健吾がいう言葉に、皮肉を込めた言葉で答えた。
「ここにいれば、もうすぐ解る」
そう言いながら、私は地面に飛び降り、何がおきてもいいように、準備を整えた。実際のところ、私自身も何が起きるかは、解らない。皮肉を込めて予知とは言ったが、ただのカンなので、細かい事が予測できるわけではない。
ただ、アレが関わっている事件の、このような状況で、私のカンがハズレた事はない。健吾もそれを知っているからか、あたりを、見渡しながら、じっとその場を動かないのだ。
「なんなんですか、あなた達…」
私達がじっと立っていると、ほどなくして、少し離れたところから、女の声が聞こえた。男の声もちらほら聞こえてくる。
「これか?」
その声を聞いて、健吾は私を見ながら聞く。
「たぶんな」
私の答えるやいなや、健吾は私を置いて走りだしていた。もちろん、私もそのあとを追う。と言っても、本気で走れば、私の方が健吾より速いのはわかっているので、健吾の後について行く程度の速さであるが。
「大丈夫ですか」
殆ど息をきらさずに、現場まできた健吾が、少し声を張った声量で話しかけた。そこにいたのは、女一人と、その女に絡んでいる風の男が二人だった。
「なんか、タイミング良すぎて、恥ずかしいな」
健吾は、おそらく私に言ったであろう、独り言にも聞こえるセリフをはく。
「消えろ、クズ!!」
二人の男のうちの一人が健吾に向かって、吐き捨てるように言う。こういう事に慣れているのか、凄みのある雰囲気である。
「申し訳ないんですが、その人に用事があるんですが、いいですか」
男の言葉を無視しながら、健吾は男達に話しかけた。少し、ムッとしているが、とりあえず、下手にでた対応である。
「ブッ殺すぞ」
血の気が多そうな男は、健吾に両肩を大きく揺らしながら近づいてきた。
「死ねや」
そう言った男は、有無を言わさず、いきなり健吾に殴りかかってきた。最初に殴り、肉体的な損傷を与えて、心を挫くのが狙いだろう。
たしかに、このような男達の雰囲気と、いきなりの暴力を受ければ、殆どの場合、心が挫けて、逃げるだろう。
「おっと」
健吾は、予想していたのか、男の攻撃に余裕で対応する。男が殴ってきたのは、右拳でである。俗に言う、右ストレートの態勢だ。
健吾は、その拳を右手で払いながら、相手の右肘のあたりを軽く掌で横に抑えた。それにより、相手が態勢を崩したところに、肘を抑えていた右手をねじり込むようにして、そのまま相手の右脇腹に拳を打ち込む。
たぶん「寸勁」と呼ばれる技の一種だろう。正確には「寸捶」と呼ぶのだったか?確か、八極拳の「按掌寸捶」とかいう技である。
その拳を受けた男は、呆気なく崩れ落ちた。意識はあるようだが、立てる状況ではなく、声も出せないようだ。素人が見れば、一瞬の事であったろう。
「コイツ」
そう言った、もう一人の男は、間髪入れずに、健吾に殴りかかる。仲間がやられた直後に、動揺もせず、間を置かずに攻撃してくるところが、戦い慣れていると言える。
相手を倒した後の、一瞬の心の緩みを狙ったのであろう。まあ、本人は、そんな戦術を意識していないだろうが。頭悪そうだし。
健吾は、そんな不意をつく攻撃にも、すぐさま応戦する。最初の男の時と同じく、右手で相手の右拳を払う。さらに一歩踏み込みながら、その流れで、自分の右脇腹を相手の右脇腹に軽くぶつける。体当たりである。
八極拳の「貼山靠」だったかの変化だろう。確か、正確には「穿山靠」という技だったはずだ。
健吾は、その流れのまま、「穿山靠」で態勢が崩れた相手を、大外刈りの要領で、足を刈り取るように引っ掛け、背中から地面に叩きつけた。これも八極拳の「掛搨」とか言う技である。
まともに背中をアスファルトの地面で強打した男は、声も出せずに悶絶している。
「君等の事、ちょっと聞いてもいいかな」
軽く息を整えながら、健吾は男達に話しかけた。まあ、すぐに話せる状況ではなさそうであるが。健吾は、男達がすぐには動けないのを見て、襲われていた女を確認する。
「君は、昨日事件現場にいた記者さん」
健吾は、少し驚きなから私の方に視線を移してきた。
「予知だ」
私は短く答える。
「いや、速すぎないか!! 昨日の今日だぞ」
そう、ツッコミまじりに健吾は私に話しかけた。そのやりとりをを見ながら、女も私達の事を思い出したらしい。
「確か、昨日の事件現場のネコの人」
どうやら女にとっても私達は印象的だったらしい。まあ、夜中に事件現場近くで、肩に猫を乗せた男が歩いていたら、誰でも覚えているかもしれない。
「ネコの人って」
健吾は苦笑しながら呟いていた。
「あ、ごめんなさい。ネコを肩に乗せてたのが印象的だったから」
「まあ、そうなるか」
健吾は、一応納得したように答えた。
「やっぱり、事件の事を調べてるんですか?」
流れでフランクな口調になっていたのに気付き、健吾は改めて尋ねた。
「ええ、まあ」
そう答えた女は、少し疑いの目で私達を見る。少し落ち着いたのか、冷静に思考ができるようになったのだろう。私達が何者なのか値踏みしているようである。
「ああ、私は大貫健吾と言います。探偵のような事をしてます」
女の表情で察したのか、健吾は丁寧な口調で自己紹介をした。
「守秘義務があるので、詳しくは話せませんが、私も事件を調べています」
私は、本当の探偵のような口調で、守秘義務という専門用語を使う健吾に、少しあきれながら女の様子を伺っていた。まだ信用した訳ではない、という表情ではあるが、私達を敵ではないと感じているようであった。
「私は、立花凛子です。雑誌のライターをしています」
「ああ、やっぱりライターさんでしたか」
本当は、昨夜の尾行で素性がだいたいわかっているのにも関わらず、健吾は知らないふりをして答えた。
「あ、ちなみにコイツは、源之助です」
私を指さして、健吾が私を紹介した。猫に話しをふって、少し緊張感のある雰囲気を和ませようとしているのであろう。凛子は、紹介された私を見ながら、微妙な表情をしていた。この状況で猫を紹介されたのだから、そんな顔にもなるというものだ。ただ、少し緊張感は和らいだようである。
「彼等の事聞いていいですか」
凛子が少し落ち着いたのを見て、健吾はまだ苦しそうに倒れている男達について尋ねた。
「私も知らないんです」
少し顔に緊張感が戻りながら、凛子が答えた。
「このあたりで事件の取材をしていたら、いきなり声をかけられて」
そう言った凛子が、倒れている男達を見る。
「確かこの辺ですよね。二人目の被害者が最後に確認されてるのは」
男達を見ながら健吾は言う。
「じゃあ、彼等に聞いた方が早いですね」
そう言って、健吾はまだ動けないでいる男達に近づいていった。




