〜猫と神隠し〜ACT3
「次はここに現れるんですか?」
「ええ、そのはずですよ」
オレは、長い時間正座をしていて、少し痺れた脚を伸ばしながら目の前の女性に聞いた。オレの名前は、大貫健吾という。
普通の人と違い、特殊な力を持っている。そして、その力を使って探し物をしている。
「すいません、いつもお願いするばっかりで」
「それは構いませんよ」
オレがお礼を言うと、目の前の女性が優しく微笑みながら答えた。彼女は、宗像依代という。この神社の神職に就く女性だ。
年齢は六十歳には届かないくらいだったはずだ。物腰が柔らかく、礼儀正しい立ち居振る舞いからか、実際よりも若々しく感じられる。
「まだ探していらっしゃるのですか?」
「はい、どうしても見つけ出したいまでではないんですが、今はこれくらいしか出来る事がないので」
宗像さんの質問に、オレは少し曖昧に答えた。実際のところアレを探し出したい気持ちはあった。
しかし、どんな事をしても見つけ出す、という程の情熱があるわけでもない。自分でも自分の気持ちがよくわかっていないのだ。
「前にも言いましたが、私の占いでは、アレが出現する大雑把な場所しかわかりません」
「大丈夫ですよ、近くまで行ったら足で探しますので」
宗像さんの何度目かの説明に、オレは少し痺れている足を叩きながら答えた。
「でも、あなたの目当てのアレとは限りませんよ」
「ええ、まあその場合は、ついでに何とかしてきます」
オレは何時ものように答える。
「無理はしないようにして下さいね」
「大丈夫です!ヤバい時は逃げますから」
心配そうにしている宗像さんを安心させるように、そう言ってオレは立ち上がった。そのまま、神社の境内に向かう。
今、オレ達は、この神社の本殿の中にいた。俗に言う卜占などと言われる儀式をしていたのだ。まあ、わかりやすく言えば占いの儀式だ。
「そう言えば、今回の占いでは変わった結果も出ていました」
「変わった結果ですか?」
オレが境内に降り立ち、神社を出るために鳥居を抜けようとした時、後ろに見送りに来てくれていた宗像さんが言った。
「繋ぐ者です」
「繋ぐ者?それってどういう意味なんですか?」
「すいません、私にもよくわからなくって」
「繋ぐ者」
オレは小さく呟いていた。そうして、その言葉を復唱するように何度か繰り返していた。
「まあ、その場所に行ってみればわかるかもしれないですね」
「ええ、何度も言いますが、決して無理はしないように」
鳥居の内側で、オレを見送ってくれている宗像さんが優しく言ってくれていた。
「はい、ありがとうございます!行ってきます!」
オレは、心配してくれている宗像さんに感謝をしながらそう言って、神社をあとにした。
オレがこの神社に来たのは一年程前の事だ。師匠の紹介でここに来た。オレには二人の師匠がいる。
武術を学んだ師匠と、仙術を学んだ師匠だ。この神社と宗像さんを紹介してくれたのは、仙術の師匠だった。
あの日、オレは事故にあった。重傷のオレを助けてくれたのが仙術の師匠だった。そして、その事故を引き起こしたアレと戦う術を教えてくれたのも、仙術の師匠であった。
あの時のオレは、仙術を学びアレと対する力を欲していた。今となっては、あの時のような情熱は薄らいでいる。あれから幾度となくアレと対峙してきた。
「アレは悲しい存在だ」
オレは、そう一人で呟いていた。アレがアレになるには理由がある。
その理由は、ほとんどの場合、悲しい理由であった。少なくとも、今までオレが出会ったアレには、そうならざるを得ない理由があった。
「だからだろうな!ただ憎む事ができなくなったのは」
オレの憎しみと怒りが薄らいできたのは、それが原因なのかもしれない。
もっとも、あの事故を引き起こしたヤツに会ったなら、オレがどうなるかはわからない。ただ、今は心が静かになり始めたのを感じている。
「とりあえず、宗像さんの占いの場所に行ってみるしかないよな」
オレは、また独り言を言いながら、近くの駅に向かって歩いていた。宗像さんの占いは当たる。
宗像さんの一族は、元々アレを退治していたのだという。そのため彼女にも、特別な能力がある。彼女がもっとも得意とするのが探索なんだそうだ。
つまり、アレが出現するところを見つけ出す事だ。まあ、今では占いという砕けた言葉で呼んでいるが、本来はもっと崇高な儀式らしい。
「ありがたいよな!宗像さんがいなかったら闇雲に探す事になるしな」
また、独り言を言いながらオレは歩き続ける。
そう言えば、最近独り言が増えたように感じる。事故以来、普通に人と接する事が少なくなったからかもしれない。いや、アレと対するようになった事が一番の理由だろう。
「そうだ!悪霊と対するようになってからだな」
また、独り言だ。そう、悪霊と対するようになって、オレの色々な部分が変わったように思う。
そんな事を考えながら、オレは歩みを進めた。悪霊が現れるという占いの場所へ。そして、この時のオレは、まだ知らなかった。
これから大きく運命が変わりだす事を。そう、ここから語るのは、オレがアイツと出会った時の話だ。
まだ、オレ一人で悪霊と対峙していた時の話だ。そして、アイツがオレの相棒になるまでの話だ。




