〜猫とバラバラ殺人~ACT3
「眠そうだな」
「ああ」
わたしの問いに健吾は短く答えた。昨日の3件目の事件現場から帰ったのは、夜2時をまわっていたのだ。健吾は、少し仮眠をとり、早朝から働いている。
「さすがに、あの時間に帰って、朝6時からのシフトはキツイ」
そう言いながら、健吾は仕事先であるコンビニの駐車場にいる。駐車場の端に隣接するフェンスにもたれかかっているのは、普通に立っているより楽だかららしい。
赤い朝用と書かれた缶コーヒーを一口飲みながら、軽く溜め息を吐いている。朝9時を過ぎ、通勤のために足速に歩くサラリーマンらしきスーツ姿の人間を、ぼーと眺めている姿からは、生気を感じられない。
「大貫さん」
そう呼びかけられて、健吾は、ゆっくり声の方向に目を向けた。
「ああ、おはよう」
健吾が答えた先に、足速に駆け寄ってくる若い女がいた。今回の事件を相談してきた、佐伯雪菜である。
「昨日、また殺されたんですよね」
雪菜は、駆け寄って来るなり、少し言葉足らずな質問をする。
「まあ、そうなんだけど、ストレートな表現だね」
「あ、すいません。ネットニュースを見て、ビックリしちゃって」
そう答えた雪菜の呼吸は、まだ整いきれていない。
「まあ、そうだよね」
健吾は、少し地方のなまりが残る口調で、最近自然に話せるようになった標準語で答えた。
「ネコ?」
どうやら、健吾の横に座る私に、やっと気づいたらしい。少し間抜けな声を上げながら、私を見つめてきていた。
「大貫さんのネコですか?」
そう言った女を見て、私は、仕事先の駐車場に飼猫を連れて来ないだろうと思う。
「ああ、うん、そんな感じ」
「カワイイ!おいで〜」
そう言って、私の前にしゃがんだ女を見上げながら、こんな時に何をやってるんだ!と思う。
「天然ってやつか」
そう、つぶやいた私に、健吾は苦笑いを浮かべている。もっとも、私のつぶやきは、雪菜には鳴き声にしか聞こえてないだろうが。
「ニャ〜」と、私は、少し甘えた声を出しながら、雪菜の近くにすり寄り、体をすり付けるようにする。こうすれば、人間の女が喜ぶのを知っているからだ。たまに、食べ物をくれる事もある。
「カワイイ!」
雪菜が、私を抱き上げながら、また黄色い声をあげた。
「名前、なんて言うんですか?」
「あ、ああ、源之助」
健吾は、苦笑いのまま答えていた。
「源之助か〜」
そう言いながら、雪菜は私の顔を見つめて、抱きかかえた私の態勢を整える。私が、雪菜の腕の中でくつろぎ始めたのを見て、健吾の苦笑いは、更に険しくなっていた。
「ところで、事件の話なんだけど」
健吾は、脱線していた話を、無理やり元にもどそうとした。苦笑いに歪んた顔は、まだ回復しきれていない。
「あ、すいません」
「2軒目の被害者と知り合いだって言ってたよね」
健吾は、警察の真似をしているのか、被害者という言葉を使っていた。私は、それを聞きながら、テレビの見過ぎだとツッコミたくなった。
「はい、でも、知り合いと言っても、大学で顔を合わせる程度なんです」
「最後に会ったのが、佐伯さんなんだよね」
「ええ、渋谷で買い物してる時に偶然会って、ちょっと話したぐらいなんですけど」
そう答えた雪菜は、少し不安そうな顔をする。
「そうだったの」
健吾の言葉に、次は申し訳無さそうな表情を、雪菜はみせた。どうやら、健吾も、二人の関係を初めて知ったようだった。
「あ、でも、ウチの両親に大貫さんの事話したら、依頼料を払うので、調査を続けてほしいとの事です」
「よし、調査を続けるぞ!その依頼料でチュルルを買え」
私は、雪菜の話を聞くや、健吾に向かって叫んだ。このチュルルというのは、私達猫のオヤツだ。柔らかく食べやすいだけでなく、素材の味がいかされている。
私は、マグロ味が気に入っている。ほのかに香るホタテの風味が、またイイ。人間の作った物の中には、私には必要性を感じない物が多いが、チュルルだけは評価できる。
「いや、こないだ食っただろ」
すかさず、健吾が答える。
「腹いっぱい食べたいのだ」
「いや、あれはオヤツだから、いつも食ってるカリカリを食えよ」
「あんな安物より、チュルルの方が旨い」
「知らねーわ」
そう言い合っている私達を見ながら、雪菜は目をまわるくして驚いていた。それに気づいた健吾は、シドロモドロしながら、雪菜に話しかける。
「えっと、いや、源之助がチュルルが食べたいって、言ってるような気がして」
無理がある言い訳である。
「もしかして、源之助の言う事解るんですか」
極度の天然である。雪菜には、私の声は普通の猫の鳴き声にしか聞こえなかったはずだ。
「いや、まあ、なんとなく」
健吾は、あやふやに答えながら、誤魔化そうとしていた。私は、雪菜に抱きかかえられた腕の中で、軽く欠伸をした。
「えーと、親御さんも、心配してるんだね」
健吾は、無理やりに、話をそらすように、話を戻した。
「たぶん、佐伯さんに危害が及ぶことはないと思うけど、調査を続けてみるよ」
健吾が、無理やりに話を戻した事に気づいているのか、いないのかわからないが、
「お願いします」
と雪菜は答えた。やはり、極度の天然である。