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〜猫とお化けトンネル~ACT6

撤収準備を終え、撮影スタッフは、2台の車に別れて乗り込んだ。行きの時と同じく、役場のトンネル担当者である浅井陽一が先導する。


「帰りは一本道なので迷う事はないと思いますが、先導しますね」

浅井は、そう言いながら、役場の車に乗り込み先導している。私は、来る時と違い、アイドル達の車で、女達の膝の上でくつろいでいる。


健吾の話しでは、このようなロケの場合、ロケバスという大きな車一台で移動する事が多いそうだが、今回は細い山道を通るという事で、大きめのワゴン車二台に別れて移動している。


私が乗っている車は、アイドルという女達と霊能者を名乗る女、アイドルのマネージャーが乗っている。こっちのワゴン車は比較的広く、アイドル達の控え室として、着替えや休憩のためにも使われていた。


今私達は、このワゴン車の前方に集まって座り、声を押し殺して話している。それはこのワゴン車の後ろで、体調を崩した伊藤咲が、毛布にくるまって寝ているからである。細い山道を下るワゴン車は、時々揺れながら走っていた。


「やっぱり、キツネの霊が原因なんですか?」

霊能者を名乗る女に尋ねたのは、秋越彩乃である。


「そうね、咲ちゃんもキツネの影響で体調を崩したのね」

霊能者の女は、馴れ馴れしく咲ちゃんと呼びながら、的外れな事を言っている。私は、高梨あさ美の膝の上で丸まりながらくつろいでいた。


ただ、この時私は、何か違和感を感じていた。このような感覚は、私も初めてであった。何か目に見えないモヤのようなものに包まれているような感覚。


深い霧の中で、向かう方向も解らず、目に見えないものに導かれているような感覚であった。ふと、何気なく顔を上げて、周りを見回した時、高梨あさ美と目があった。


別に意図したわけではない。ただ、その時に違和感の正体が解ったような気がした。これは、わたしが猫だからなのかもしれない。俗にいう野生のカンのようなものだろうか。この瞬間私は、高梨あさ美の膝から飛び降り、ワゴン車の後方に走っていった。


「ちょっと、どうしたの源之助」

私は、後ろから聞こえる女達の声を無視して走っていた。もちろん、伊藤咲に向かってである。


私が伊藤咲の上に飛び乗った時、彼女にかぶさっているはずの毛布が床に落ちた。毛布が落ちた時、彼女の姿はなく毛布の下には、荷物や防寒着の類いがあるだけであった。




「それって、どういう事?」

秋山佳奈美がスマホの向こうで声を上げているのが聞こえる。この時、佳奈美はアイドル達とは違い、もう一台のスタッフと機材を乗せたワゴン車に乗っていた。アイドル達のマネージャーがあわてて彼女に電話したのである。


「咲ちゃんが車に乗ってないんです」

そう言っているマネージャーは、明らかに混乱した状態であった。この後、車を先導している浅井陽一とも連絡をとり、一度車を止めて皆が集まる事となった。


山道の一部に広いスペースがあるところを見つけ、皆が集まって話しはじめていた。おそらく、大型車などがすれ違う時などに活用されるスペースであろう。私は、スタッフ達が集まって話している横で、心配そうに話しを聞いている高梨あさ美に抱かれていた。


「明らかにおかしいよな」

健吾が、高梨あさ美の横に近づいてきながら、私に話しかけた。


「え?えーと、何がですか」

いきなり話しかけられたあさ美は、びっくりしながら健吾の方を見る。


「あ、ごめん。オレ探偵のような仕事もしてて、考えをまとめる時は源之助に話しかけるんです」

健吾は、言い訳めいた事を言いながら、しどろもどろしていた。


「そうなんですか。あの、おかしいって、どういう事ですか?」

あさ美は、健吾の最初の言葉が気になったようで、質問をする。


「いや、これだけの人がいて、誰も気付かないなんて有り得るかなって」

「たぶん、アレの仕業だろうな」

健吾の言葉に、あさ美が反応する前に私が答えていた。と言っても、あさ美には私の声は猫の鳴き声にしか聞こえていないだろうが。


「源之助?」

健吾の問いに、すぐに答えた私にびっくりしたのか、あさ美が私の顔を覗き込みながら、私の名前を呼んでいた。


「なんか、ホントにお話しているみたいですね」

あさ美が健吾にそう言いながら、微笑みかけている。


「途中から、何か違和感のようなものを感じていた」

二人が話すのに割り込むようにして、私は続ける。


「アレが、ここにいる人間の意識を操作していたのだろう」

私が話し続けた言葉は、普通の人間には猫の声にしか聞こえない。私がニャーニャー鳴いているのを、あさ美は不思議そうに見ている。


「それ程難しい事ではないぞ!あの女が寝ているように見えている毛布に、なんとなく近づかないように誘導するだけだからな」

「なるほどな、その毛布に誰も近づかないように、誘導した人間がいるって事か」

私の話しを聞いて、健吾が納得したように答えた。


「本当に源之助の言ってる事がわかってるみたい」

あさ美は、私と健吾とのやり取りを聞きながら、目を丸くしている。


「いや、いつもこんな感じなんですよ」

健吾は、ごまかすようにへらへら笑っていた。


「あの、という事はこの中に咲ちゃんを拐った犯人がいるって事ですよね」

あさ美は、真剣な顔になって健吾に尋ねていた。


「ええ、たぶん」

「咲ちゃんは大丈夫なんですか?」

あさ美は、そう答えた健吾に勢いよく聞き返す。拐われた女の事が心配なのだろう。


「今のところは無事だと思います」

「拐ったのが誰か気付いているのだろう?」

健吾の言葉に合わせて私が尋ねた。もちろん、この言葉も猫の鳴き声にしか聞こえない。


「ああ、なんとなくな」

そう答えた健吾の顔を、あさ美は見つめていた。おそらく、この女は私達について何か感じているのであろう。


だからこそ、私はこの女と行動を共にしていたのである。この女は、私達と同じく、このトンネルに呼ばれた一人なのだから。




「私達は、一度トンネルに戻って、咲ちゃんを探すので、みんなは先に戻って下さい」

秋山佳奈美がアイドルの女や一部のスタッフに言う。ふた手に別れて行動するつもりなのだろう。


「じゃあ、トンネルにはオレも行きます。機材の片付けは慣れてないですが、人探しならお手伝いできると思うので」

健吾はすかさず、女の捜索に願いでた。


「わかりました。大貫さんも咲ちゃんの捜索をお願いします」

佳奈美は、健吾を含む数人のスタッフをトンネルに向かうメンバーに選んだ。


「私も行きます」

そう言ったのは、高梨あさ美であった。


「あさ美ちゃん?」

佳奈美は、少しびっくりした表情であさ美を見た。どうやら、普段の高梨あさ美という人物は、このように強く主張するタイプではないらしい。


「咲ちゃんは、私達が必ず見つけ出すから、心配せずに戻って」

「いいえ、このロケの発端になったのは私ですから、私も行って探します」

あさ美は、抱きかかえている私を更に強く抱きしめながら、強い口調で佳奈美に答える。


佳奈美とあさ美は、このようなやり取りをしていたが、先に折れたのは佳奈美であった。あさ美からは、それだけの強い意志を感じたのだろう。


あさ美が、行方不明の女の捜索を強く願い出たのは、責任もあったのだろう。後輩を心配して、どうしても探し出したかったのもあるだろう。だが、一番の理由は、このトンネルに呼ばれた事をどこかで感じていたからであろう。


「じゃあ、後の事はお願いします」

佳奈美は、機材を乗せているワゴン車をそう言いながら見送った。アイドル達や霊能者の女を、機材用のワゴン車に乗り換えさせたのは、機材を積み替えるより早いからである。


アイドル達には、狭い車内になるが、緊急事態のため仕方ないという判断である。私とあさ美、健吾と佳奈美を含めた数人のスタッフ達は、行方不明になった女を探すため、アイドル達の控室にも使っていたワゴン車に乗り込んだ。


「じゃあ、行きと同じように先導しますので、着いてきて下さい」

役場のトンネル担当である浅井陽一が、そう言いながら車に乗り込んだ。




私達がトンネルに着くには、15分程の時間を必要とした。トンネルに戻った私達は、手分けして行方不明の女を探した。私を抱き続けているあさ美は、佳奈美と共に行動している。


健吾や他のスタッフ達は、手分けして探していた。トンネル担当の浅井陽一も、この捜索に参加している。役場の人間として、行方不明者が出るのは不味いからかもしれない。トンネルは、最初に見たのと同じように大きな崖をくり貫いたように口を開けていた。


トンネルの入口の左右は、高い崖となっていて他には何も見当たらない。元々トンネルの周りには、殆どなにもないのだから探す場所は限定される。トンネルの中とトンネルを抜けた場所、そして入口付近だけである。


もちろん、このトンネル付近には隠れる場所などは見当たらない。最近、雑草を刈り取ったのか、見晴らしも良い状態である。このようなトンネルの付近を、私達は1時間程探し回った。


その間も、私はあさ美に抱かれながら不思議に思っていた。健吾やスタッフ達は必死に行方不明の女を探しているようだが、こんな所を探しまわっても見つかる訳がない。なぜ、コイツ達はこのような所を必死に探しているのだろうと。


「おい!なぜ、こんな所を探しまわっている?」

私は、トンネルの向こう側から戻って来たばかりの健吾に話しかけていた。


「いや、伊藤さんがいなくなった場所を探すのは、当たり前だろ」

私を抱いたままのあさ美は、私と健吾が話すのに慣れはじめたのか、普通に猫と話す健吾へのツッコミはスルーしている。そんなあさ美が尋ねた。


「どうしたんですか?」

「いや、ここを探しても意味ないような事を…」

そう言いかけた健吾は、何かに気付いたのだろう。周りをキョロキョロと見渡しはじめた。


「まさか、そうなのか?そういう事なのか?」

自問自答するようにつぶやく健吾を、不思議そうに見つめるあさ美も、何かに気付いたようであった。




「とりあえず、一度戻ろうと思います」

秋山佳奈美は、このトンネルに来ているスタッフや関係者と相談しながら、そう皆に提案していた。先に引き上げたスタッフ達が警察などに通報、相談しているはずであるが、私達も合流するつもりであろう。


「一旦、先に戻ったスタッフ達と合流して、警察と相談するつもりです」

おそらく佳奈美は、警察を引き連れて戻ってくるつもりなのだろう。


先程から先に戻ったスタッフと連絡をとりあっていた。もっとも、このトンネル付近は、電波が届きにくく、簡単に連絡を取り合える状態ではないらしい。


「わかりました。私はここに残って、もう少し彼女を探してみようと思います」

「申し訳ないですが、よろしくお願いします」

浅井陽一の提案に佳奈美が答えていた。浅井の立場では、トンネルでこれ以上の事件がおこる事は困るのだろう。


それでなくとも、このトンネルは、お化けトンネルという噂だけでなく、複数の事件が起こっている。立場上は、大きな事件になる前に伊藤咲を見つけ出して、事件を収束させる必要があると言える。浅井がこのトンネルに残って探す理由は、このような役場側の思惑によるところが強い。


「何かありましたら、ご連絡いたしますので」

そう言う浅井を残し、私達は車に乗り込んだ。


「すぐに警察を呼んで戻って来ますので、それまでお願いします」

佳奈美はそう言って、浅井一人を残して私達と共に車に乗り込んだ。私達が乗る車のスタッフは、離れていくトンネルを感じながら不安にかられているようであった。


しかし、私と健吾だけは違った思いを抱えている。高梨あさ美は、そんな私達に何かを感じているのであろう、私を抱える腕に力を込めて、緊張した表情を浮かべていた。




私達がトンネルを離れてから、少し時間がたっていた。その人物は、伊藤咲のもとに向かっていた。伊藤咲の行方が解らなくなってから、数時間が過ぎていると言える。その間、その人物は、他のスタッフと共に彼女を探しまわっていた。


そして今、彼女がいる場所にその人物は向かっている。思えば、今回は偶然が重なったと言える。その人物も、はじめから意図していた訳ではないのであろう。だが、結果的には伊藤咲は行方不明となり、今も見付かってはいない。


その人物は、いち速く彼女の元へ向かっている。彼女が今は無事な事を知っているからである。その時、その人物は、目が眩むほどの光に照らされた。その光が車のヘッドライトである事に気付くまでには、少し時間を必要としたようである。


私達は、その人物が伊藤咲の元に向かう事が解っていた。その人物が車のライトを向けられ、硬直している間に、ヘッドライトを向けるワゴン車から、私達は下り立ちその人物に視線を向けていた。


「そこに咲ちゃんがいるのね!!」

ワゴン車を降りて、開口一番にそう言い放ったのは秋山佳奈美である。その人物が向かおうとしている先には、トンネルの整備のための用具を保管するための小さな小屋がある。


人一人がかろうじて入れる程の小屋である。小屋というより、用具入れと言った方が良いであろう大きさである。しかし、伊藤咲にも言える事ではあるが、小柄な女性を隠すには十分な大きさだと言える。


「あの中に咲ちゃんが?」

小屋に視線を移しながら、私を抱きかかえたままの高梨あさ美が声に出す。健吾や他のスタッフ達が、ジリジリと近づこうとする中、その人物は冷静さを取り戻したように姿勢を正して、私達に向き直った。


「咲ちゃんは返してもらうわ!浅井さん」

秋山佳奈美の言葉に、浅井陽一は不敵に笑っていた。






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