〜猫とお化けトンネル~ACT4
浅井と名乗る役場のトンネル担当の男の先導で、私達が乗る車とアイドルとかいう女達の乗る車は、このお化けトンネルの前まで来ている。
道中、山道と言えるような細い道が続き、入組んだ場所も多く、この道に明るい人間の先導がなけらば迷っていたかもしれない。
迷わずスムーズにこのトンネルまで来れたのは、浅井と名乗るトンネル担当の男のおかげだと言えるだろう。
実際、このトンネル周辺では、道に迷う人間が一定数いるようである。ほとんどの車でカーナビが搭載されている現在でも、それは変わらない。また、それも心霊現象として、巷で騒がれる要因となっている。
「それでは、機材チェックと撮影準備をお願いします」
トンネルに到着した私達に、佳奈美は指示を出す。アイドルとかいう女達は、まだもう一台のワゴン車の中で、撮影の準備をしているようであった。
マネージャーとかいう女が佳奈美と話しをしている。これからのスケジュールの確認をしているのだろう。私は、ワゴン車から降りた健吾が背負うリュックの中で、あたりを探る。
リュックの隙間からあたりを見回し、心霊スポットとなっているお化けトンネルを確認していた。このトンネルは、大正時代の初期に建設されたという。
すでに建設されてから、百年近くがたっているようである。大きさもトラックなどの大型車が通行することを想定していない。
乗用車が一台通るのがやっとといったところだ。もちろん、トンネルの中で、車がすれ違う事は不可能な大きさだと言える。
山の切り立った崖のような地形を掘り抜いたようで、トンネルの左右は、切り立った壁のようになっている。
トンネル右側少し離れたところには、点検のための道具を入れるためらしい、小さな小屋が目立たずに建っている。それ以外トンネルの周りには、これといった目立ったものはなかった。
「ん?どういう事だ?」
私は、思わず声を上げていた。もちろん、普通の人間には猫の鳴き声にしか聞こえない声だが。
「どうした?何か気になる事でもあるのか?」
健吾が私の声に気づいて声をかけてきた。撮影のための作業をしながら、周りの人間に気づかれないように声をひそめる。
「ここは、心霊スポットとかいう場所なのだろ?何も感じなさ過ぎる」
「言われてみれば、確かにな」
心霊スポットと言われる場所は、霊的な現象がなかったとしても、人の念が集まっている事が多い。少なからず、何かの力や雰囲気があるものである。しかし、見たところ、このトンネルからはなんの力も感じない。
「確かに、ここまで何も感じないのは珍しい事だけど、それはそれで悪くないんじゃないのか?」
健吾がのんきに答えた。
「ここまで力を感じないのには、作為的なものを感じる」
私の答えに、健吾の動作に緊張感が宿りはじめた。武術に精通している健吾は、意識の変化が身体に現されやすい。戦闘態勢に入ったという訳ではないが、警戒が一段上がったと言える。
「たしかにな。立花さんが言ってた通り、このトンネルには何かあるのかもしれないしな」
そう言った健吾は、撮影準備を続けながら辺りを見回していた。
「とりあえず、様子見だな」
そう言った私に健吾も同意する。私達がそのような話しをしている間に、撮影準備はすすんでいた。それに合わせてアイドルとかいう女達の準備も終わったらしい。
「女性アイドルなら、メイクとかに時間がかかるんじゃないか」
健吾が撮影準備をしながら、そんな事を言っていたが、どうやらメイクとかいう顔の調整が終わったようだ。
「ngz1351の皆様、入られます」
佳奈美が、他のスタッフにも聞こえるように、大きな声をだした。
「ngz1351の高梨あさ美です」
「伊藤咲です」
「伊本アリサです」
「秋越彩乃です」
ワゴン車から降りてきたアイドルとかいう女達は、少し芝居がかった口調で、私達やスタッフに自己紹介をしていた。
「おい、あの女がカギかもしれないぞ」
アイドルの自己紹介をカバンの隙間から見ながら、私は健吾につぶやく。
「ん?得意の予知か?どの娘だ?」
健吾はいつも、このような時に予知能力だと言うが、私としてはなんとなく、そう感じただけでしかない。どちらかというとカンのようなものだ。ただ、このような時の私のカンは良くあたる。そのため、健吾は予知能力と呼ぶ。
「ちょうどいい。私が直接あの女についていよう」
私は、そう言いながら健吾の背負うカバンから抜けだした。
「おい、ちょっと待て!撮影現場におまえを連れてきたのが、ばれるだろう」
「大丈夫だ!ほとんどの若い女は、猫に寛容だ」
私は、そう言いながらアイドルという女達の一人の足下に走って行った。
「キャッ!!猫?なんで、こんなところに?」
びっくりしながら、そう呟いたのは、高梨あさ美と名乗ったアイドルの一人である。
「おい!!待て!!源之助!!」
健吾が、遠く後ろでそう叫んでいるのが聞こえている。アイドルとかいう女達の一人である、高梨あさ美は、足下に来た私を見て、少し怯えた顔を見せていた。
確かに、よく考えたら、心霊スポットでいきなり猫が現れれば、恐怖を感じてもおかしくない。高梨あさ美の足下まで来て、私ははじめてその事に気付いた。あさ美以外の女達も、顔がひきつっているのがわかる。
「どこから来たの、この猫」
スタッフ達に指示を出す立場の佳奈美は、アイドル達の声を聞いて、急いで駆け寄ってきていた。私は、女達の足下で体を擦り付けるのを止め、高梨あさ美の前で座って、健吾がこちらに来るのを待った。
「すいません!その猫、俺の猫です」
息をきらしながら走ってきた健吾は、佳奈美に言い訳をし始めた。
「すいません、知らないうちに仕事用のカバンの中に入っていたらしくて…」
猫である私が、知らないうちにカバンの中に入っていて、飛び出していったというような内容の言い訳である。
まあ、即興で出てきた言い訳としては悪くないが、私に全ての責任を押し付けてるいるところが、気に入らない。アイドルとかいう女達は、健吾の話しを聞いて笑っている。やはり、若い女達は猫に寛容である。
「おいで」
そう言って、私の顔の前に手の甲を差し出してきたのは、高梨あさ美である。私は、その手の匂いを嗅いだ後、腰を下ろした高梨あさ美の足下に体を擦り付けるようにした。高梨あさ美は、少し私を撫でた後私を抱き上げた。周りの女達も代わるがわる私を撫ではじめる。
「本当にすいません。撮影の邪魔にならないように、車の中に閉じ込めておきますので」
健吾は、私を抱いている高梨あさ美を見ながら、佳奈美に言う。
「そんなの、かわいそうですよ~」
そう言ったのは、アイドルの一人である伊本アリサという女であった。アイドルとかいう女達は、口々にそう言いながら、代る代る私を撫でたり抱き上げたりしていた。
「この子、なんて名前なんですか?」
アイドルの女達の一人が健吾に尋ねた。
「源之助っていいます」
「源之助かぁ~」
健吾の答えに、更に盛り上がるアイドル達のおかげで、うやむやの内に私は、アイドル達と一緒にいる事になった。
彼女達も何かを感じとっているのかもしれない。そして、気を紛らすために、猫である私を必要としているのかもしれない。




