〜猫とお化けトンネル~プロローグ
その日の収録は、いつもと違っていた。何がいつもと違うのか説明できないが、明らかにいつもの雰囲気ではなかった。そして、ただ漠然と不安感があった。
高梨あさ美が、この日参加していたのは、何度となく出演したアイドル番組であった。あさ美自身が所属しているアイドルグループの冠番組である。
週一回、夜中に放送されている番組は、毎回企画が違っていた。お笑い芸人がMCを務め、彼らを中心にトークやゲームなどの企画をする。
あさ美が所属するアイドルグループのファンが中心に視聴する番組である。最近ではネットでの見逃し配信用のチャンネルも開設され、彼女達の人気が伺い知れる。
「リンゴマンのお二人、入られま〜す」
スタッフの声の後、スタジオには、いつもと同じようにMCのお笑い芸人が入ってきた。
あさ美は、MCの二人の正面に座っている。もちろん、あさ美だけが座っているのではなく、あさ美が所属するアイドルグループのメンバーが、三列に並んで座っている。
俗に言うひな壇という座り方だ。あさ美が所属するアイドルグループは、数十人のメンバーを有する大所帯であった。この番組収録にも、全員のメンバーが出演している訳ではない。
あさ美は、メンバーの中でも人気のある方であった。上位の人気メンバーのように、ドラマやモデル、他の番組の出演などの仕事で引っ張りだこという訳ではないが、それなりには出演もしている。
また、グループの楽曲でも選抜メンバーに選ばれることが多かった。ただ、センターに抜擢されたことは一度もない。
この冠番組のひな壇でも、二列目に座っている。時々、番組内で爪痕を残せるくらいのポジションであった。
今回の収録では、前もって収録した映像を見ながらトークを進める内容であったが、収録が進んでも一度も発言できないでいた。それは、今回の収録が、いつもの雰囲気と違っていたから、というだけではない。
あさ美は、発言できないでいる自分に苛立ちながら、映像を見てリアクションをとっている。今見ている映像は、後輩達がお化け屋敷に入る映像であった。
後輩達が、お化け屋敷で悲鳴をあげ、リアクションをとり、泣いている様子を皆で見ている。この映像を見た後、メンバーとMCで面白トークをするのであるが、あさ美はそこに上手く入れる自信がなかった。
あさ美の状態とは裏腹に、トークは進んでいった。そして、最後のMCの言葉に、あさ美は息を飲んだ。
「今度は本物の心霊スポットに行こうよ」
MCの進行役が軽く提案した。
「そうだ、高梨の実家の近くにお化けトンネルがあるって言ってたよな」
あさ美は、いきなり話しをフラれて思い出す。
前に番組内で収録した心霊企画で、実家の近くに、お化けトンネルと呼ばれている心霊スポットがあると話したことを。あさ美は、しどろもどろしながら、前に話したお化けトンネルについて話した。
「そことかイイじゃん!! 」
進行役のMC芸人は、悪戯っぽく笑いながら提案した。
「今度は本物の心霊スポットでロケしようよ」
笑いながら提案するMCに対して、他のメンバー達は、色々なリアクションをとりながら笑いをとっていた。
あさ美は、この時苦笑いをすることしかできないでいた。そして、今日の収録が、いつもと違うように感じていたのは、これだったのだと気付く。
私達は、あのお化けトンネルに呼ばれているのだ。そして、このMCの言葉は現実となる。あさ美の実家の近くにある、お化けトンネルのロケがすぐに決まったのだ。
もしかしたら、何か見えない力が働いたのかもしれない。あさ美は、その時そんな風に感じていた。




