〜猫とバラバラ殺人~プロローグ
目の前には、よく見る光景が広がっている。何度となく見た光景だ。
「源之助!彼女を頼む!」
そう叫んだ男は、私に背中を向けて立っている。腰をやや落とし、やや左半身を前に押し出した状態だ。
背中側にいる私には、直接見る事はできないが、胸の前で両手の指を、絡めて組んでいるのだろう。
たしか、人間の言葉で、印を結ぶ、とかいうはずだ。私の横では、腰を抜かしたのか、地面にお尻をついて、この光景を見つめている女がいる。
口が半開きになった顔が、滑稽だ。彼女の視線の先には、印を結んでいるであろう男が立っている。
しかし、彼女の見ているのは、そのさらに先に立つモノだろう。男の前には、炎をまとった人型の存在が立っている。いや、正確には、少し地面から浮いた状態で、漂っている。
その姿は、やや痩せ型の男が、黒いコートを着ているようにも見える。左腕には、縄のように長い炎が巻きつき、右の手首には、炎の塊がまとわりつく。確か男は、その人型をフドウと呼んでいたはずだ。
フドウは、更に奥で揺らめく存在を見つめている。
「まったく!やっと、この面倒くさい事件も終わろうとしている」
私は、独り言のようにつぶやいた。もっとも、私のつぶやきは、誰にも聞かれてはいない。隣りにいる女も、気付いてはいない。たぶん女には、鳴き声にしか聞こえていないだろう。
私は、この、目の前の光景を見ながら、これから起こるであろう光景を、シミュレーションしていた。この程度なら、すぐに終わる。そんな確信が確かにあった。それは、何度となく、このような状況を見てきたからだろう。
その時、激しい音が鳴り響いた。この音も、誰にも聞こえていない。周りを見回せば、普通の何気ない光景が流れている。道を挟んで向かい側にあるマンションでは、いつもと変わらない日常が繰り広げられている。
たぶん、この音を聞いているのは、目の前の男と、私の横にいる女だけだろう。音は、何度となく響く。まるで金属同士がぶつかり合ったような音だ。
男の前に立つ、人型の存在は、まるで舞踊でも踊っているように、動きまわる。円を描くように、時には、メビウスを描くようにステップを打つ。確か、男も、たまにこんな動きをしていたはずだ。
「源之助!」
女は、そう叫びながら、私を抱え上げ、距離をとろうとしている。この場所に居続ける事に危険を感じたのだろう。少し離れた所まで来た女は、私を抱えたまま、少し後ずさりをした。
そうしながらも、女の視線は男と人型を見つめ続けている。女が落としたバッグから、女のスマホが顔を見せているが、女は気付いていないようだ。
本当なら、写真や動画を撮る状況のはずだと私は思う。そんな事を考えながら、少し震えた体で、抱きかかえる女の腕の中で、楽しそうに尻尾を振ってみる。
「ニャー!」
女には、そんな鳴き声にしか聞こえないだろう声を出してみる。