魔法のスカーフ
どうも、星野紗奈です。
冬の童話2025が今年もやってきましたね!!
構想自体はかなり前から考えていたのですが、なかなか執筆にとりかかれず……。
それでも、なんとか年内におさめることができて満足です。
拙い作品ではありますが、お楽しみいただければ幸いです!
それでは、どうぞ↓
とある街に、不思議なお店がありました。
それは、あごひげを蓄えた男が一人で営む、魔法のスカーフのお店でした。
男は、棚の中から真っ黒な布を手に取り、それを真四角に切って、少しの魔法をかけてやりました。
すると、たちまちスカーフが動き出しました。
男は、黒いスカーフに言いました。
「いいかい、よく聞いておくれ。
君には、これから3日間、外の世界を見てきてもらう。
でも、僕はついて行かないよ。君一人の冒険だ。
それが終わったら、この店に帰ってくるんだ。
3日後に、この場所にね。
そうしたらきっと、僕が君を素敵に仕立ててあげよう。
全部終わったら、君は一人前のスカーフとして、あの店先に並ぶんだ」
黒いスカーフは、まだパリパリと光沢を帯びている裾を揺らしました。
「さあ、行っておいで」
男がそう言うと、スカーフは風でふっと浮き上がりました。
そして、青空の下をふよふよと泳ぎ始めます。
しばらく風に吹かれていると、何かが見えてきました。
立派なお城の、とても広い庭のようでした。
近づいてみると、トランプの兵士たちが白い薔薇を赤く塗っているようでした。
飛んできたスカーフに気づいたトランプ兵たちが言います。
「おや、いいところに!」
「早くしないと、女王様がカンカンだ!」
「さあさあ、手伝って!」
ペンキがなみなみ入ったバケツから筆を引っ張り上げると、トランプ兵はスカーフにそれを差し出しました。
スカーフは、トランプ兵に教えられたとおりに、薔薇を赤く塗っていきます。
スカーフがあんまり上手に塗るので、トランプ兵たちはとても嬉しそうです。
スカーフもなんだか嬉しくなってきて、周りの草木が揺れるのに合わせて布をはためかせます。
「そうそう、その調子だ!」
「もっと、もっとたくさん塗ってくれ!」
「いやいや、そんなことを頼んだら女王様がカンカンだ!」
「でも、遅くなってもカンカンだ!」
しかし、いつの間にかトランプ兵たちが言い争いを始めました。
「人任せなんてバレたら、女王様はカンカンだ!」
「仕事が終わらない方が、きっとカンカンだ!」
「そもそも、よそ者がいるのだってカンカンだ!」
「誰が呼んだ?」
「俺じゃない!」
「僕じゃない!」
「じゃあ一体どうしてここに!」
トランプ兵の一人が、ダン、と大きく足を鳴らしました。
途端、赤いペンキの入っていたバケツが倒れてしまいました。
その先には、筆を持ったスカーフがいました。
こぼれたペンキは、じわじわと黒いスカーフの裾に染みこんでいきます。
トランプ兵たちはそれをじっと睨みつけています。
それに気づいたスカーフは、思わずきゅっと縮み上がりました。
そして、自分の布が汚れるのもかまわずにバケツと筆を元の場所に戻すと、一目散にその場から飛び去ったのでした。
次の日、赤く汚れてしまったからだを擦りながら、スカーフは宙を漂っていました。
すると、どこからか元気の良い声が聞こえてきました。
何かを練習しているみたいです。
近くまで降りてみると、そこには不思議な格好をした一人の少年がいました。
少年はスカーフに気がつくと、にっかりと笑って手を振りました。
「やあ。君も空を飛べるんだね。
よかったら、僕の剣の腕を見てくれないかい?
明日戦う相手は、とても強いんだ」
スカーフは、彼の目の前でひらひらと揺れて見せました。
それを合図に、少年は腰元の鞘から短剣を引き抜き、構えます。
右に、左に、そしてまた左に。
少年は、華麗な手さばきでスカーフに向かって攻撃を仕掛けます。
スカーフはその鋭い剣先を、ひらりはらりと身軽に避けます。
「君、なかなかやるじゃないか!」
少年は一層楽しそうに、さっきまでより早く剣を振り始めました。
スカーフは彼の練習相手になるよう、一生懸命剣を避けます。
しかし、スカーフが頑張れば頑張るほど、少年はめきめきと腕を上達させます。
そして、すっ、とスカーフに剣先が少しだけ刺さってしまいました。
「わっ! ごめん!」
少年は、慌てて剣を引き抜こうとしました。
その瞬間、ぷつ、と糸が切れ、スカーフの端に切れ目が入ってしまいました。
二つに切れたところが、人間の足みたいに、ぱたぱた交互に揺れました。
よく見ると、他の場所もあちこち糸がほつれてしまっているみたいで、何だか虫の足みたいでした。
自分のからだがボロボロになっていることに気がつくと、急に恥ずかしくなってきました。
からだはちっとも痛くないのに、どうしてか、彼の隣にいるととても苦しいのです。
スカーフは心配そうに見つめる少年に見送られて、そのまま飛び去ってしまいました。
最後の冒険の日、スカーフは海辺から聞こえてくる素敵な歌声と出会いました。
吸い寄せられるように空を泳いでいくと、そこには美しい人魚がいました。
人魚が小さく手招きして海の中へと潜っていったので、スカーフも勢いよく水の中に飛び込みました。
やがて、深い、深いところまでたどり着くと、人魚は可愛らしく笑いました。
「ようこそ、不思議なお客さん。私の宝物を紹介するわね」
人魚は飾られた品々を一つずつ手に取ると、楽しそうに話をしました。
彼女のコレクションの中には、男が店で使っていたものもあったので、そういうときはスカーフが使い方を教えてやりました。
すると人魚は、それが予想していた通りでも、全然違ったとしても、とても喜びました。
そうして、ぐるりと見渡す限りの宝物について語り合った後、人魚はスカーフに言いました。
「たくさんお話してくれてありがとう。今日の思い出のしるしに、これをどうぞ」
人魚がくれたのは、綺麗な貝殻でした。
スカーフはくるりと舞ってから、その貝殻をそっと受け取り、包み込みました。
そして、人魚の柔らかな歌声に背中を押されて、スカーフは真っすぐに水面へと泳いでいきました。
スカーフは、魔法のスカーフのお店へと戻ります。
人魚からもらった貝殻を大切に抱きしめながら、水にぬれた重たいからだを動かして、あごひげを蓄えた男の元へと戻ります。
しかし、ちょうどお店が真下に見えたとき、大変なことが起きました。
貝殻が布から滑り落ちてしまったのです。
貝殻の落ちた音に驚いた男が、慌ててお店の中から飛び出してきます。
恐る恐る見てみれば、貝殻は砕け散ってしまっていました。
近くにふらふらと降り立ったスカーフのからだは、どんどん湿ってしわくちゃに縮んでいきます。
それを見て、男は言いました。
「おやおや、泣かないでおくれ。
心配しなくても、君の冒険は何も台無しになんかなっていないよ。
大丈夫、僕がきっと素敵に仕立ててあげるからね。
それじゃあ、最後の仕上げをするから、君の冒険を存分に聞かせておくれ」
男は割れてしまった貝殻の欠片一つ一つを丁寧に拾い集めると、スカーフの裾をちょいと引っぱりました。
スカーフはなんとかからだを起こして、男と一緒に店の中へ入っていきました。
男はスカーフを作業台に寝かせてやると、あちこちの引き出しを開いて、様々な道具を周りに並べました。
そして、スカーフのことをじっくり観察しました。
「おや、ここには赤いペンキがついているみたいだ」
スカーフは、トランプ兵たちと一緒に薔薇を赤く塗ったときのことを話しました。
「そうかい、そうかい。トランプ兵の手伝いをしてあげたんだね。
トランプ兵たちの言い争いは君のせいではないのだから、あまり落ち込まないことだよ。
それに、自分が汚れるのもいとわずに、バケツと筆を元にもどすのは、そう簡単にできることじゃない。
君はとても優しい子なんだね」
男はスカーフにそう話しかけながら、ちくちくと縫い進めました。
赤く染まった布の上に、黒い線が何本もひかれていきます。
そして、赤いペンキの染みは、やがて美しいバラの花に変わりました。
「おや、こっちは布が切れているね。どんな冒険があったんだい?」
スカーフは、少年の剣の練習に付き合ったときのことを話しました。
「その少年の噂は、僕も聞いたことがあるよ。とても強かっただろう。
少年の攻撃を怯えることなく避けるなんて、君はとても勇敢だね」
男はそう言いながら、金色の糸を取り出しました。
その輝く糸が黒い布の上を走り、まるで魔法の軌道が描かれていくようです。
ぱたぱた揺れていた切れ目は、しっかり元通りに繋ぎとめられました。
「最後の冒険は、あの貝殻かな?」
男に問いかけられると、スカーフは人魚に見せてもらった宝物のことを話しました。
「とても素敵なものを見せてくれたんだね。でも、それだけじゃないみたいだ。
君が人魚に道具の使い方を教えてあげたんだろう? それも、とても立派なことだよ。
僕も知らなかったけど、君は随分物知りみたいだ」
男は、そう言って小箱のようなものを引き寄せました。
スカーフがそっと中を覗き込むと、虹色に輝くたくさんのビーズと、大きな真珠のついたスカーフリングが一つ入っていました。
あの割れてしまった貝殻で、男が作ったものでした。
男は、小さなビーズを一つ一つスカーフに縫い付けました。
そして最後に、二つの端を揃えて、真珠のスカーフリングを通してやりました。
スカーフが照れ臭そうに柔らかく丸まったのを見て、男も優しく微笑みました。
「これで君も一人前だ。さあ、次の冒険がすぐに始まるよ」
日が昇って、魔法のスカーフのお店が開きます。
今日のお店の一番前には、すっかりおめかししたあの黒いスカーフが堂々と佇んでいるのでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(*'ω'*)