第1章前編
【不運の少年】
雨が降りしきる町の大通り。人通りはない。そこに佇むたった一人の男。跪き、何かを呟いている。「…おお、神よ。大いなる世界の意思よ。自然の驚異に怯える我らに一筋の光を示したまえ!…その驚異から遍く人々を救う選ばれし者を選びたまえ!!」瞬間、雨雲から一閃の雷鳴が轟き、稲妻が男に落ちた。彼はゆっくりと前に倒れ伏した。彼の頭上高くを飛行する一機の飛行機。煙を上げ、ゆっくりと落下していく。
気づくと、僕の体は浮いていた。周りを見ると物凄い速さで雲が流れていく。これは落下という現象だと理解するのがやっとだった。そして、理解した時、反射のように悲鳴を上げた。「わ――――!!」雲を抜けて視界が開けたと思った時、突然、雲の間からとてつもなく大きな影が現れた。(…飛行機?ぶつかる!)そんな僕の思いに反して、それは一瞬で通り過ぎて行った。(僕の体より重いからなのか速いな。でも重力加速度は質量に関係なく一定のはずなのに…)そう考えた後、僕は意識を失った。
「うわ!」周りを見回すと、そこは公園だった。夜で、誰もいない。起き上がろうとした時、脳内に激しい刺激を受け、再び目眩に襲われた。「うっ…」夜の町の光景が頭に流れ込んできた。「立てますか…?」「ううっ…」僕は再び意識を失った。気づくと、町の通りで倒れていた。前を見るとスーツ姿の人がいた。どうやら通行人の一人にぶつかっていたようだった。その人は僕に手を伸ばしている。手を借りて立ち上がる。「すみません…」「ちゃんと前見て歩いてくださいよ」「はい…」いつも前を見ているはずだけどなあ。何か考え事をしていたような気がする。昨日見た夢の事だったか。最近の夢は、飛行機と共に落下する内容をうんざりする程何度も見る。本当に夢なのかと疑いたくなるほどいつも鮮明だった。もしかして本当の出来事だったのかなあ。小さい頃の記憶はあまりないにしてもそんな体験をした人の話は聞いたことがない。僕を今まで育ててくれた親は僕を河川敷で拾ったと言う。着ていた服はボロボロに破れていて、ひどい親に捨てられた子だと思い、介抱してくれた。「僕、名前は?」「マロー」僕が答えたから名前は分かったが、それ以外の事は何も分からなかったらしい。それでも僕を高校卒業する年まで育ててくれたことに感謝しかない。僕の名前、マロー。その意味は想像していたよりも悪い意味だった。それは、“不運”だ。僕の生みの親は何故そんな悪い名前を付けたのか、気になった僕は、時間があると自然と関係がありそうな情報を集めていた。色々な伝記やら辞書まで読んだ。親も手伝って本を探してくれたりした。その結果、結構多くの事が分かった。それについては話すと非常に長くなるのでここでは省略したいと思う。言葉には言霊があるというが、名前も同じようで、僕は不運な目に遭い続けてきた。例えば、行く店が閉まっていたり、買い物をしに行けば売切れなんて良い方で、常日頃から街を歩けば、背後に視線を感じたり、ガムや犬の糞を踏んづけたりするのは日常茶飯事だ。他にも、盗んでもいないのに下着泥棒に間違われたりして、そう言う気質によって友達は一人もいない。なぜ僕はこんなにも不運なのか。言うなれば、僕が歩けば棒に当たる、だ。
ここはパンベンシティ。“統一国家ユニオン”の首都だ。全世界を襲った二度にわたる大災害。今では、世界各地で地震、洪水、噴火、竜巻など災害が起きるようになり、世界中の国々は一部の反対する国を除き、一つになった。ここは山や海も近くになく、これと言って大きな災害に遭ってこなかった。これは僕の人生における最大の幸いと言っていい。…だが、身の回りの出来事は、悪くもならなかったが、良くもならず、不幸を呼び寄せている。災害に比べれば非常に小さいことだとは思うけど…。そういえば、今は育ての親に頼まれたおつかいからの帰り道だった。早く帰ろう、と思った時、僕を見つめる怪しげな視線。後ろを振り返ると、二人の男がこっちを見ている。何か話し合うと、近づいてきた。その瞬間僕は思った。逃げよう、と。逃げては逆に怪しまれて駄目かとも思ったけど、今までの事がフラッシュバックしたので無理だった。案の定、二人の男が追いかけてきた。「こら!待ちなさい!」「はあ…」僕は深くため息をつくと、全速力でその場から逃げた。ただのおつかいのはずが、こんなことになるとは。やっぱり僕は不運だ。もうそろそろ足が限界になってきている。後ろから今にも肩を掴まれそうな勢いを感じる。だめだ、悲観的になってはそうなってしまうものである。今までもそうだった。その時、誰かにぶつかった。というよりも前に飛び出てきた気がすると思うと同時に僕は倒れていた。「きゃ!」この声から相手は女性だった。「…大丈夫ですか?」「いてて、なんとか…」女性は立ち上がると、スカートの汚れを払うようにして立った。「すみません。それじゃあ」僕は別れるつもりだったが、彼女は違った。「一緒に私を連れていってもらえる?」「…え?」「実は、私ストーカーに追われているの。…家の近くまで手をつないで。そうすれば、もう恋人がいると思わせられる…助けて」こんな時に頼みごとをされるとは。本当に僕はついていないな。でも、この人もついていないんだな。僕と同じなのかもしれない。一瞬悩んだ末、悩む暇も無いことに気付き、僕は思い切って彼女の手を持ったとき、気が付いた。「あ、僕の荷物が…」「荷物は私が持ちます」「…じゃあ、お願いします」僕は彼女の言葉に甘えて走った。今日は雨の日だった。滑りやすい上に、あろうことか女性の手を引いている。自分の身を守るだけで大変なのに、彼女の身も守るために手を繋がなくてはいけない。これはある観点では、幸運な状況かもしれない。ただ、今の状況は決してそうではなかった。謎の男2人に追われているのだから。とにかく今は逃げることに集中だ。だいぶ走った。後ろからの気配もなくなった。我ながらこんなに自分に体力があったのかと驚くほど逃げてきたから、さすがに諦めたのかもしれない。「ところで、あなたはどうしてそんなに急いでいるんですか?」「いや、それが変な男2人が…」その時、サイレンが聞こえた。「まさか、あの事件に関係が?」「あの事件?」「ほら、例の女性を襲うっていう」「ああ!あれですか」実は、最近、この町の近辺で女性のみを殺害している“悪魔”が出没するという噂があった。でも、だったらなんで僕を??その時、無情にも四方から僕らの方へライトが浴びせられる。「そこの少年、諦めて投降しなさい!」「まずい!」「ちょっとどういうこと?ま、まさか、あなた…」口に手を当てながら彼女は驚いた。彼女はとんでもない勘違いをしているようだった。「ち、違いますよ!僕は悪魔じゃない!」僕はこれ以上否定している暇はなかった。僕は慌てていた。そして、頭が冴えていた。不思議なことにそういう能力があった。いわゆる土壇場に強いというやつが!そういえば、あの制服、どこかで見覚えがある。テレビで獣を倒したというニュースが流れたとき映っていた。あの緑の生地に黄のラインという何とも目立つ配色の制服を見れば誰でもそうだと分かる。そうだ。SONGだ。SONGと言えば、今や誰もが知る、統一国家直属の組織だ。確か、SONGは世界中の警察または消防、さらには救命医療までも行っているけど、特に有名な活動は、近ごろ現れ始めた、動物と異なり人を襲う生命体、獣の討伐の任務だ。世界各地に支部が合ってそれぞれの地域で多くの人々を救う、そのSONGがどうして僕を追っている?まさか、SONGまで僕を悪魔だと思ってるのか?殺された人の特徴から、悪魔は獣だと言われているけど、あくまでも僕は人であり獣じゃない。とにかく僕の今までの不運な出来事の中でも上位に入ることが起きようとしている。僕は目を凝らした。すると、不思議なことに一本の抜け道が見えた。僕は彼女の手を引き、その方へ駆け出した。「君に危害を加えるつもりはない!一旦止まりなさい!」僕の耳には届かなかった。咄嗟の行動にその場は何とか切り抜けた。SONGが居ることは一大事の証。とりあえず捕まってはだめだ。終わりだ。「あなた、いったい何したの?SONGに追われるなんて普通じゃないわ!」彼女も気づいていたらしい。「それは僕が知りたいです!」僕らは再びもう一つの道の方へ向かって走り出した。「仕方ないわね…わたしもしばらく付き合ってあげる」それからしばらく、彼女の案内で分かれ道を左右に曲がりながらひたすらに逃げて走った。それでもまだ、追手はしぶとくついてくるようだ。彼女は言った。「あなた、結構体力あるのね…もう私、無理。もう、私は大丈夫だから、一人で行って」「そうですか。それじゃあ、気を付けてください!ここまでの案内ありがとうございました!」「あなたもね。どうもありがとう。私の名前は…ライラよ」「僕は、マローです」「無事を祈るわ。またどこかで」ここまでが僕が耳にした言葉である。僕は既に走り出してしまい、雨の音で聞こえなかったが、彼女は更にこう言っていた。「あっ、この先も行き止まりが多いから気を付けて!…行っちゃった。あとこの荷物どうしよう?頂いちゃうか。お金もいつも以上に頂いて、心から感謝するわ。お大事に」その後、僕はいきなり行き止まりに当たり、呆気なく捕えられた。「なぜ逃げる?」「…いや、それは、追いかけてくるものですから」「ちょっと君に用があるんだ。一緒に来てくれるかな?」そう言うと、手錠をかけられた。僕は手を左右にうねらせて出来る限り抵抗をしてみた。ところが、全く敵わない。それでも諦めずに続けていたら、いつの間にか気絶させられた。さすがSONGの隊員だ、と思った。「おい、やり過ぎだ」「あまりにも暴れるので…」「まあいい、早くあの人の所へ連れていくぞ」
【SONG】
目を覚ますと、牢屋の中にいた。(ここはどこだ…?)その時突然、声をかけられる。「おっ、起きたか」そこには見上げるほど背が高い人が立っている。「あの、ここは?」「ここは、檻だな」「檻!どうして!?出してくれー!僕は下着泥棒なんかじゃないぞ!」「うるさい!下着泥棒に間違われたことがあるのか?とにかく静かにしろ!」「…」「よし。静かになったな。出ろ」「え?」僕は耳を疑った。「お前さんの言いたいことは分かる。とにかく今は静かについて来てくれ。良いか?お前さんを待ってる人がいる。何も言わず静かについてくるんだ」背の高い人は檻を開ける。僕は言われるがままついて行く。その間何故こうなったのか経緯を思い返した。(…本当に僕は不運だなあ)薄暗い通路を歩き、長い階段を上がる。一体どれだけ地下にいたのだろう?前を歩く人の足を見ていたら、その足が止まった。驚いて顔を上げると扉の前だった。「連れてきました」「入ってくれ」「はい」背の高い人は扉を開ける。開いた先から零れた光が眩しい。「入れ」何が待っているのか考えていた僕の背中が押され、僕は部屋に入る。「…!」僕の目に飛び込んできたのは、今まで見たこともないほど光り輝く景色だった。僕は目をこすり、目を見開く。ここで補足すると、光り輝くというのは表現ではなく、本当の意味でだ。その光は、床や壁に敷き詰められた光沢のあるタイルが照明の光を反射したもので、まるで部屋全体が一つの光のように感じられた。部屋は広々としており、天井も高い。もう1つ気になるのは部屋の中心に上に登る階段があることだ。その階段の上に黒い丈夫そうな革で出来た椅子に座る男がいた。その男は椅子に負けない黒いマントを羽織っており、偉い立場の人物だと予想できた。そのオーラが目に見えるほどだった。「ようこそ、SONG総司令室へ」そう言うと、驚くことに階段の上を椅子がその人を乗せたまま、滑るように移動し始めた。その人は、自動で降りる椅子に座りながら言った。「ここは、地球の平和を守る組織―国家防衛特殊部隊Special Organization National Guardian、その頭文字、通称SONGの本部基地の総司令室だ」一度に沢山の情報が入ってきたから僕は言葉を反芻した。(総司令室?ということは?)心を読んだのか背の高い人が言った。「あのお方こそ、SONGの総司令官、グレート様だ」“総司令官”が乗った椅子が音もなく、僕たちのいる階に着く。その人は前髪をかき上げる。人の第一印象は2秒で決まるという。その人は僕に“格好いい”人と認識された。その人は座りながら言った。「頼む」総司令官は座ったまま、合図する。背の高い人が頷き、リモコンを操作すると、目の前に光が集まり一本の剣が映し出される。それはどこかで見たことのある天井に吊られた機械から光が集まって形作られた立体映像だった。「君はこの剣、“悪魔の剣”と名高い剣を盗みだした疑いがかけられている。見覚えはないかな?」よく見ると、剣は映像でさえもただならぬ雰囲気を放っているように感じる。(また悪魔…こんな邪悪な剣知らない…!)「知りません!僕は何もしてません!信じてください!」「そうか。じゃあ、これを見て」次に、人の顔が映し出される。「こ、これは…」「これはね、その剣を盗みだした指名手配犯の顔さ。君にそっくりだ」「何かの間違いです!」「静かに!」背の高い人が睨んだ目が怖すぎて黙るしかなかった。「どうして…」「混乱しているかもしれないから、もう一度言う。これは、悪魔が宿る剣、通称“悪宿剣”だ。その名の通り、この剣はかなり危険な代物。それから、これは、あらゆる武器を7種に分類し、それぞれの代表の武器“7つの武器”の1つでもある。その重要さから国宝としてある寺で厳重に保管されていたんだ。それが何者かの手によって盗み出されてしまった。君は、その犯人だと疑われている」僕は何が何だか分からなかった。ただ、これは、僕の人生史上で間違いなく上位を争う不運な出来事だと分かった。「僕は何も…」「哀れな少年。君には、もう自由はない」「そんな…」終わった、と僕は思った。不運ではあっても、まだ希望を捨てたわけじゃなかった。これからはきっと良い事があると信じていたのに…。「は、あ」僕は諦めかけた。“総司令官”が椅子から立ち上がり、羽織るマントを脱ぎ棄てながら放った言葉を聞くまでは。「そう悲しまないで欲しい。何故なら、君は…犯人じゃないんだから!」僕の思考が停止する。「え…」「あれ?もっと喜んでいいんだよ?」そう言われても、僕はまだ頭が混乱していた。「ちょっと驚かしてみたかったんだ。ごめん。いや、昨日、君の寝顔を見て思ったんだ。君は犯人じゃないって。それによく見たら、背丈が犯人より小さかったし。世界には自分と同じ顔をしたドッペルゲンガーという存在がいるらしいが、今回はその類だろう」「はあ」犯人じゃないと言われて少し心が落ち着いてきた。「安心したかい?何かお詫びをしなくては。そうだ!君を特別採用としてここSONGの新米隊員として雇おう!」「え!?」「いいリアクションだね。状況が掴めてきたかな?」「少しだけ」「そうか。でも君にも選ぶ権利はある。どうかな?」思考中の頭を急きょ働かせる。(確かに僕も進路を決める時期だ。僕を育ててくれた親に恩返しをしたい。その為には、どこかで働かなくちゃいけない。SONGなんて入りたくても入れない機関だ。恐らくこの先、もう二度とないだろう。ただ、入ったら過酷な任務をすることになる。これは、好運なのか。それとも、やっぱり…)僕が考えていると、総司令官が指を立てて言った。「君の本名を教えてくれ」「マロー・ノワールです」「ありがとう。…“マロー・ノワール”、君はこの名でさぞ苦しい思いをしてきた事だろう」「…」確かに、自己紹介をすると、きまって聞いた人はひそひそ話をしたり、白い目で見てきた。その人たちが僕に話しかける人はいなかった。ただ1人、僕の親を除いて。「何で知ってるんだろう、という顔だね。その名は君が思うよりも有名なんだ。恐らくその名を持つ者に味方する者は少ない。でもいないわけじゃない。僕は君を受け入れる」確かに良い事はあまりなかった。それは僕の不運さが原因だと思ってきたけど、やっぱりこの名前のせいだったのかもしれない。僕は気になることを聞いた。「一つ聞きたいのですが」「何だい?」「SONGの仕事って辛くないですか?」「辛い。襲い来る獣と戦う、災害が発生したらそこに赴く。でもそれは、人を守るために誰かがしなくてはならない。容赦なく襲ってくる獣や災害に対して、隊員は立ち向かう。元々獣も災害も人が生んだと言われている。何にせよ、もう後戻りはできない。かつていた英雄も今はいない。だから、僕らがやるしかないんだ。今度こそ世界が平和になるよう願いを込めてね」僕は総司令官の顔を見つめていた。やっぱり格好いい。「どうだい?一緒に僕らと働かないかい?」僕は思考を再び働かせた。
その頃、真犯人は、ある町で、武器商人の子供と会話していた。「おっさん、どこから来たの?」「すまない。忘れてしまってな」「まさか記憶喪失?」「そうなんだ。名前もどこから来たかも思い出せなくてな」「本当に!?確か5年前くらいにも記憶喪失の人が来たよ。でも、おっさんよりもっと若い兄ちゃんだったけど」「本当か」「本当だよ。もしかして記憶喪失って流行ってる?」「そうだとしたら大変だな。とりあえず、剣をくれるか?手持ちの剣が使い物にならなくてな。これにしよう。名刀“ながふね”」「これかい?奇遇だなあ。確かその兄ちゃんもそれを選んだんだ。ただ、名前が違うよ、おっさん。これは“おさふね”って読むんだよ。そうだ!名前も“おさふね”にしたら?」「“おさふね”…いい名だな。そうするか」「わお!これで2人目だ。実は、その兄ちゃんにも同じ事言ったら、そうしたんだ。その兄ちゃんとどこかで出会ったら何か思い出せるかなあ」「そうだといいな。世話になったな」そう言うと、おさふねは店を後にする。その時、背負う袋から何かが落ちる。「あれ?なんだろう」武器商人の子供が見に行くと、それはマローの顔に似せて作られた被り物だった。
【決意】
働く、それが君の答えだね?」「…はい」「本当だね?男に二言はないよ」「はい」「嬉しいよ!君がその選択をしてくれて!その選択が間違いではないと約束しよう。改めて自己紹介するよ。僕はグレート。これからよろしく!」そこへ“格好いい”女性が現れた。「総司令官様、お時間が迫っております」「ああ。いや、僕もこう見えて結構忙しいんだ。それじゃあ、後頼んだよ、ナイル」「はっ!」手で合図したグレートさんに背の高い人は敬礼をして見送ると、振り向き僕の方に歩み寄る。「自己紹介が遅れたな。俺の名はナイル。たった今からお前さんを特訓する教官となる。覚悟するように」「はあ」「何だ?何か言いたそうだな」僕は気になることを聞いた。「ナイルさんは暇なんですか?」「暇だと!決して暇じゃない。俺は総司令官の右腕の存在、近衛衆、その筆頭を任されている。近衛衆は身辺を警護したり必要な物を買い出しに行ったりと大変なんだぞ」「それなのに僕の教官をしてくれるんですか?」「ああ。それがグレート様の命令だからな。今日からお前さんの教官だ。ビシバシ鍛えて一人前の隊員にしてやろう。俺に特訓してもらえることを光栄に思うんだな」「はあ」「他には」「特訓って何をするんですか?」「いい質問だ。特訓は、まず準備運動として腕立て伏せ100回、腹筋100回、それから」「…もういいです」「もういいってこれから嫌でもやってもらうぞ」「はあ…」「ため息をつくな!幸せが逃げるぞ。ついてこい」僕には、いまだ迷いがあったけど、ナイルさんの後をついていくしかなかった。SONG本部基地は広かった。迷路のような通路を通り抜け、基地のあちこちを巡りながら、今までの出来事の記憶を巡らせた。そう言えば、グレートさんとナイルさん、それから後で来た女の人は水色に紫のラインが入った同じ服を着ていた。ということは女の人も近衛衆の一人だろう。「今向かっているのは、SONGの倉庫でもあり隊員の宿舎でもある建屋だ。お前さんはそこで、はじまりの部隊“エチュード”の一員となって働くのだ」ナイルさんは説明してくれた、ただ、僕の耳にはほとんど入っていなかった。ナイルさんは構わず次々と案内した。「着いたぞ」上の空で歩いて気づかなかったけど、目の前には古びた建物があった。「今日からここがお前さんの宿であり、仕事場となる!」「仕事って何をするんですか?」「よく聞いた。仕事は、雑用だ!」「雑用…」「そうだ!上級隊員の隊服の洗濯や、炊事、その食料の調達、倉庫の整理やらやること満載だ」「はあ…」「ため息をつくな!幸せが逃げるぞ」古びた建物の中は、どこを見回しても古さを感じる佇まいだった。ひび割れた壁を見ながら階段を上がり一番奥の部屋に着いた。これから起こることを考えると不安な気持ちになった。「入れ」ナイルさんの強い眼差しを受け、僕は勇気を出して扉に手をかけた。「何もない。早く入れ」勇気を振り絞り、扉を開けると、そこには6人の同年代位の人たちがいた。全員の視線が僕に向けられる。「はあ…」(おい、初対面の人にはまず自己紹介だろ)ナイルさんの強い眼差しからそう感じた。「ええと、僕は、マローと言います。よろしくお願いします」棒読みで言い終えた後、部屋の様子を見ると、みんな拍手してくれた。ナイルさんは強く頷き言った。「俺の名はナイル。明日からお前さんたちの教官となる。よろしく。今日は帰るからまた明日。この子と仲良くしてやってくれ」ナイルさんは笑顔で僕の肩を叩き部屋を出た。僕はもう一度部屋の様子を見た。全員の視線が向いていた。「あのー…」「まず、座ったら?」リーダーのような人が僕を促し、僕は座った。「そうだね、疲れるから」「そうそう、ここも狭いですがごゆっくり」僕はここに来て少し落ち着くことができた。緊張した感覚が和らいだ気がした。「あ、そうだ。案内します」リーダーのような人はリーダーだった。無口な人もいたが、会釈を返してくれた。雑用という仕事は、仲間となったここの人たちを真似して覚えていきながら、何とかやっていこうと思った。こうして、僕はSONGの一員となった。
その頃、グレートは総司令室の椅子に座り、考え事をしていた。(昨夜、あの少年、マロー君を追った隊員の言葉どうも気がかりだ。『彼は尻尾を巻いて逃げ出しました。でも、彼を見失うことはありませんでした。何故なら、彼の通った後には、小さいながらも竜巻が起きていましたから』竜巻とは、一体?彼は尻尾を巻いて、さらに疾風を巻いて逃げたというのか。これは何らかの気候による単なる偶然か。いや、気候で起こったとは考えにくい。すると、私の予想通り、マロー君も私と似た力を持っているのか。自然を操る力、“気”を操る力を)
【二人の男】
ある男は、海沿いの町ヴェネッティーアに来ていた。彼とその仲間は、世界中を旅しており、現在飢えに苦しんでいた。そして、彼らは食料を分けてもらうために町長に会いに来た。彼らはいつも、ただで分けてもらうわけではなく交渉をする。それは、“奇石”と呼ばれるまさに奇跡を起こす効果を持つ石を相手に渡す代わりに食料を恵んでもらう事である。その石は、いまだ謎が多いが、持つ人の意思に反応してそれに応えるのである。まず彼らは必ずその効果を披露する。「なんと!これはすごい!腰の痛みが一瞬で治った」「喜んでいただけましたか」「ああ!」「この石を差し上げます」「なんと!」「お礼なんて…?」「おーい、頼む」町長の合図で召使達が料理の皿を運んでくる。「海の幸がこんなに沢山!いいんですか?」「いいとも。是非召し上がってくれたまえ」「ありがとうございます」そして、今回もいつものように交渉は成立した。一時間後、彼らは町長の館を後にし、町中を歩いていた。「いや~、美味しかった。もう食べられない」「そうですね」「これもシュンの持つ石のおかげだな。ありがとう」「いえいえ」「一体どこで手に入れたんだ?」「…秘密です」「ま、いいか。それより、次の町はどこにする?どうした?」彼は、仲間の2人が言うことに耳を傾けながらもある事に気を取られていた。「さては、長髪の美女に見惚れていたな。全く気が置けないな」この人物は、彼の旧友ダイアンで、仲間思いで、よく話す。「そうですね」ダイアンと対照的なこの人物は、シュンといい、旅に途中参加し、何故か奇石を沢山持っている。「苦手な癖に、全く、俺が代わりに話してくる」ダイアンは勇み足で行った。黒い長髪の美女の元に着いた矢先、すごい形相で戻ってくる。「美女じゃない!…おかまだ!」「本当ですか?」その人物が向こうから近づいてくる。「二人とも、来るよ」逃げようとする3人。彼らに回り込んで先を塞ぐ。「待ちなさい。あんたたち、私の顔見て逃げるなんて失礼じゃない。ちょっと来て」言われるがまま彼らは、後ろ姿だけ美女の人物に連れていかれた。「「ひゃー」」「何て声上げるのよ、大丈夫よ」そして一軒の店の前に着いた。「さ、入って頂戴」3人は恐る恐る建物に入った。「ここは私の店ダリア。イケメン達だからつい連れてきちゃったわ。どれにする?」「「…じゃあ、おまかせで」」「特製トロピカルジュースを3つね」神妙な顔でドリンクを待つ3人。「さ、飲んで頂戴」神妙な顔で飲む3人。「「これは素直に美味しい!」」「喜んでもらえて良かったわ。お題はタダでいいわよ」「いいんですか!」「ええ。気に入っちゃったから。いつでもまた来て」投げキッスするダリア。「「ご馳走様でした!」」慌てた様子で店を後にする3人。少し違ったタダの味を思い返しながら、彼らの旅は続く。
ある男は、砂漠を歩いていた。彼は1人で世界中を旅しており、現在飢えに苦しんでいた。しかし、彼は歩みを止めない。何故なら、ある強い思いがあるからだ。それは、復讐心。彼がまだ幼い頃、道場の師範である父に拳法を教わっていたが、突然目の前で父が凶刃に襲われた。その後間もなく父は死んだ。彼は、悲しみで挫けそうな心を奮い立たせることが出来た。何故なら、道場の訓示として壁に飾られる『壁を超えて強くなれ』という言葉を目にするからだった。それは、父の口癖でもあった。あらゆる困難を壁としてそれを乗り越えることが出来る者こそ真の強い者である、と。彼は、毎日稽古を積んだ。そして、成長した彼は、道場を後輩たちに任せて旅に出た。道場も気になるが、それよりも父の命を奪った存在の方が気がかりだった。その存在を追い、船を漕ぎ、町を駆ける。そして、その存在の影が分かってきた。それは、悪霊であり、生物に憑依して他の生物を殺している。何の罪もない者を殺すその存在を残酷な影だと思った彼は、それを“シャドウ”と名付けた。そして、彼は今、砂漠にいた。彼の前からラクダが歩いてくる。しかも背中に人が乗っている。親子連れだ。「おや、旅の人ですか?」「あれ?お父さん!この人の顔!早く水をあげて!」「おお、分かった」彼は水をもらった。「大分顔色が良くなった」「駄目だよ、日の当たらない所に行くまで安心なんてできない。家まで連れていって」「おお、そうだな」その時だった。父親が突然苦しみだした。「うう、うああ、何かが入って、来る…」「お父さん、どうしたの!?」しかし、すぐに気を取り戻した。違う姿で。「…対象は、この子供か」彼は目を見張った。目の前でシャドウが現れたのは二度目だからだ。「シャドウは子供まで対象にするのか…」彼は拳を固めた。シャドウはラクダの首についていた紐をほどいている。それで子供の首を絞める気だ。彼はすかさず殴った。シャドウはラクダから落ちた。「…何の真似だ」「戦え」「対象はお前ではない」「戦え!」「仕方なし」直後、シャドウは足で彼の顔面を狙う。彼は避けるが、シャドウが繰り出した回し蹴りが彼の腹部に直撃する。彼は吹き飛んだ。「…強い」シャドウはラクダの上で怯える子供に近づき、手に持った紐を張る。その時、シャドウは足を掴まれ倒れた。「…離せ!」「離すか!」彼はこれ以上ない全力でしがみついた。「離せ…離さなければ今すぐ…」「どうするって?シャドウはいつも一人だけを殺す。俺を殺せば、対象の子供は殺せなくなるわけだ」「…どうやらお前は我らに詳しいようだ。確かに我らはた一人しか殺せない。だが、我らは複数人で活動している。即ち、一人を守れても他の者が狙われ、死ぬ。こんな無駄な事があるか!かっかっか」シャドウが憑依を解こうとしたのが分かった。「おい、待て!!俺の親父を殺したのはお前か!」「我らは殺した対象の事は覚えていない」「何だと!待て、この野郎!」シャドウはいなくなった。彼は倒れた父親をラクダに乗せた。「…あの、ありがとうございました!」「ああ」その時、彼の腹が鳴った。「あ、腹が減っては戦が出来ぬ、ですね」「通りで勝てないわけだ」助けた子供に連れられて、腹ごしらえをした、彼の旅は続く。
【特訓】
飛行機が僕の横を落下していく…。「わっ!…はあ」またあの夢だ。何度も見るこれは一体何なのか。「おーい、今日もやるぞー、起きろー」これは毎朝恒例の一日の始まりを告げる声だ。「何だ?眠そうだな。特訓を始めるんだ。ちゃんと顔洗って目覚ませよ!」「はい。…はあ」癖であるため息がまた漏れた。《SONGの隊員には、本部から武器を与える。それは剣・槍・弓の中から各部隊の特性を活かしたものである。その武器以外を使用することは認められず、もし壊れれば新しく同じ種類の武器が支給される。但し、この規則は、特訓を合格した隊員のみを対象とし、その他の隊員、即ちエチュードの隊員には、練習用の武器として木刀を与える。》このような規則が箇条書きに纏められた“SONG条例”は、宿舎の各部屋に分厚い本となって置かれている。特訓初日にナイルさんはこの本をペラペラと捲ると、この文を読み上げ、僕に木刀を渡した。そして、木刀を使ったありとあらゆる筋肉を鍛える厳しい特訓が始まった。あれからナイルさんは、毎朝仕事前に顔を出す。本職であるSONG総司令官の身辺警護があるにもかかわらず、一日も欠かさない。何のためか。それは、初めに約束されていた僕の特訓だった。僕が配属された小隊“ドレミレド”のメンバーも巻き添えになっている。小隊ドレミレドは、SONGの部隊名だ。SONGの組織図を見た時、最も下に位置する。同じ位置関係には、レミファミレ、ミファソファミ…シドレドシと音階で名づけられた部隊がある。これらの小隊はすべて大隊に所属し、僕らが所属するのは大隊“エチュード”で、他には、“ソナタ”“ロンド”などがあるらしい。これぐらいが今SONGについてドレミレドのメンバーに聞いたことだ。その最下位にいる僕らを鍛え上げることは、SONGの今後の発展にも寄与するらしい。その理由に、ここは、全世界の平和を守るSONGの本部基地に在籍する多くの隊員が寝る宿舎でもあるからだという。つまり、僕らの働きが良ければ、任務に疲れた隊員がきれいに保たれた部屋を見て癒され、また明日から新たな任務で良い働きができると言うわけである。その事を何度も言われ、頭では理解したつもりでも、毎日の度重なる特訓と勿論毎日行う荷物整理、清掃などの雑務で、身体は悲鳴を上げ始めていた。「おーい、早くせんかー!」そうだった。急いで僕は寝間着から隊服に着替えた。まさかこの派手な色の服を自分が着ることになるなんて夢にも思わなかったな。「よーし、来たか。まずは腕立て伏せだ!今日は何回ではなく、五分間だ」「はあ…」「はあ、じゃない!はい、だ!」「…はい」「元気がない!」「はい!」特訓はまるで地獄の修行みたいで、今日も同じのようだ。「お、もうこんな時間か。私はそろそろ行くが、ノルマの素振り、ちゃんとやっておくように!俺は行くが、お天道様は見ているからな」「はい。…ふう」最後の気合を振り絞り何とかすべてのメニューを終えた。「はあ…。もうだめだ…」ふらふらになりながら宿舎に戻ると、部屋にまだ誰も戻ってはいなかった。(あれ?まだ特訓しているのかな?あれ以上に?彼らもやるな…)そう思っていると、いびきが聞こえてきた。あれっ?何だ、もう帰ってきていたんじゃないか、どれどれ。と、いびきのする押し入れの扉を開けると、そこには誰もいなかった。いや、人はいないが、そこには、ぶち模様の猫が一匹いびきをかいて寝ていた。(なんだ?この猫?)見ると、ものすごい不細工な顔で寝ている。でも、よく見ると、かわいい気もしてくる。「お前もひとりぼっちなのか…。ぶち模様でひとりぼっちだから、ボチと名付けよう」その時、部屋の扉が開いた。「おっ、帰ってたか。あっ、こいつ、また勝手に」そう言うと、短気な隊員は無理やりボチの首根っこを掴むと窓から外に放り出した。放り出したといってもここは一階なので、何の心配もいらない。「お前、まさかあの猫を部屋にいれたわけじゃあないよな?違う?じゃあ、あの猫どうやって入ってくるんだ?不思議だなあ。まあいい、今日は一番風呂を頂くぜ」そう言って、彼は風呂に行った。僕は外を見る。ボチは草の茂みで横になっていた。(それにしても安らかな顔して寝てるな…)どことなくボチに対して親近感が沸いた僕は、ボチの気持ちになって、横になってみた。そして、なんだか気持ちよくなってそのまま寝てしまった。明くる日、筋肉痛の体に痛みを感じながらも何とか起きた。例によって、ナイルさんは外で待ち構えていた。「よーし、今日の特訓を始める!」僕らの特訓は続く。
【続・二人の男】
旅を続ける男の一人は、名前をオサフネと言う。由来は、彼が持つ剣の名がオサフネだからである。では何故剣の名前と同じなのかと言うと、彼は記憶喪失で、名前も思い出せない為に仮の名として名乗ることを、剣を購入した商人の子供に勧められたからである。但し、彼の本名も、又それ以外の彼の事を良く知る者が側にいる。それは、旧友のダイアンである。もう1人、シュンという仲間がいる。彼は、奇石と呼ばれる謎の石を何故か沢山持っており、これが彼らの旅を支えていると言っても過言ではない。オサフネ、ダイアン、シュンの3人の旅は、仲間が更に4人増えていた。1人は、自信がなく他人の真似をして生きてきた少年マーリン。彼は孤児で、平和な町で1人暮らしていたが、その町の改革を望む者たちによる暴動に居合わせた旅の3人の活躍を見て、特にオサフネに憧れた彼は勇気を出して旅に参加したいと申し出た。「いいよ。旅は多い方が楽しいから。」次の1人は、元パパラッチの青年プークス。元々彼は、有名人のスクープを撮るため世界中を回っていたが、ある時突然辞職した。理由はもっと人を感動させるものを撮りたいという願いからだった。そして、砂漠に佇む一軒の酒場“ゲルセポネ”で彼は旅の4人と出会う。彼らの奇石によるパフォーマンスを見た時、彼は思わず写真を撮った。ある理由で店を飛び出したオサフネを追いかけ、写真を渡すとともに、より良い写真を撮りたいと旅に参加した。「いい写真ですね。分かりました。」次の1人は、和服姿の青年タケル。彼は、大災害により甚大な被害を受けた元刀国出身の者である。彼も旅の者で、道中で行き倒れているのを旅の5人に発見された。助けてくれた人物に必ず恩返しをする彼は、彼らが旅の楽しみにしていた“闘技大会”までの案内役を申し出た。何故なら、その開催場所は彼の出身地元刀国だからだった。「よろしく頼むよ。」そして、最後の1人は、その闘技大会の常連の格闘家タイミャー。彼は、独自の拳法に自信があり、会場の側の道で出会った旅の6人に腕試しの勝負を仕掛けてきた。代表で戦ったタケルに癖のある拳法を逆手に利用され、敗北した彼は彼らの仲間入りを志願した。「…いいですよ。」代わりにタケルは案内を終えると彼らに別れを告げた。「大会には出ない?」頷くだけで訳を話さず足早に去って行った。「またどこかで。」残された6人は闘技場へ向かった。闘技大会は年に一度開かれる、盛大な大会である。マーリン、プークスを除いた4人が闘技大会にエントリーした。「みんな、お互い頑張ろう!」初戦から決勝戦まで全部戦うと5試合ある。1回戦は、全員突破。その後、タイミャーとダイアンは2回戦で敗退したが、シュンとオサフネは健闘し、3回戦まで突破した。そして、残るは4人となり、その1人のシュンが闘技場内に入る。しかし、対戦相手は一向に現れない。さらに、もう一つの試合を行う2人も現れない。場内が不穏な空気に包まれる。突然姿を消したオサフネを探しに、応援席にいた4人は会場中を探し回る。次に備えていたシュンも探し回り、闘技場の裏にいる4人に合流した時事態を知る。オサフネは、少し前、錯乱し、そのまま行方をくらませた。その手にはある剣を手にしていたと言う。この証言はオサフネと共にいた者のものだった。彼こそ、オサフネの対戦相手であり、なんと名前を“おさふね”と言う人物だった。彼は何か事情を知るのかすぐに後を追う必要があると言った。現場にいたもう1人が既に追いかけているが、その者だけでは抑えられる事態ではないようだった。彼は、オサフネ《ここからは、区別のため旅側をオサフネ、他を長船とする》が今手に持つ剣こそが危険だと言った。“アブソリュート・スィン”という名のその剣は、手にした者を悪魔に化すとされることから、世間でこう呼ばれ恐れられていた。―悪宿剣。それは、マロー・ノワールが指名手配犯となった原因の剣であった。
旅を続ける男の一人は、名前をロンドと言う。彼には尊敬する人物が二人いる。一人は、彼の父だ。彼にとって父は親でもあり、自分を鍛えてくれた師でもあった。その父の命を奪った張本人である者―シャドウを追う為、彼は今旅をしている。そして、もう一人は、かつて世界を救った“英雄リンク”である。その人物は、彼にとっても紛れもなく英雄であり、一族に代々伝わる『あなたの先祖は英雄リンク』という言い伝えが今まで何よりも誇りだった。勿論、彼の愛読書は、英雄リンクの活躍の数々を記した『英雄リンクの伝説』という伝記である。その中にある世界中を旅し、戦いを繰り返しながら人々を救った話が、彼に旅をさせる後押しをしたのかもしれない。だが、彼は物足りなさを感じていた。それは、英雄リンクには仲間がいたが、自分にはいないことだった。対象となった子供の父親を家で休ませている間もその事を考えていた。「やっぱり、あいつも連れてくるべきだったかな。リンク様も後輩を旅に連れていたし。確か、名前は、ブルース…」その時、外の方で何やら騒がしくなっていることに気づいた。気になって外を見ると、町の人が慌ただしいのが見えた。何かから逃げているのか、と彼は思った。まさかシャドウの仕業だとすれば見過ごすことはできないと思い、彼は現場に向かった。「あれは…!」彼の視線の先には、獰猛で牙をむき出しにして人を襲おうとする獣がいた。獣は、この世界において体格、力、性格などが動物とは一線を画す生物の事である。その中でも今目の前にいるのは、“百獣の王ライオン”だった。(噂には聞いていたが…でかい)ライオンが雄叫びを上げ、今にも倒れて泣いている親子を襲おうとしている。彼は止めに入ろうとしたが、獣のあまりの大きさと威圧感に足が動かなくなった。今までの獣とはケタ違いだった。(くそっ、このままでは…)ライオンが爪で襲う、その時、どこからか人が現れ剣で防いだ。ライオンは、一歩下がったが、すぐ次の攻撃をする姿勢を取った。それに対し、先ほど攻撃を防いだ者が動かない。やられる、と思った時もう一人現れ、ライオンの後ろから攻撃した。続いて、初めの一人がライオンの前足目掛け攻撃した。ライオンは二人の同時の攻撃により傷を負い、苦しんでいる。(助かった…)と彼が安心したのも束の間で、ライオンは痛みで暴走し彼に向かって走ってきた。その勢いは助けに来た二人にも防げなかった。「君!避けろ!」そう言われても、彼は動けなかった。いや、動かなかった。何故なら彼が避ければ後ろにはあの親子の家があるからだ。「君!死ぬぞ!」彼は決心した。「俺が倒す!俺は、どんな壁をも乗り越える男、ロンドだ!」ライオンが全力で彼に体当たりした。その後、鈍い衝撃音がして、辺りは静かになった。泣いていた子の母親は目を逸らしていたが、前を見た。「…まあ!彼が倒したわ!」この母親の言う通り、彼はライオンを倒した。「…な、あのライオンを倒しただと?」「武器も持たずにどうやって?」彼は動けない代わりに、拳を前に突き出したのだった。その拳がライオンの額に直撃し、そのまま気絶した。「…すごい!」彼は自分でも驚いていた。何故なら心の中ではライオンの威圧感に気圧されていたからだ。「確かロンド君と言ったね?君は町の人かい?」「いや、旅の者だ」「そうか」そう言うと、あの二人が何やら話した。「君、僕らはこういう者だ」そう言って名刺を渡してきた。「“国家防衛特殊部隊”…?」「ああ。略してSONGの隊員だ。知ってるよね?」「いや、知らない」彼は生まれてから道場があるだけの島で暮らしてきて世界の事があまりよく分かっていなかった。「そうか。まあいい。それよりも今の見させてもらった。すごいね」「でも傷を負ってたし」「いや、傷を負っていても素手で一撃では簡単に倒せるものじゃない。君、良かったら僕らの仲間にならないかい?」それを聞いて彼はある言葉に惹かれた。「仲間…」それは先ほど物足りなさを感じていたもの。「そこは強くなれるか?」「勿論だとも」「そうか…なら、受けてやるぜ!」
【ノワール】
ある夕方。「おーい、ちゃんとやってたか!」教官、ことナイルさんだ。この人は夕方に倉庫兼宿舎へ来て、特訓の成果を確認しに来る。「やってましたよ。もう腕がこんなに…」「大分筋肉がついてきたな!俺が直接教えているからな。当たり前とも言えるが。その調子で明日も励めよ!」「はい…」「返事が小さいぞ!マロー・ノワール!」「はい!」ナイルさんを見送り、何とかして部屋に戻る。特訓が終わってから先輩隊員の部屋を掃除したり、資材の入った倉庫を整理したりしてふらふらになりながら布団に入る。それが日常だった。(はあ…何とか乗り切った)僕は目を閉じると、昔の出来事を考える。僕の名前、ノワールには意味がある。その意味は“黒”。ただ、隠された僕の名前の意味は、“悪者”だ。僕の名前を聞いて味方になる者は少ない、総司令官グレートさんは言った。この由来は話せば長くなり、何回か分けなけなければ話せないほどだ。これは母親から聞いて驚いた。代々伝わるという、名前の元になった僕の祖先の話。その人は、幼い頃小動物が好きで触れ合いながら育った心優しい人だった。ある日、はぐれた小動物を追いかけていくと、その小動物を連れて行こうとする人たちがいた。その人が返してほしいと頼んでも、返してはくれない。その人は悲しみ、怒った。ついに、感情が抑えきれなくなった時、とんでもない力が解放された。気絶したその人が目を覚ましたとき、森ごとすべて消えてなくなっていた。これが全ての始まりだった。この出来事がその人の存在を世に知れ渡る発端となった。その人の家族の抵抗もむなしく、ついに世界征服を企む国の王に捕まった。当時世界では戦争が起きていて、その切り札に利用しようとした。詳しいことは伝わっていないけど、その人は、必死に力を暴走させまいと抵抗したと思う。それでも、結果的に、その人を利用した国も他国もすべて壊滅的な被害状況だった。その人がすべて悪かったわけではないのに、この事件で家族は戒めとして“悪者”の意味で“ノワール”の名を代々継ぐように決められた。その後、家族は世界各地に散らばるように身を隠したという。今回は、ここまでにしておこうと思う。“マロー・ノワール”。この呪われた僕の名前が作り上げる闇が僕に不運となって苦しめてきた。そして、恐らくこれからも苦しむのだろう。何だか、そう考えると目の前が暗くなってくる。いや、これは、睡魔だ!特訓による疲労で体が限界を知らせている。あのナイルという人も、恐ろしい。ああ、恐ろしい…zzz。
【続・続・二人の男】
長船、それは世界的に有名な名刀である。又、それを代々製造し、それを自ら愛用する家系があり、代々の当主の名も長船という。そして、今、ダイアン達と共にいる人物が現当主だった。「…つまり、あなたもオサフネさん?」「如何にも。拙者は居合切りの達人と言われる、長船である。しかし、これは何たる偶然。正統な長船である拙者の前に、2名のオサフネが現れるとは…」「え?2名?」「如何にも。今皆に追われる者と、皆と追っている者。勿論、拙者の他に」「…私だ」「いつの間に!」「何をいうんだ。さっきから一緒にいただろう」「影が薄い。シュンといい勝負ができる」「拙者と彼は君らと会う数刻前に、今追われる方のオサフネに出会った」そして、長船がオサフネにあった時の事を語り始めた。長船は試合前の準備をする為、闘技場の裏へ来た。そこにはオサフネとおさふねがいた。その二人は何やら話していた。耳を澄ますと、「これ抜けないんですよ」「試してみます」という会話だった。おさふねがオサフネに剣を手渡そうとした。その時、長船は咄嗟に体が動き、それを止めた。おさふねは動揺した。長船も自分でも一瞬分からなかったが、思い出した。それは、過去に禍根がある忌々しい剣だった。見るからに忌々しいので分かった。「すまなかった。その剣に見覚えがあった故、体が勝手に反応した」それは悪宿剣と呼ばれ、一度抜くと手にした者が悪魔と化し、その後は災難になる。しかし、それは心に闇を抱える者、即ち選ばれし者にしか抜けない仕組みだった。「ところで、あなたは?」「拙者か?お主、見たところ、なかなか手練れと見える。ならば、この剣をご存知か?」「長船ですよね?私も持ってますよ」「真か?実は拙者はそれを代々製造する名門、居合切りの達人と言われている長船である」「あなたが!」「良き反応。この剣を持つ者に一つ、お主、これで人は斬ったか?」「いや、まだ」「なら良い。これは人を斬るために造られておらぬ。人を守るために使ってほしい思いが込められている」「なるほど。肝に銘じます。因みにですが、私と彼、共に記憶がなくて、名前をこの剣に借りているんです」「そうであったか。よし、彼にもこの剣について…」その時、オサフネは、ぽつりと言った。「あれ?抜けちゃいました」近づいていた長船は恐れで驚愕し、立ち止まった。「うおおおおおおお」突然オサフネが雄叫びを上げた。一方、おさふねは失っていた記憶を取り戻した。「そうだった…、全部思い出したぞ。私の名はクリスピー・ドサン。私は欲望に負け、自らあの剣を盗みだしたのだ」「何て哀れな…」「だが、私は、かつて、あの剣の暴走を止めた事がある」「まさか、あの時、あの場所に…?」「ああ…あの暴走を止めようとして私の父は…。だが、その忌まわしき剣を、二度と開けてはならない禁断の箱を…」「いかん!彼をあのままにしておけぬ。あの忌まわしき事件が再び起きてしまいますぞ!拙者は追う!お主は?」「おう!勿論追う!」すべてを語り終えた長船は走りながら皆の方を向いた。「そんな事が…」「応。あの者の速度は尋常でなく拙者らはみるみる離されてしまった。それから其方らが現れた」その時恐る恐るマーリンが尋ねた。「あの、もしかして今巷で話題の指名手配犯というのはまさか貴方では?」「恐らく、そうだ」「「え!」」一同は全員立ち止まり身構えた。それを何とかして抑えようとクリスピーが言った。「安心してほしい。今はあの事件と同じ事は二度と起こさないよう努めるし、あの事件については自主するつもりだから」一同はしばらく悩んだ末に、長船が言った。「どうやら本心のようである。彼の目がそう言っている」それを聞いて、ダイアンは言った。「その言葉、信じますよ」「忌まわしき事件について聞いていいですか?」シュンが質問した。「聞きたいか…しかし、兎に角今は一刻も早く彼を見つけ出さねば、彼のためにも」「はあ。じゃあまた今度聞かせてください」「ところで、大会は大丈夫でしょうか?」マーリンが心配した。「う~ん。たぶん何とかするだろう」「おい、お主ら、急を要するぞ」一同は再び走り出した。その頃、オサフネもまた猛烈な勢いで駆けていた。溢れ出る力が全身に沁みわたっていくのが分かった。「うおおおおおおお」そう、彼はこの瞬間、悪宿剣に選ばれた。それからオサフネは悪魔と化し、目にも止まらぬ速さで疾走する。海を渡ると、前に塞がる樹齢千年の木を薙ぎ倒し、行く手を阻む翼が体長の5倍はある巨大な獣を一撃で斬り伏せながら進む。もう誰も彼を止められないのか。
リンク、それは世界的に有名な英雄の名である。ロンドは、その人物を心から尊敬し、その活躍を記した“リンクの伝説”を愛読書にしている。そんな彼は今、SONG基地の中で最寄りにして最大の基地、SONG本部にいた。「大変忙しい中謁見有難うございます、総司令官殿。ライオンの討伐報告に加え、SONG隊員候補者発見報告がございます!彼は我々が武器で戦ったのに対し、自らの拳でライオンを仕留めたのです!彼の同意の元、連れて参りました!」「…そうか。そのライオンを素手で倒した君、名前は?」彼は名前を聞かれ深呼吸した。「…俺は、かの有名な英雄リンクの21代目の子孫、ロンドだ!!」その声の大きさに周りの隊員は驚きを見せたが、総司令官は驚かずに言った。「ほう、あのリンクの子孫か。ならば、その実力、見せてもらおうかな」「望む所だ!」「良い意気だ。だが、そんなに入隊を希望するのなら、去年なぜ受けなかった?まさか落ちたのか?」「この俺が落ちるだと?去年は知らなかったから受けていない。つい先日旅の途中で知って飛んで来たんだ!」「なるほど。ついてきたまえ」総司令官が彼を案内した先は、SONGが有するコロシアムの地下だった。「ここでは、SONG隊員の入隊試験では特例の場合に用いる訓練用の獣を飼育している。見えるかな?あの柵の向こうにいる獰猛な獣と対戦して見事に勝つことが出来れば特例として入隊を認めよう。万が一危険な場合は笛で安静に出来るから安心したまえ」彼は自分が下に見られたようで気に食わない顔になった。「その顔なら大丈夫だ。対戦は、来週だ」「今すぐでいい!」「ははは。その気合を来週に取っておいてくれ。これは通例の事で、特例試験を行う際は観客を呼ぶために1週間先にする決まりがあるんだ」その時、近衛衆が総司令官に言った。「本当に大丈夫でしょうか?特例試験の一つ、獣との戦闘は、以前候補者が出血したことで獣が興奮し、観客にけが人が出た為に一時禁止されていましたが」「大丈夫。あの日は初めてのことで対処に手間取ったが、今度起きた時は予測が出来ている」「そうだといいんですが…」「大丈夫。あの男の目を見てみろ。あれは…本気の目だ。それに、いざとなったら、私が止める」「了解しました」「おい、聞こえてるぜ。それは俺が負けた後の話だろ。そんなことは絶対にない!」「それなら今度実際に証明してもらおう」「任せとけ!」「幸運を祈る」総司令官は後の手続きを近衛衆に任せその場を去った。彼は、ライオンを素手で倒したことで自信がついており、自分を下に見ている総司令官の事をどうも好きになれずにいた。
【宇宙人、現る】
ある朝、突如事件は発生した。ドゴーン!!!「何だ!?」物凄い衝撃音で、目を覚ました。倉庫兼宿舎にいた周りの隊員も全員起きたようだった。その音がした方へ皆が向かった。そこには、土煙が立ち込めていたが、やがて正体が現れた。「何だ!?」それは、人でもなく、物でもなく正体不明の生物だった。これを未確認生命体というのだろう。「…フフフ、ツイニツイタゾ」「喋った!」誰かが言った。「ヨクキケ、ワレハ、ウチュウノカナタニアルロニョセイカラヤッテキタ、ロニョセイジンダ!」しばらく沈黙があった。「…アレ?ナゼダマルノ?」誰かが叫んだ。「侵入者だ!捕らえろ!」「チガウ」「待ってください。奴は得体が知れません。一体どんなものを隠しているか…」「ソウダ」誰かが勇気を持って聞いた。「宇宙人なんて本当にいるの?」「イル。ワレガソウダ」「そんな話信じられるか!」「ナニヲ。ワレノスガタガナニヨリノショウコ」確かにそれ(・・)は、顔が非常に白く、長かった。特に額部分が長かった。それなのに、胴体部分は僕らと変わらなかった。また、誰かが勇気を持って聞いた。「…じゃあ、仮に本当だとして何のために来たんだ?」「ヨクキイタ。…ソレハ、ココ、チキュウヲワレノモノトスルタメダ!」それを聞いた隊員たちはその場にある武器を手に取った。「ナンノマネダ?」「今、否定しなければ、侵入者とみなし対処する!」「オイ、マテ」隙を与えてはならないというSONGの教訓から、数人の隊員たちはそれ目掛け駆け出した。「マテ!ヤメロ‼…スマナカッタ。イマノハジョウダンダ、ジョウダン。ホントウハタノミガアッテキタ」数人の隊員たちは急停止した。「頼み?」「本当かよ」「ホントウダトモ!シンジテクレ!ワレ…イヤ、オレハモトハニンゲンダッタ。ダガ、アルヤツラニダマサレテコンナミニクイスガタニカエラレタンダ!」隊員たちは武器を下した。「ある奴らって?」「ソレハオレニモワカラナイ」「騙されたというのは?」「モトモトアルバイトノボシュウデイッタ。デモ、ホントウハチガッタ。アア、イウノモオソロシイ」全員が集中していたので、同じようにこけた。「言ってくれ!」「ウン、ワカッタ。ソコデハジンタイジッケンガオコナワレテイタ」「人体実験!?」「ソウ」「どんな?」「イウヨリ、ミテモラッタホウガハヤイ」そう言うと、それは全身が光り始めた。全員が固唾を飲んで見守った。それは、みるみる姿が変わり丸い姿になった。「変身した!」「本当に人間だったの?」「嘘でしょ」「ソウオモワレテモシカタナイ。デモ、ホントウダ」誰かが言った。「それで結局どんな実験だ」「ソレハ、モウワカッタデショ」(分からないよ)誰もがそう思った。「アナタガタ、タイインデスヨネ?ダッタラワカルハズダ。コノスガタニミオボエガアルトオモウ」またしばらく沈黙があった。誰かが独り言のように言った。「…まさか、ゼラチン族じゃあるまいし…」「ソレダヨ!オレガウケタノハ、ゼラチンゾクトニンゲンノガッタイジッケン」「「ええ!!」」全員が驚いた。ナイルも驚いた。「おお!…オホン!君たち、何の騒ぎだ?」その声を聞き、特に上級の隊員たちは驚いて敬礼した。その中で、隊長らしき隊員が答えた。「はっ!先ほど、この宿舎に、突如未確認生命体が現れ、その確認と詳しい聞き込みを行っておりました!」「そうか。だが、今何時だと思ってる。任務開始は当に過ぎてるぞ。ここはいいから!出動!」「はっ!」慌ただしく、上級の隊員たちが出かけていき、その場は未確認生命体とナイルと“ドレミレド”だけになった。ナイルは言った。「君、名前は?」「オレノナハ…タシード・ガルア・デ・ロニョテシクリャロニョロニョルスニテヲイカセ、ダ」「長…嘘だよね?」「スミマセン。ロニョ、デス」その後、ナイルは初めの姿に戻ったロニョを連れSONG本部に戻った。マロー達、下級隊員は当然その場の後片付けをせざるを得なかった。その日の午後、ロニョが帰ってきた。話を聞くと、彼の元の姿に戻りたいという熱意に押され、彼に実験した者の捜索をSONGは引き受けた。その代わり彼は特別に短期間SONG隊員として働くことになった。「ヨロシク」彼と一緒に後片付けを続けて、1週間以内に終わった。この騒動に直面したドレミレドの僕らは、総司令官の計らいで、コロシアムで行われるという特例の入隊試験の見学に招待された。そこで、マローとロンドは出会う事になる。
【特例試験】
特例入隊試験当日。コロシアムにて。「いよいよか」「いよいよです」「…それにしても試験の彼、なんて強さだ。簡単に百人抜きしてくれるとは」「…そうですね」「これは期待の新人だぞ」「まだ合格と決まったわけでは」「…ところで、前に座っている彼は誰だ?」「ああ…彼は例の、落下してきた」「そうかそうか、彼もいたか。依頼人でもあるからな。見るのは初めてだが、やはり長いな」「長いです」「ちょっと話してこよう」総司令官はロニョの側に近づき、彼の背後に回るとそのまま頭をつつくように触った。「おや、やはりプニョプニョしている。噂は本当なのだな」「…アノ、コトワリモナクサワルノヤメテモラエマスカ。ビックリスルノデ」「これは失礼。興味があったものでな。でも、君、その頭不便じゃないか?」「スコシフベンデスガ、マダマルイカタチカコレシカヘンシンデキナイノデ」「なるほど。面白い。ひとまず今日は楽しんでくれ」「ハイ」総司令官は話が一段落すると元の席に戻った。「いやー気持ちいいな、あれ。たまに触ろう。そういえば、ドレミレドの彼が言っていたよ。もう少し特訓のレベルを、特に個別の方を下げてほしいと」「そんな事を言いましたか。弱気な発言を、しかも総司令官様に言うとは」「まあまあ。彼は未経験だし、もう少し下げてあげて」「…分かりました。でも、元は貴方様が提案した事ではありませんか?」「確かに。まあ、それも彼の能力を確かめるため」「まさかあの話本当なのですか?」「分からない。ただ様子を見る必要はある。お、もうすぐ始まるみたいだ」コロシアムには周辺の住民や休みの隊員たちが集まり、会場の席はほぼ埋まっていた。あちこちの話声で騒がしい中、演奏が流れた。これがSONG の入隊試験の始まりの合図である。演奏中にまず、審判団が入場した。演奏が終わると会場は拍手に包まれた。審判長がマイクを取った。「ええ、本日はお集まり頂いて有難うございます。本試験は二段階構成となっております。本日は、第一次・SONGの精鋭たち百人抜きを突破した者のみ対象に行う、第二次・SONGが飼育する獣との一騎打ちとなります。では早速試験の方を進行してまいります。まず候補者の入場です」すると、閉ざされた門が開き、そこから全身赤い衣服を身にまとった者が現れた。その男、ロンドは闘志に満ち溢れていることが一目瞭然だった。ロンドが所定の位置につくと、再び審判長がマイクを取った。「続いて討伐対象の獣を投入します」今度は閉じられた柵が開かれ、そこからは、大きな牙を持つイノシシに似た大型の獣が現れた。人の3倍の高さはあった。その獣もだいぶしつけられているのか所定の位置について止まった。「では、これより、特例入隊試験第二次を開始します」そう言うと、審判長はマイクの代わりに合図用の銃を取り、それを上に向け、パーン、と鳴らした。「はじめ!」すると、獣が先ほどとは打って変わり、暴れ出す準備動作として前足で地面を蹴った。「突進をするようだ」ロンドは腕を組み微動だにしない。獣は逆に挑発されたと思ったのか突進を開始した。ロンドは動かなかったがギリギリのところで避けた。「あの突進を避けるとは、彼やるな」獣は勢いを弱めるのが苦手と見えたが、コロシアムの壁の寸前で方向を変え、突進を再開した。しかし、再びロンドは寸でのところで躱す。獣も再び壁の手前で方向転換し突進する。その後しばらくロンドが避け、獣が突進する繰り返しだった。観客からは同じ展開に不満を言う者もいた。そこで、獣が同じ手法を止めた。獣は突進はやめ、コロシアムの周りを走り始めた。獣の勢いは更に加速し、ロンドの周りを回った。この勢いで突進すれば先ほどまで以上に勢いが増し避ける事は困難になる。しかし、ロンドは依然として微動だにしない。獣は耐えきれずロンドに迫った。ロンドはまだ動かない。観客がぶつかる、と思った時、ロンドが獣の腹部に滑り込み獣の体にしがみついた。獣は予想外の事に驚き、壁寸前の方向転換が遅れ、壁に少しめり込みながらも走り続けた。コロシアムは大変な振動に包まれ、今にも破壊しそうだった。いや、既に壊れていた。「皆さん、直ちに外へ避難してください!急いで!」会場は騒然とした雰囲気に包まれた。観客は逃げ惑い、更には総司令官までも逃げていた。試験どころではなかった。マローも同じく逃げ始めた。しかし、ここでマローの不運が発動した。落ちてきた瓦礫に足を挟まれてしまった。助けを求めた時にはもう誰もいなかった。(こんなところで死ぬなんて…)その時、誰かに声をかけられた。「大丈夫か!今助ける!」その人は瓦礫の下に手を入れ持ち上げようとしたが、重く無理だった。「くそ!だったら…」そう言うと、拳を握りしめ、そこに息を吹きかけ、念じた後、勢いよく瓦礫を殴った。「壊れろ!すると、忽ち瓦礫にヒビが入り粉々になった。「す、すごい…!」「俺はどんな壁も破壊する男、ロンドだからな!それより、早く出るぞ!」そして、彼らはそのまま外に向かった。「やったな…初めてあんなデカい岩壊せた。それより見たか!俺の最後の蹴りをよ!」「蹴り?今のはパンチじゃ?」「何言ってる?試験の話だよ!ケリを付けただろ、蹴りで!今頃気絶してるぜ?」土煙の中をよく目を凝らすと、確かに獣が倒れていた。ここで、マローはその人が全身赤い服であることに気付いた。「あ!あなたは候補者の!」「そうだ。今更気づいたのか!面白いなお前。名前は?」「マロー」「俺は、ロンドだ!あの英雄リンクの子孫だ!よろしく!」「よろしく…」今にも崩れゆくコロシアムの中で、マローとロンドは出会った。
その後、コロシアムは完全に倒壊した。これによる負傷者は奇跡的にいなかった。いや、強いて言うなら、あの獣だった。コロシアムの瓦礫の撤去作業時に獣の遺体が見つかった。本来生きたまま倒すことが試験の内容だった。それを踏まえ、総司令官は決断し、今自分の部屋に招いたロンドに向かって言った。「君、何したか分かってるかな」「言われた通り、気絶させただけだ!」「気絶の意味を知っているかな。動かないようにすることではあるが命まで奪うことではない。それに、コロシアムがあんな事に…」「あんな事になったことは謝る。でも、それはあの獣が暴れたせいだ」「まあ、コロシアムも老朽化していたし仕方ないとも言える。しかし、あの獣を暴れさせるようにしたのは君だ。あんな戦い方をせずとも気絶させる方法はあったはずだ。頭を使えばいくらでも。むしろあの獣はああ見えても冷静で賢かった。」「…何言ってやがる!あんなに真っすぐにしか進めない奴のどこが賢いんだ!」「あれはそういう獣の特性だ」「なら、事前に教えておいてくれ!それなら、こっちにも対応の仕様があった。こっちは獣相手に戦うのなんてまだ2回目だ!」「落ち着け。君は合格だから!」「…え、今なんて?」「だから、合格だ」「本当か!?やったぜ!!」「こちらも人員が不足している状況。それに君の実力は認める。故に、君の入隊を認めよう。早速、明日から配属先に加わってもらう。但し、君のやり方には頂けない所がある。少し乱暴な所だ。今後気を付けたまえ。以上だ」部屋を後にしたロンドは合格した事に喜んだのも束の間、自分の至らない点を指摘した総司令官の事をやはり気に入らなく思っていた。ただ、少し乱暴な所について気にしてもいたのだった。とにもかくにも、ロンドは、この時、SONG隊員となった。
【異動】
それから、1週間後、ロンドはその実力を試されていた。「行けー!」「「はい!」」今、ロンドの目の前には数種類の獣がいた。それらは訓練用の獣で、隊員であれば誰もが戦う相手だった。一種は“ガブリエル”。対象を丸のみにして強力な胃酸で溶かし捕食する。しかし、極めて弱い。万が一のみ込まれても仲間が救出すれば何の問題もないが、数秒で胃酸を発するので素早い対処が必要である。一種は“ヒヨッコリー”。その名の通り、何処からともなく現れる鳥獣。成長してもヒヨコ程度の大きさしかないが、甘く見てはいけない。頭蓋骨が非常に硬く、それを活かした頭突き攻撃が得意である。しかも小ささを補い集団で行動する習性から連続の頭突き攻撃には要注意である。最後の一種は“プラント”。文字通り、植物の獣。木に極似しているが、明らかに違う点がある。それは根で動いている点である。枝分かれした部分を使い攻撃してくる。又、そこを切り落とすと、それが新たに別の個体になる。この次々と生まれる事から、名前は工場の意味も持つ。その為、倒すには幹を狙って攻撃する必要がある。ロンドはその中でヒヨッコリーを狙った。何故なら、自らの拳でその頭蓋骨の硬さを上回るためである。そして、次々に襲い掛かるヒヨッコリーたちをロンドは次々と気絶させていった。その間に他の隊員が残りの獣を片付けていた。「よし!今日はこれで終わりだ。皆、お疲れ!解散!」訓練は同じ小隊から2人1組になって行う。小隊は7名で構成される為、余った1人である小隊長が訓練の指揮を執る。訓練が終わると更衣室で着替え、組ごとに一日の反省を行う。その後、隊員は就寝前に余暇を過ごす。そんな中、ロンドは誰よりも先に就寝する。「おい、見ろ。彼また一人先に寝てるよ」「良いよ。彼は俺らとは違うんだ」ロンドにはある目標があった。今までの歴史で入隊から最短の近衛衆になり、あの気に入らない総司令官グレートに決闘を申し出て、勝利する。そして、自らが総司令官となり、部下となったグレートに対して上から目線で指示を出す。その目標を実現するため今日もロンドは誰よりも先に就寝するのだった。
同じ日、マローは特訓の成果を試されていた。「来い!」「とりゃー!」「初めに比べ良くはなった。だが、まだだ。気迫が足りん!」既にこの日通常の任務、即ち清掃や物資の整理を終えてからかれこれ3時間ずっと特訓は続いていた。「とりゃあー!」「違う!もっと命を懸けて剣を振れ!」「くぅ…」マローは疲れが限界に達し、自棄になった。「の、のりゃー!!!」「いいぞ!それだ。今の感覚を忘れるな」「はあ、はあ」マローは倒れるようにその場に伏した。「よく頑張った。これでようやく全て終わりだ」「すべて?」「ああ。私の特訓、つまり私の役目が。もうお前さんは一人前の兵士の仲間入りだ。明日からお前さんは異動になる」「え!?ど、どうしてですか?」「ついこの間来た、ロニョとかいう者がドレミレドに入る事で定数がオーバーしたんだ」「それならドレミレドの隊長を」「あいつはここが合ってるからこのままにする。他の者共も同じ理由だ。だが、お前さんはまだ伸びしろがあると見た」「いえいえ、そんなの…」「聞け!言いかえれば、お前さんは期待されているんだぞ。それに次の配属先は場合によっては今よりも気楽で居られるぞ。場合によっては出動もあり得るが」「しゅ、出動!?」「ああ。SONGにおける出動とは獣の討伐・災害救助が主だ」「えぇ!そんな事まだ無理です!」「今更何を言っとる。安心しろ、そこには優秀な先輩たちもいる。それにもうお前さんは大丈夫だ。近衛衆筆頭の私が言うんだ。自信を持て!」とりあえず、挨拶はしておこうとマローは思った。「今までありがとうございました」「おう。また会う時が楽しみだ」これがナイルの特訓最後の言葉だった。(終わったのか…。長かったようで短かったような、その逆のような…。異動か、不安だな。でも、看守のおじさんの特訓にもなんとか耐えたし、なんとかなる…なってほしい)
【タブラ・ラサ】
更に月日は流れて、現在マローは前の仕事場である宿舎から離れ、SONG本部の建物にいた。仕事内容は前の宿舎での雑用ではなくなり、基本的に任務につくと聞いていた。しかし、その任務は他の部隊と同様の類ではないらしかった。それについてマローは、配属初日に、部隊長であるモゲレオ・ノルマレンディーに聞いた。「本日付で配属された、マローです。よろしくお願いします」「よろしく。ようこそ“タブラ・ラサ”へ。この部隊名の意味は、“白紙”、つまり部隊としての絶対命題はない。この部隊の良さである自由であることでどんな任務もこなすことができる。それがこの部隊の生まれたわけさ。その任務がない時は完全に自由だ。そうは言っても、何も制約がないわけではなく、すぐに動けるように備えていなければならない。でも、それだけ守ればあとはやりたい放題さ。まあ、確かに変わってるといえば変わってるから、“へんたい”と言われる理由も分からないでもない」「へんたい?」「ああ、元々は編入の編に部隊の隊で“編隊”が正しい。だが、周りの奴らはそれを文字って変な部隊で“変隊”と言うんだよ。どう思う?ひどいと思わないかい?」「そ、そうですね…」その後、しばらくモゲレオ隊長が一人でぶつぶつと言い出したので、マローは質問した。「あの、ここでは、主に何をするんですか?」「お?良い質問だね。例えば、総司令官様の書類整理の手伝いだったり、総司令官様の会議の下準備だったり、時には、総司令官様の行く先にいる獣を倒すことだってある。総司令官様の補助の役目をすることが基本だ!」「それって…?」「そう!主に総司令官の雑用だ」「また雑用か…」「そう落ち込むな、新米。僕たちはね、何も抱える任務がないからこそ、何でもできる、可能性を秘めた部隊、私はそう思っている。君もそう思えば、配属されて良かった気がするだろう?まあ、元気を出したまえ」「はい…」「それじゃ、私はちょっと用があるから、失礼する」そして、マローは元々2人しかいなかった部屋に1人残されてしまった。ここの隊員は何人構成なのか分からないが結構広いその部屋に静けさが満ちた。マローは不安感を覚えた。ここに来る前にナイルに聞いていた出動への恐怖が思い出されたのだった。その事に対し、ナイルは優秀な先輩がいると安心させてくれたが、あの口髭のある隊長だとしてもまだ優秀かどうか正直分からない、と思っていた。それに他の人は一体どこにいるのだろうか、それとももしやあの隊長だけで構成されているのだろうか、など様々に考え、今後に更なる不安を抱えていた。その時、部屋の扉が開かれた。「君が、新入隊員のマロー君だね?」「は、はい」マローは突然で動揺した。「ようこそ、タブラ・ラサへ!」何だか聞いたことのある台詞だった。「ここはね、部隊名の通り…」ここまで聞いてモゲレオ隊長と同じ説明だと分かった。「あ、その話聞きました」「え、誰に?」「モゲレオさんに」「ごめん。知らなかった。いやー、僕ら自由だからあまりお互い話さないんだ。それより、僕はペリドット。一応ここの副隊長だ。よろしく」「よろしくお願いします」「まあ、ゆっくり休んで」その後、ペリドット副隊長は椅子に腰かけ、新聞を読みだした。(この人は同じくらいの年かな?もしや、年下かもしれないくらい若い)「あれ?そう言えばマロー君って、今まで倉庫で雑用してたんだよね?」「はい」「という事は、本部基地に来るの初めてだよね?じゃあ、案内するから、ついてきて」「あ、はい」正確には逮捕時に来ているが、話すと面倒なので、そのまま、彼に従い本部基地を案内してもらった。その後も部屋で休んでは思い出したように話を聞かれて答えたり、たまに質問したりして大体の事が分かった。気さくに話してくれるこの人のおかげで思ったより悪くない場所だとマローは思い始めていた。
【暴走者、現る】
同じ頃、ロンドはついに実地任務に当たっていた。実地任務とは、主に国民の暮らす町や村に出没する獣の討伐、災害発生を抑制する活動の2種類であった。これは、訓練を乗り越えた隊員にしか任されず、少なくとも2か月は時間を要する。しかし、ロンドはたったの2週間程度で乗り越え、今に至る。その彼は、今、一体のライオンと対峙していた。「二度目の遭遇だな」ロンドが独り言を言うと、同じ組の隊員が言った。「お、君も?実は僕も二度目だ…。でも、前は危ない所を大隊長に助けられたんだ…」ロンドはライオンと目を逸らさずにじっとしていた。「…聞こえた?」ロンドは聞きながら考えていた。ライオンは、一瞬の油断で死を迎える相手。つまり、不安になるような事は考えてはいけなかった。そこでロンドは一言答えた。「話す余裕あるなら勝つ努力をしろ」その時、ライオンが咆哮した。「ガオオウ‼」「そっちがその気なら、こっちも負けられねえ!」ロンドは持っていた武器を捨てた。「え!使わないの!?」ライオンが向かってくる。ロンドも駆け寄り、交錯した。刹那の後、ライオンは倒れた。その時、陰で見ていた大隊長が拍手しながら現れた。「強い!君はセンスがある!ガッツもある!それにまだ強くなれる!君は向いている!いつかは私の後を任せたいと思う!」ロンドは大隊長に認められ、過去最短となる大隊の副隊長の命を受けることになる。なんと、彼の名である“ロンド”は部隊の名でもあった。部隊名と名前が同じだと紛らわしいという理由で改名を迫られた。彼は、少し考え、すぐにあの英雄リンクの名を使おうと思いついた。「俺はかつての大英雄、リンク様の子孫だ。それなら俺はその名を使わない手はない。リンクとロンド、合わせて“ロンク”!」「おお!素晴らしい!」大隊長は絶賛し、任務に当たる時ロンドはロンクとなった。それからロンクの活躍は凄まじかった。副隊長の候補者たちや元副隊長は、文句を言いたかったが、ロンクの活躍の凄まじさに何も言えなかった。その中で最も凄まじく、副隊長昇進の決め手となった活躍が“悪宿剣”の事件だった。ある日、ロンクは外の任務に就いていた。そこは森の中でも視界が開けた場所だった。その時、遠くの草の茂みの辺りから違和感があった。「ん?何だ?」気になり近づくと、向こう側から何やら聞きなれない音がしていた。それは、剣と剣がぶつかる音だった。その音がする時は人同士の対戦だけだった。草むらをかき分け向こう側に出ると、そこにはライオンの死体と負傷し倒れる隊員、そして何者かが他の隊員に襲い掛かっている光景があった。「ロンク!助け…」隊員が目の前で斬られ倒れた。それは、ロンクに悲しい過去と重なった。その時、相手がロンクを見た。その人物は、瞳は黒く光を失い、無表情で、全身から得体の知れないオーラを発していた。まるで人ではない。例えるなら、悪魔だった。
ロンクは、今目の前で仲間を斬った相手を見据えていた。相手もまたこちらを見ていたと思ったが、焦点が合っていない。ロンクの脳裏にはある一つの事があり、口に出した。「…お前、シャドウだな?」ロンクは相手のその冷徹な雰囲気から自分が追う闇の存在、シャドウだと思い込んでいた。しかし、相手は答えない。「…俺の親父を殺したか」やはり相手は答えない。相手は、地面につけたままの剣を左右に動かしている。ロンクは、相手の反応に関係なく、拳を固めていく。「どちらでもいい…倒されてくれ!」そう言うとロンクは相手を目掛け拳を繰り出した。当たる直前で相手は倒れるように避けた。そのまま剣を振り上げようとしたのを、ロンクは見逃さず、素早い蹴りで剣を持つ手を弾いた。「これは以前お前の仲間にやられた反省から編み出した蹴り技だ!」相手の剣は弾き飛び、遠くの地面に落ちた。相手が体勢を低くした。ロンクは剣を拾う間も与えずに相手の顔面を狙う。しかし、相手も腕で防ぐ。その時、相手は不敵に笑みを浮かべる。一瞬だった。気づいた時、ロンクは地面に横たわっていた。動こうとすると腹部に痛みが走る。痛みをこらえ前を見ると、相手が剣を持っていた。剣を地面に轢き釣りながらこちらへ来る。(やられる…)そうロンクは思った。相手が剣を振り上げた時、何者かがロンクの前に現れ攻撃を防いだ。「ロンク…!大丈夫か?」「ああ…!死を覚悟した。…だが、ここから逆転だ!」ロンクは同じ部隊の仲間アジズに助けられた。アジズは剣で、ロンクは拳で応戦する。しかし、相手の尋常でない力と速さに2人は再び危機に瀕する。「このままでは…」相手が不敵に微笑み、剣を振り上げた時、その剣を何かが止めた。今度は、植物らしきものだった。それは普段特訓相手として戦っている獣プラントだった。「…チャンスだ!」ここぞとばかりにロンクは再び蹴り技で相手の剣を弾き飛ばした。相手は今獣に自由を奪われ、その上武器も持たない。これで一安心だと思った時、相手は剣の鞘を勢いよく獣の胴体に突き刺した。獣は一瞬で倒され、二人はまた窮地に追い込まれた。「…来るぞ!」アジズは相手の攻撃を剣で防ぐ。しかし、相手の力が勝り、度重なる攻撃にアジズは弾き飛ばされた。「大丈夫か!」「…あ」アジズは何か閃いたような声を出した。「お前何か思いついたか!」「…そう言えば、相手が持つ剣、どこかで見たと思ったら、前に盗みだされた悪宿剣という剣にそっくりだなあ、と」相手は見失ったのか剣を探している。「本当か!?それで何か解決できるのか!」「う~ん、分からない…」「おい、思い出せ!何かあるはずだ!その剣の特徴とか!」相手が剣を見つけた。「え~と、その剣は選ばれた者にしか抜けない、抜いた者は悪魔と化す…つまり、その剣を抜くまでは何の効力も無いんじゃ?」「それだ!!」相手が剣を手に、ロンクに駆け寄る。ロンクの目が変わった。相手の攻撃をしゃがんで躱すと同時に足を伸ばし相手を転ばせる。すかさず相手に圧し掛かり、剣を奪おうとするが上手くいかない。よく見れば綺麗な顔立ちをした青年のようだが仕方なく相手の顔を殴る。ついに、剣を奪うことに成功する。それを見て、アジズは叫んだ。「わ!ロンク、自分が悪魔に!」「え…」ロンクも一瞬ヒヤリとしたが何もない。その時、相手が剣を奪いに起き上がる。「ロンク、速く!」ロンクは右手の鞘に左手の剣を仕舞う。すると、相手は嘘のようにその場に倒れた。「お…終わった」2人もその場に倒れ込んだ。その後、あの悪魔と化した青年はSONG本部の医務室に運ばれ、今は安静にしている。彼に斬られた隊員も無事一命を取り止め安静にしている。アジズとロンクの2人は、報告を終え話していた。「一体誰だろうね?」「さあ。(とりあえずシャドウでは無さそうだった…)」「やはり指名手配犯か」「さあな」「それにしてもお互い怪我がなくて良かった」「ああ」この時、ロンクは心の中で初めて仲間と呼べる者が出来たかもしれないと思った。
【真犯人】
SONG本部総司令室にて。総司令官グレートと近衛衆達は会議をしていた。「本当にあの青年が真犯人なのでしょうか?」「うむ。まだ確証は持てない。…だが、ナイル、あの話は本当なのか?」ナイルは近衛衆の何人かとしていた話をやめ答えた。「ええ。今も話していましたが、あの青年、以前在籍していた隊員の顔とどうやら一致します」もう1人の近衛衆がその隊員の顔をボードに表示した。「彼です。名前は、オサフネ、という者です」「オサフネ?確かに同じ顔だ。脱退日は、あの獣の事件の時か」先ほどの近衛衆が答えた。「はい。そうです」「そうか…。彼はあの獣と化した隊員と共に突然姿をくらませた。しかし、元々の指名手配犯の顔とは全く違う。共犯か、それとも何らかの形で彼の手に渡ったか」「いずれにせよ、これであの剣は戻りました」「ああ、そうだな。心が晴れたようだ。これもアジズ君とロンク君のおかげだな!彼らの階級を昇進だ!ところで、ナイル、あの謎は解けたか」「いえ。例の剣の封印は、保管する寺の僧でも知らない暗号でなされ、そもそも剣は、関係者でもなかなか近づけない神域の祠に閉ざされています。その暗号は、あの怪盗ですらそうそう簡単に解けないと思われます。この犯人、よほどの手練れかと」「有難う。いったい何者なんだ」
「…へっくしょん!」「どうなされた?クリスピー殿」「誰か噂でもしてるんじゃない?」「そうなのかな」オサフネを追いかける7人は雨宿りをする為、茶屋で休んでいた。「雨、止みませんね」「そうですね」「…おい、こんなことしてる間に奴が暴れたらどうすんだ?」一番考えて無さそうな筋肉ムキムキのタイミャーが言ったので、皆静まり返った。「御尤もである。早くいかねば」「いやいや、長船さん。少し休もうと言った時賛成してたじゃありませんか。休息も必要だと」ダイアンが言ったことが図星だったのか長船は黙った。全員一斉にお茶をすする。茶屋に静けさが広まり、テレビに流れる音がよく聞こえる。「…次のニュースです。厳重に保管されていた国宝“悪宿剣”が盗まれ行方不明になっていましたが、昨日SONG大隊ロンドのロンク隊員、アジズ隊員の活躍により回収されました」それを聞いて飲んでいたお茶を吹いたり、むせ返る者がいた。「…ごほっ!」「汚いな!」「…それよりも、回収されたって!?」「そうみたいですね!」「あの、今は聞いた方が…」マーリンの言葉に全員テレビに耳を傾けた。「2名の隊員が剣を持って暴れていた男と戦闘となりましたが、剣の回収に成功しました。その後、男は意識を失いましたが、現在SONG本部基地内の病室で安静にしているそうです。現場にはライオンの死体がありましたが死者はいなかった模様です。これにより、ロンド隊員は大隊ロンド副大隊長、アジズ隊員は大隊ロンド一等兵に昇進が決まりました。次のニュースです。…」ダイアンが驚いた顔で言った。「これ、オサフネの事だ!」全員うなずき、喜んだ。「誰も被害がなく、安静にしている、だって!」ダイアンはプークスと抱き合い喜んだ。「い、痛い」「おお、ごめんなさい」「と言う事は、SONG基地に行けば、オサフネに会えるということ?」「そうだ、シュン」「でも、基地なんて入れないですよ…」「いや、入れるぞ、マーリン!何故ならば、この俺ダイアンは、元SONG隊員だからな!」「「え!」」「その証拠に隊員バッジがこれだ!」そう言ってダイアンは机の上にバッジを置いた。「凄いですね!これで中に入れます」「ああ。じゃあ迎えに行こう。オサフネを」ちょうどその時、外の雨は上がろうとしていた。
【タブラ・ラサの休日】
“会議室(仮)”と書かれた、SONG本部の片隅にある部屋はタブラ・ラサのアジトであった。ここに配属されてから、任務を嫌がるマローでさえ心配になる程、言われていた総司令官の雑用以外ほとんど何もしていなかった。今、マローは、タブラ・ラサの隊長モゲレオと、副隊長ペリドットと共にいた。「いやー、まさか君が、あの指名手配犯にされていたとはね。おかしいよ。君に盗み出すことが出来るわけないよね?」「…はあ」ペリドットの言葉は、マローを複雑な気持ちにさせた。「おい、ペリドット、その言い方は、良くない。マロー君でもそれくらい出来るよな?」「…はあ」モゲレオにこう言われ、慰めてくれたようだが、逆に返答しにくい言葉で困った。「違うよ。盗み出すような悪事が出来るわけないって意味だよ」「俺は元々そう思ってたぞ」「じゃあ、出来たらダメじゃない?」「いや、それくらいの度胸があってもいいって意味だ」「ふーん。でも悪事をするような度胸はいらないと思うけどね」「何だと?隊長に異議を唱える気か?」(何となく“へんたい”と言われる理由が分かった気が…)二人のやり取りを聞き、マローは思った。マローの元に、あの剣の知らせが届いたのは、昨日だった。その事を告げに、総司令官は直々にこの部屋を訪れた。「やっぱり思った通り、君じゃなくて良かった!あんな恐ろしい剣、君には扱えないよ。どうする?約束では、真犯人が見つかるまでという話だったけど、やっていけそう?」総司令官が質問した時、マローは隣にいる二人の顔を見た。髭の生えた男と、眼鏡をかけた男が神妙な顔で見ている。そして、マローは目の前に立つ総司令官の顔をまっすぐ見て言った。「…もう少しやってみてもいいですか?」総司令官はゆっくりと頷いた。それから言った。「じゃ、これからもよろしく!」「君が入ってくれて良かった。改めて歓迎するよ。ようこそタブラ・ラサへ!」マローは、改めて隣の二人を見た。先程と同じく髭の生えた男と、眼鏡をかけた男がいた。ここまでのSONGでの出来事を思い返した。(…案外、悪くないのかな)その心中を察したのか、モゲレオがマローの肩を持ち言った。「おい!お前はここで続ける気があるのかー?」(まるで酔ったおじさんだ。まだ酒は飲んでいないはずなのに)そう思いながら、マローは決心した。「分かりましたよ!僕、ここで頑張ります!」「よく言った!よし、今日は真犯人も見つかったことだし、新米マロー君の歓迎会だ!おい、ペリドット、あれを!」「了解、隊長!」え!とマローは心の中で驚いたが喜ぶ二人を見て何も言えなかった。モゲレオはペリドットが冷蔵庫から持ってきたものを手に取った。「不安そうな顔だな。これは、体内のあらゆる汚れを取り除く聖なる水、その名も“聖水”!…高いんだぞ。だが、今日は特別だ!さあ飲め、新米!」「…はあ。じゃあ」仕方なくマローは聖水を飲んだ。味は普通の水だ、とマローは思った。しかし、これは後にマローも貴重とわかるほど活躍する。「いやー、うまい!昼から飲む聖水は最高!」マローは、酒ではないとしても、他の部隊が汗を流している時間にこれほど気楽な上司達を見て呆れていた。しかしマローの気持ちが180度変わる出来事が世界で起きていた。そこに1本の電話が鳴る。騒ぐ部屋が静まる。「はい、こちらSONG編隊タブラ・ラサ。…え!本当ですか。…はい。了解致しました。直ちに向かいます。任務だ、それも災害関連だ。おい、そんなの飲んでる場合じゃない」「いつです?」「今すぐだ!行くぞ。新米マロー君」「へ?」この後から、総司令官の雑用係だった『タブラ・ラサ』は、他の部隊同様、災害を抑えるための任務に赴くようになる。
【病室にて】
ロンド、アジズの2人は、休日に、あの剣士のいる病室を訪れた。「…まだ眠っているようだ」「そうっすね」「何で敬語なんだ?」「だって、ロンクさん、副大隊長になられましたから」「あ、そうか」ロンドは納得した。「そういうお前も一等兵になったな。つまり、俺の部下だ。命令してやる」「えー、それは困りましたね。ロンクさん厳しそうだから」ロンドは笑いながら、アジズの背中を叩いた。「そんなことはない。いつも通りの事だ」「それが厳しいんすよ」「…あれ?ここは?」その時、病室のベッドで眠る剣士が目を覚ました。「わ!ロンクさん、見てください!」「もう見てる」ロンドは剣士に正直に質問した。「おい、お前は指名手配犯か?」「…あなたは誰ですか?」剣士もまたロンドに正直に質問した。「質問に質問で返すか。いいだろう。俺はロンド。あの英雄リンクの子孫だ。もう一度聞く。お前は指名手配犯か?」「いえ、違います。ところで、ここはどこですか?」「そうか。ここは、SONG基地内の病院だ。お前、覚えてるか。暴れてSONG隊員に怪我させた事を。しかもライオンまで倒してやがった」「いや、覚えてません。何も。今思い出すのは、闘技大会に出場していた時の事です」「闘技大会!?それは確か、あの壊滅的な災害に被災した地、元刀国の地で年1回開かれる、あの大会ですよね?一度出てみたいんですよ」興奮したアジズに剣士は冷静に答えた。「そうです、その大会に僕は旅の仲間と共に出ました。いったい何故…」「そうか。あの剣を使った記憶はないのか。だが、お前は強い。俺も強さに自信はあるが暴れるお前と戦った時、死ぬかと思ったぜ。そんな事シャドウやライオン以外には無かったぞ!」突然オサフネが何かを思い出した。「…まさか!あの時大会の休憩で出会った人に借りた剣があの指名手配の剣だったのか?…と言う事はあの人が指名手配犯…」「おそらく」アジズは答えた。剣士はふいに腰のあたりを探りだした。「確かもう一つ剣があったはず…」「これの事ですか?」アジズはベッドの横に立て掛けてあった剣を見せた。「それです!」「良い剣ですね。名刀長船じゃないですか」「そうです。実は僕の名前もオサフネといいます」「え!まさか、長船を製造する者が襲名するという…」「いや、そうではなく、僕は記憶がなくて、この剣を買って以来この名を借りています」2人は驚いた。「記憶がなくなったのはいつだ?」「確か5年程前です」「あの剣が盗まれたのは約半年前…。覚えているな」「はい、僕じゃありません」「そうか。分かった。指名手配犯はお前じゃない、と」「はい。すみません、何だかまだ眠いようで…」「もしかすると、あの剣の作用かもしれません。寝て休んでください。お邪魔しました」アジズが出ていき、続いて、ロンドも出ようとしたが立ち止まり振り向いた。「オサフネ。お前とはまた会う気がする」そう言ったが、オサフネは既に眠っていた。病室を出ると扉の横で待っていたアジズが言った。「あの人じゃなさそうですね」「ああ。あいつは、嘘をつけない奴だろうからな」「なんでそう思うんすか?」「あいつは眠いと言ってからすぐ寝た」「それだけすか?」「それだけだ」
【オサフネ奪還作戦】
ダイアン率いるオサフネの仲間たちは、SONG本部基地に向かっていた。「どんなところなのかな。楽しみです」「やっぱり本部というくらいだから、それは立派な基地でしょう」「前もって言っておくがそんなに期待しない方がいい。普通の基地だ。立派でも何でもない」「え…」「ちょっとダイアン!マーリンが珍しく盛り上がっていたのに」「ごめん。でも本当のことだし、見て落ち込む前に言っとこうかなと」「なるほど」落ち込むマーリンをシュンやタイミャーが慰める中、クリスピーは緊張した面持ちで歩みを進めていた。「ダイアン殿は普通と言っておるが、私は豪華な印象を受けますな。どう思いなさる?クリスピー殿」「…」やはりクリスピーはどこか様子が違った。「どうなされた?顔色も悪いようであるが。まさか、今更ここへ来たことを後悔なされておるのか」「まさか。私はもう覚悟した」クリスピーは、本部基地に向かうと決まった時、悪宿剣を盗んだ指名手配犯として自主することを決意していた。全員をその決意を聞き一緒に、本部基地近くに到着した。「では私は先に」「分かりました」会釈してクリスピーは本部基地へ向かった。それから彼らはしばらく時間を置いた。「じゃあ僕らも行きましょう」彼らが門に差しかかると、門番を務める隊員が話しかけてきた。「通行証か隊員証の提示をお願いします」ダイアンは持っている隊員バッジを自慢げに取り出した。「お願いします」門番の隊員は難しい顔で確認した。「確認しました。一つお伺いしますが、入場の目的は何だったでしょうか?」「えー、彼らはここの入隊希望者で、私は紹介者です」門番の隊員は難しい顔で手に持つ用紙に記入した。「分かりました。どうぞお通りください」「ありがとうございます」「そうですか。とりあえず中に入ってすぐ右側の待合室までご案内させます。それでよろしいですね?」「よろしいです」自慢げにバッジを仕舞ったダイアンは、仲間と共に基地の中へ入った。しかし、一行は知らないが、門番の隊員は基地内の隊員に連絡する時、ダイアンを見ていた。何も知らず、進む一行。「案外すんなりとは入れましたね」「まあ、俺が元隊員でしたから」「誇らしげだな」その時、連絡を聞いた2人の隊員が駆け寄ってきた。「すみません!ちょっと確認していて遅くなりました。あなたが隊員ですね?」「はい」「では、他の方はこちらへどうぞ」別々の隊員に従い別れる時、ダイアンと仲間たちは目で合図した。彼らは本部基地へ来る途中、基地での行動パターンを何通りか予想していた。思い出していると、隊員に話しかけられた。「あなた、隊員ですか?」「え?だから、そうですよ」「…いや、元、隊員と言った方がいいですか、ダイアンさん」ダイアンは何やらまずい状況だと気が付いた。「元隊員だとまずいですか?」「いえ、別に構いません。ただ、脱退理由がよくありません。あなた、昨年、獣になって大変な事態を起こし、それ以来姿を消した。そうですね?」「まさか、ばれてたとは、ははは」「笑い事じゃないですよ。もしかして、さっき自首しに来た指名手配犯とも関係があるんじゃないですか?」「そんなわけないでしょ(…実はあるけど)」「本当ですかね」「それより、俺の事知っていたなら、どうして中に入れたりしたんです?」「SONGでは、門番が指名手配犯のリストを持って確認し、該当すれば直ちに補足する義務があります。それに対して、脱退理由に問題のある隊員はあえて中に入れます。なぜなら、SONGに抵抗することの無意味さを知っていますから」「ああ、なるほど…」ダイアンは一緒にここまで来た仲間、そしてオサフネの事を思い浮かべた。(ここで捕まるわけにはいかない。行くしかない!)「行きますよ」「すみませんが、俺、無意味さをわかるほど賢くないんですよ」その瞬間、ダイアンは隊員の腹に体当たりし、一目散に逃げだした。倒された隊員もすぐに起き上がり、壁に備え付けの非常ベルを鳴らした。「連絡!只今、元隊員ダイアンが基地内を脱走中。見つけ次第捕獲せよ。繰り返す…」その頃、待合室。「一体何事!」「分からない。一つ言えることは、まずい状況だという事だ…まさかダイアンは何か問題を抱えていたのでは。それを承知でここに来た」「ならどうしてそれを言ってくれなかったんだ!行きましょう、皆さん。彼は今頃大変な状況ですから、代わりにオサフネを奪還するのも僕らの役目です」「でも、僕は戦闘なんてできない…」「大丈夫だ!俺やシュン、長船がいる!」「拙者が先頭で参ろう」「いや、ここは僕が先頭に行きます」「いや、俺だ!」「仲間で争わないで下さい…!」「マーリンの言う通りだ。先頭は譲る」「では拙者が参る」「行こう」その頃、ダイアンは本当に大変な状況だった。(くそっ。逃げても逃げても敵がいる。ここまでか…)ダイアンの周りを5名の隊員が取り囲み、ダイアンは身動きが取れなくなった。(どうすれば…)その時、取り囲んでいた隊員の1人が呻いて倒れた。ついには全員倒れた。「大丈夫か?ダイアン」「クリスピー!どうして」「訳は聞くな!とにかく行け!」「…分かった!ありがとう。わからないけど無事を祈る!」ダイアンはその場を任せ走り去った。それを見届け、クリスピーはその場に倒れる隊員の1人に聞いた。「一つ聞く。もし断れば斬る。悪宿剣は今どこにある?」その頃、長船、シュン、マーリン、プークス、タイミャーはこの順に一列になって移動していた。一列になることで、はぐれない上に戦闘できる3人が前方と後方を守り、戦闘できない2人が情報収集をして、上手く基地内部を進んでいた。「よし、行けるぞ」彼らによって隊員たちが次々と倒されていった。「…強い。何者だ」その頃、ダイアンは人気の少ない廊下に着いた。「ふう。ここは、病室に通じる廊下だ。恐らくこの先に、オサフネがいるな」ダイアンは息が切れ、膝に手をついて休んでいた為、前から来る人に気づいていなかった。「おい、君、また暴れてるのか」「はい?」ダイアンは聞き覚えのある声に、恐怖を感じつつも顔を上げた。思った通りの人物だった。「かつて私の部隊で問題を起こし、しかも責任を取ることもなく逃げた。その責任は私がすべて受け、今では、一等兵まで落ちてしまった。ここで捕獲することで過去の事は水に流そう」(終わった)「分かっているな。君は、捕獲されれば、研究室へ連れていかれ様々な検査をされる。獣になった原因を突き止めるためにな!」大柄の元隊長が近づいてくる。恐らく普通に戦っても逃げられない相手だった。しかし、ダイアンは諦めが悪かった。(…やっぱり、ここじゃあ終われないよな)そして彼は、決死の覚悟で、獣の姿となった。その頃、シュン達は順調に基地内を進んでいた。「一体ここはどの辺なんだろう」「見当もつきません。そういえば、長船さん、忌まわしき事件とは何ですか?」「今聞くか?」「はい、気になるので」「…そうか、分かった」シュンの問いに応じ、長船は神妙な面持ちで話し出した。「…あれは、約30年前の事。ある山に修行を専門とする寺があった。そこの修行はかなり厳しいと評判で、そうなれば逃げる者も現れる。されど、そこには逃げてはならない絶対の掟があった。一見、当たり前のようだが、そこの修行から逃げた者は鬼になるという言い伝えだったのじゃ。修業は辛い。でも逃げ出せない。そういう状況でも修行を遂げる者もいるため続いてきたのだが、心の弱い僧がやはり逃げ出すことを決めた。但し、その僧も馬鹿ではない。考えた。その寺には一本の剣が封印されていると聞いていたが、それには絶対に近づいてはならないとも聞いていた。だが、その僧はその剣を手に取った。すると、忽ち様子が急変し、暴れ、仲間の僧を傷つけた。外に出ると、そこにいた親子を傷つけた。そこにはあと一人剣士がおり、それを見てまるで鬼、いや悪魔だと思ったらしい。剣士は、僧と戦い、剣を奪い取ることに成功した。それ以来、剣はより厳重に封印されたという。以上じゃ」「…すごい話ですね」「…さすがの俺様もビビった」マーリンは絶句していた。「ところで、どうして長船さんがその話を知っているんですか?」「いい質問じゃ。その僧を止めた剣士に聞いたんじゃ。その剣士は拙者の父じゃ。ついでに言うと、傷つけられた親子の子の方は、あのクリスピー殿じゃ」それを聞き、4人は驚いた。「え、本当ですか?」「勿論。本人が言っていたからのう」その時、彼らは不思議なものを見た。まだ通っていない道に隊員たちが倒れていたからだった。「これは…」「ダイアンがやったのか?」「いや、或いは…。すまぬ!拙者は用件が出来たため列から外れる」「用件って?長船さん!」長船は何も言わず走り去った。(間に合え!)長船は、途中倒れる隊員に尋ねた。「お主、誰にやられた?」「…あいつは指名手配犯」「そうか。何か聞かれたか?」「…剣の場所を聞かれた」「それで答えたのか?」「斬ると脅されて…」「たわけ!教えてどうする?」「あそこには大勢の隊員が警護している。だからどうせ無理だ…」「その場所は?」その後、長船はある場所へ向けて一目散に走った。そして、着いた場所は、『最重要機密』という文言が書かれた部屋だった。その部屋の外に倒れる隊員たちを避け中に入った。そこには一時的に保管される“悪宿剣”以外何もない部屋だった。その前に1人の剣士がいた。剣士は目を閉じ腰の剣を持っていた。長船は対象を目掛け腰の剣を抜いた。剣士も気づき、防いだ。「拙者の居合を防ぐとは流石である。クリスピー殿」「何故ここが?」「其方のしそうな事は大体察しが付く」「…成る程。では、私がここにいる理由もご存じで?」「剣を手に入れたい」「違う!」「ならば、破壊したい」「そう!」「どちらにせよ!例えその剣にどんな因縁があろうともうこれ以上関わることはしてはならぬ」「何を言う…あなたもこの剣の被害者の筈だ!」「…確かに、あの時片腕に傷を負った父が思うように居合抜きが出来ないのを幼少の折から見てきた」「そうでしょう!私はあの時、父を失ったのです!」「知っておる。其方の父を医者に運んだのは拙者の父じゃった」「それなら分かるはずだ!私のこの剣の存在が許せない気持ちが!これがある限り、同じ被害が必ず起きる!」「凶刃に遭った悲しみは分かるが、恨みを恨みで返してはならぬ!」「じゃあ、どうすれば!」長船は一度考え話し出した。「お主は聡明である。其故に破壊を企み、実際に簡単には近づけないと言われる場所に辿り着いた。しかし、お主はいざ破壊する時に一瞬迷いが生じたはずじゃ。そこに辿り着く程の手練れじゃ。その剣に魅せられてしまったのじゃろう?」「…」「破壊せずに一度手に取った後、幸い悪魔にならずに済んだものの記憶を失った」「何が言いたいんです!?」「即ち、その剣に関わってはならんのじゃ!」「…そこをどいてください」「ほう。本気なのか。ならば、手加減抜きじゃ」2人は本気で戦った。互いに同じ“長船”と言う剣を手に。「お主なかなかやるのう…」「今が絶好のチャンスですから」「馬鹿を言うな!そんな事のために長船はあるのではない!」「あなた、言ってたじゃないですか!この剣は人を守るためにあると!この忌々しい剣がまた被害を出す前に破壊する、それこそ人を守ることに繋がる!」「否!これを破壊すればお主ただでは済まぬぞ!過去に禍根があろうと、どんな理由があろうと、国宝級のこれを破壊してはならぬ!」その頃、これらの事を聞きつけた総司令官は、ある命令を下した。「何だ?侵入者?じゃあ、あれを使って」そして、基地内のスプリンクラーから液体が飛び出した。それは聖水といい、身体の内部の汚れを取り除く作用の他に、浴びるだけで戦闘意欲を失う魔法の如き水だった。シュン達やSONG隊員達、又は長船とクリスピーも、戦闘を止めた。事態は収拾したが、1人だけこの場から消えた者がいた。それはダイアンだった。
【タブラ・ラサの日常】
SONG本部のはずれにある“会議室(予定)”。そこに普段いるはずの者たちは今いなかった。あれからタブラ・ラサは任務に頻繁に繰り出していた。「何だか、災害が激化しているようでな。仕方ないんだ。誰かが行かないと世界が滅んじゃうからな」「いやー、それにしても最近多いよね、“スクリーム”」“スクリーム”とは、所謂世界で発生する災害の事である。この発生時は非常事態を知らせるサイレン音が鳴る。これは、世界中で災害発生を監視する自然災害対策本部Natural Disaster Counter Center、上手く略せないため通称“対策本部”と呼ばれる組織から知らされる。「スクリームが起きました。直ちに現場へ向かってください」「噂をすれば何とやら。おい、行くぞ、新米」「は、はい!いきなりですね」翌日。「いや~。昨日の獣は強かった!と言うか凄かった!ははは!」「そうだな。その上で笑える元気があるお前も凄いが。見ろ、新米は分かりやすく疲れてるぞ」マローは昨日、遭遇したある巨大な獣から身を守るのに必死だったが、それだけで疲労困憊だった。「まあ仕方ないだろう。今日はよく休め。またいつ呼ばれるか分からん…」「スクリーム発生。急行せよ」「まただ、おい、行くぞ、新米。おい!」「…」「どうした!」「…もう駄目です。体力が持ちません。」「何?世界が滅んでいいのか?そうなったら、お前にも責任があるぞ。行くか、行かないか、どっちだ」「…わかりました、行きます!」また翌日。「いやー、昨日は一昨日ほどではないにしろ、2日連続の任務は疲れる」「そうだな…見ろ、新米は今にも死にそうだぞ。大丈夫か!おい!」「…大丈夫です。」「まさか3日連続ってことはないでしょう。今日は皆で休み…」「スクリーム発生です。急行してください」「…行くぞ!」そんな日々が繰り返された、とある日。連日のように鳴り響くサイレンがこの日も鳴った。「スクリーム発生です」「行きましょう!」「何だ?やけに元気だな、新米…。俺はきつくなってきた頃なのに。これが若さか」「いや、僕らが行かなきゃ世界が滅ぶじゃないですか!それだけですよ」「あ、そう」マローは先日、任務後に町の人からお礼を言われた。度重なる任務に倒れそうな状況だったが、その言葉で彼の精神が回復し、それは身体機能にまで回復をもたらしたのだった。「先、行きますね、先輩!」「お、おう。くそ、俺たちも負けてられないぞ」「ですね。行きますか!」そして、タブラ・ラサの任務は続く。
【覇権争う兄弟】
少年時代は切磋琢磨しながらお互いに助け合う仲だった双子の兄弟がいた。例えば、兄が剣の腕を競う大会で使うと決めていた剣を間違えてしまった時それに気付いて弟が届けに行った事や、反対に弟が同じ大会に出る時兄がその大会で優勝した剣を弟に譲った事だった。しかし、後に、この剣は兄弟に悲劇をもたらす事になる。賢く知恵が働く弟。優しく心が大きい兄。闘技大会で活躍を見せた兄はその人柄で周りの人々に慕われ仕事を任されるようになった。しかし、弟はその知恵で命令された仕事に対してより良い方法を見つけ提案したところ従おうとしないとみなされ、兄に比べられ評価を落としていった。弟は悔しさから兄に直接剣で対決を挑むも断られることを繰り返す。兄には励まされ、周りには嫌みを言われ、弟の心は日に日に荒んでいき、ついに、弟は決心した。そして、弟は、仕事で外出していた兄を、帰り道の森で待った。ついに兄が現れ、弟は兄弟にとって思い出深いあの剣を手に取り、言った。「兄さん…」「どうした?迎えに来てくれたのか?」「ハハ…違うよ。今日こそ決着をつけに来た…」「…そうか。受けて立つよ」「兄さんは、俺にとって生涯の障害だった。俺は、今まで何度も兄さんを憎いと思って勝負を挑んだ。これはどちらかが生きている間終わりはしない。だから、お互い殺す気で勝負だ!」「もしお前に負けても、それだけ熱い思いがあるなら、寧ろ安心して後を任せられる。でも、剣は人を殺す為の道具なんかじゃない。剣は人を守る為にあるとそう思う。だからお前にも人を死なせる為に使わせやしない」「…兄さんはどうしてそんなに器が大きいんだよ。今まで実の弟に何度も刃を向けられても一度も動揺しないどころか俺を励ました。その大きさを感じる度に、俺は自分の小ささを思い知らされてきた。何か一つぐらい勝たせてくれよ、兄さん!」「お前の思いは十分伝わった。でもね、僕も負けられないよ、兄として。だから、何度でもその思い、受けて、断つ!」兄弟はお互いの思いを胸に、剣を振り下ろした。剣閃が起きる。一度離れ、構え直す。その後も何度か剣閃が起きては離れることが繰り返される。しかし、この時、自然も牙を剥こうとしていた。そして、不運にも決闘の途中で地震が起きた。兄はまず避難が先だと言った。しかし、時すでに遅く森の近くの山が噴火し、辺りは火に包まれ火の海と化した。その中に落ちそうになった弟を兄は庇った。弟は最期の兄の顔を見て驚いた。それは笑顔だった。「…兄さん」この時、弟は兄の本当の優しさを知り、兄を追った。彼らは世界的に名高い貴族の後を継ぐと期待されたが、不遇の事故により旅立った。そんな彼らの呼び名は“ゴールド兄弟”という。かつての英雄リンクの仲間の一人、武器商人ゴールデン・ゴールドの子孫である。
【シャドウとの戦い】
大隊ロンドは最近激化している災害発生地へ遠征に出ていた。今回はSONG本部基地があるパンベンシティと同じ大陸の少し南に下がった場所で、地震が発生、それにより近くの活火山が噴火したという。現場に到着すると、火山から流れ出た溶岩が、近隣の森に流れ込み、一帯は火の海と化していた。「あれを頼む!」大隊長の指示で、副大隊長ロンクは鞄から奇石を一つ取り出した。「そうだ!これだ!」大隊長は奇石に念じて気を込めると溶岩の中に投げ入れた。すると溶岩は徐々に勢いが衰え、温度が下がりみるみるうちにただの岩と化した。「よし!各自散れ!」大隊長の指示で、ロンクはペアを組むアジズの元へ向かった。「やっぱりすごいな、あの石。普通の石に見えるのに。思いません?ロンクさん」「そうだな」「この前聞いたんすけど、この投げ入れた奇石って、回収した後エネルギーとして再利用されるそうっすよ」「そうか」「聞いてます?これ、結構凄いことっすよ」「あんまり興味ない」ロンクとアジズは周囲に住む人々の安否を確認しに回っていた。2人の任された区域の人々の安否を確認し終えた時、ロンドは思い出したように言った。「アジズ。もう少し先に俺の知り合いが住んでるはずだ。ちょっと寄っていいか」「いいっすよ。誰です?」「行けば分かる」そこに着くと遠くからでも分かる程光り輝く建物があった。「ここは!まさか。あの世界的に有名な貴族、ゴールド家の建物じゃないですか!」「そうだ。その兄弟が俺の知り合いだ」「ええ!流石っすね!」ロンドは扉をノックし応答を待った。すると、扉が開いた。「どちら様でしょうか?」その恰好からしてメイドだった。「本当にいるんすね、メイドって」「ああ。お前少しあっち行ってろ」「はい」ロンドはメイドに聞いた。「皆無事か?」「災害による被害は今の所ありません」「そうか。俺はウィンチェスター家の者なんだが、ゴールド兄弟はいるか」「ああ。これはロンド様。実はお2人共外出なさっておいでです。グッド様は今日お戻りの予定で、ラック様は先程出たばかりです」「外出?こんな時に。無事だと良いが」そこに女性が姿を出した。「あら!ロンド君、どうしたの?」「俺はSONGに入りました。それで地震の被害を聞き駆けつけました。大丈夫でしたか?」「そうなのね。ここは何とか大丈夫。でもね、息子たちが帰って来ないのよ。それが気がかりで…」「…母さん」「あれ?今声が…」確かにロンドも声が聞こえた。それはメイドの声だった。「ロンド。久しぶりだな。こんな姿で再会するとは思わなかったが」「何の冗談だ、メイドさん」「そっちこそ冗談はやめろ。ロンド」「え?ちょっとこんな時に冗談はやめて」「母さん、俺だよ。ラックだ」「どうしてメイドちゃんがラックみたいに…本当にラックなの!?」「そうだよ。心配かけてすまなかった」母親は理解ができず言葉を失った。「待て。お前からあの気配がするぞ。シャドウの…」「しゃどう…?」「俺の父の命を奪った、憎い存在、シャドウ。まさかラック、お前は死んで…」「そう、俺は死んだ。兄さんも一緒に」「死んだ…そんな…」「母さん!」メイドに憑依したラックは、母親を倒れる寸前で支え、家の中に運び入れた。ロンドは1人考えていた。(地震が発生したのは、約2時間前。そんな短時間でなれるものなのか、シャドウに…)メイドが戻って来て尋ねた。「ラック。災難だったな」「俺は死んで当然だ。だが、兄さんが俺を庇って先に死んじまった」「さすがはグッドだ。何故、お前らは一緒にいた?」「それは…俺が兄さんに決闘を申し込んだからだ」「またか!」「俺らはそういう宿命にあったんだ」「…やっぱりお前は『分からず屋』だ!兄の偉大さを受け入れられなかっただけだろ」「…お前に何が分かる。分かってたまるか、兄弟も仲間もいない孤独な奴に!」「なんだと…」ロンドは少なからず気にしていた事を突かれ黙った。「今は俺がいるっすよ!」その時様子を見ていたアジズが飛び出すもラックの微動だにしない背負い投げで投げ飛ばされた。「何だ、こいつは」「俺の仲間だ」「悪かった、仲間はいたのか、弱いけど」ロンドは今にも飛び出したかったが必死で怒りを抑えた。「俺は死後の世界に着いて早々生き返る為の方法を叫ぶ者共に会った。その者共が言っていた。任務を果たす、即ち現実の世界に生きる者を淘汰することで自らを生き返らせることが出来る、と」「…お前は人殺しを受け入れたのか」「当然だ。生き返るためだ」「前は家族の付き合い上、友として付き合ったが、今のお前は一発殴らないといけないようだ」「ロンド…対象はお前じゃない」ラックの視線の先にはロンド大隊長がいた。「まさか大隊長を!」「どかないなら仕方がない」飛び込むロンドの拳より、ラックの蹴りが勝った。ロンドは腹の痛みを堪えるのに必死だった。「ラック!兄が庇ったことを思い出せ!」一方、ラックが憑依したメイドは歩みを止めない。「兄さんは兄さん、俺は俺だ」「…やっぱりお前は『分からず屋』だ!」「それでもいいさ。これはすでに決められた事だ」「何を言ってる、ラック!」「足手まといのお前に教えとこう。俺たちは死という運命を与える存在。その名は地獄の使者“ヘルセブン”」「ヘルセブン…だと?」「よく覚えとけ。今度はお前に会いに来るかもしれないぜ?」そういうと、ラックは懐からナイフを取り出し大隊長の方へ歩いていく。「お前、それでも、あのゴールデンの子孫か!大隊長、逃げてください!!」そのままメイドは一瞬で大隊長に近づき、ナイフを背中から突き刺した。一撃だった。メイドの体躯の一撃で仕留めて来る力量を感じたロンドは、今まで自分が呼んでいた“シャドウ”、改め“ヘルセブン”の存在をより忌々しく思った。(ヘルセブン…ということはあんな奴が7人もいるのか…。気が遠くなるぜ)そう考えているとラックがこちらに戻ってきた。「いやあ、メイドの姿も体が軽くて悪くないな。冥土の土産になるぜ」「…」「じゃあな、ロンド。その時までに強くなれよ」「勿論だ!その時はお前を倒す!」メイドは先程までの動きが嘘のようにその場に倒れた。ロンドは何も言えず大隊長の元へ向った。大隊長はぐったりと横たわっていた。「…大隊長、大隊長!!」そこに気を取り戻したアジズも駆け寄ってきた。ロンドは大地を思い切り拳で叩きつけ、涙を堪えた。「くそ!ラック…いつか必ず、お前をぶん殴ってやるから待ってろ!」この後、大隊長は病院に運ばれたが間もなく死が確認された。メイドはその場に残る状況から犯人として逮捕された。何故か無抵抗だったらしい。まさか罪の意識があるのだろうか。だとすれば、それこそヘルセブンの思惑通りである。ロンドはより一層気を悪くしながらも総司令官室に入った。そこで、ロンドは大隊ロンドの大隊長、アジズは副大隊長に任命された。その後、2人は燃え上がる炎のように各地で活躍し、“炎の名コンビ”として名を広めていく。
【再会】
SONG本部基地でのオサフネ奪還作戦は無謀のまま行われ失敗に終わった。その渦中にいたシュン達はその行いを咎められると肝を冷やしていたが、実際はそうではなかった。一旦拘留はされたが、すぐに解放された。訳は後に総司令官の口から話された。「君たち、やってくれたね。あの液体、高いんだ。そこで一つ相談がある。今、災害が激化してて人手が足りない。あの液体の弁償として、SONG隊員になってみないかい?」そのままシュン達はSONG隊員になった。彼ら4人は“ミファソファミ”という部隊に配属されたが、ここにもう1人彼らの知る人物が来ていた。「みんな!久しぶり!」それは、オサフネだった。皆彼との再会を大いに喜んだ。「オサフネ!どうして?」「それはこっちのセリフだよ。どうして君らがここにいるの?」オサフネの質問にシュンが答えた。「もう5日前になるけど、急にいなくなったオサフネを追っていた僕らはSONG本部基地内の病院にいるとニュースで知った。そこで、3日前、僕らはSONG本部基地に着いた」「そんなことしてくれてたのか…ありがとう」「いいんだ。それに結局、貴方がいる病院には誰もたどり着けなかった。始めはダイアンが貴方を1人で迎えに行く作戦だった。元SONG隊員の自分なら自由にうごけるだろう、と」「そんなわけない!だってダイアンは…あれ、そのダイアンは?」「ここにはいない。僕らも心配してて…」オサフネは何か心に決めた顔で話しだした。「そうか。この際だから皆に言っておくよ。ダイアンはかつて隊員の時任務で獣と戦って、自らが獣になった」「…へ?」「そうだよね。その反応が正しいよ。でも事実だ。この僕も獣になった、つまり獣化をした事がある」「「ええ!」」シュン達は次々と明かされる事実に驚きの声を上げるしかなかった。「獣化って、獣に噛まれるとなるっていう」「そう、僕はその記憶がないけど、二度あったみたい。でもダイアンは違う。彼の場合、自在に獣になれる。僕らの前ではその能力は封印してたみたい」シュン達は唖然としていた。「まあ、驚かないでよ、と言っても無理か。僕も彼が獣になって見せた時には驚いた。でも中身は彼のままなんだ。でも、それは暴走した後だった。任務で獣になった彼は暴走した。それを僕は止めようとした。その場は何とか収まって、それから僕らはSONGに戻らずに2人で旅をすることにした。これが僕らの脱退した真相だ」「へえ…すごい…」どこかシュン達は疲れ果てた。「聞いてくれてありがとう。とにかく、ダイアンがSONG内で自由に動くなんて不可能だ。何か考えがあったんでしょ?」「そう、大まかに2通り考えていた。まずは、ダイアンと僕らが一緒に行動できたパターンで、ダイアンの陰から僕とタイミャーそれから長船さんが援護する作戦だった。実際はもう1つのダイアンと僕らが一緒に行動できなかったパターンだった。その場合、それぞれがオサフネのところを目指す作戦だった。無謀だとは思ったけど、見るからに親類でもない僕らをそう簡単に近づけてくれないだろうからこうするしかなかったんだ。そうしたら、基地中サイレンが鳴ったり、こっちの長船さんが居なくなったりして、」「あの、途中で悪いけど、オサフネって僕以外にもいるの?」「ああ!オサフネは知らないんだね。オサフネが闘技大会で出会った2人のおさふね。1人はなんと居合切りで名高い代々受け継がれる本物の長船さんで、もう1人はオサフネと同じく記憶喪失でおさふねという名を借りた者で正体は指名手配犯のクリスピーだった」「そうか。微かに覚えてる人達かな。彼らは今、どうしてるの?」「クリスピーは統一国家の監獄の中だろう。長船さんは、僕らと一緒に拘留されてたけど保釈されたよ。長船さんは、クリスピーが悪宿剣を破壊しようとしたのを止めた事と何といっても本家の事を鑑みられてだと思う」「破壊!?その、クリスピーという人は破壊しようとしたの?」「うん。実は、長船さんに聞いたんだけど、長船さんとクリスピーの2人は過去にあの剣に親を傷つけられた被害者だった。それで、あの剣がなくなればいいと考えたみたい。忌まわしき事件と言っていたよ」「そんな事が…。僕もその剣で誰かを傷つけてしまったみたいなんだ…」「気に病むことはないよ。僕らの前からいなくなってから何があったか分からないけど、オサフネを抑えた隊員たちは傷だけで済んだ。でも、何もかもすべて剣のせいだ」「そうなのかな…」不安になるオサフネを4人の仲間は口々に慰めた。「気持ちも分かるけど考えても仕方ないよ」「元気出してください」「おう!お前らしくない」「そうですよ。今はとりあえずここで頑張りましょう」「…分かった。ありがとう、みんな。それで結局どうなったの?」「結局僕らもSONG隊員と戦闘になったりしたけど健闘もむなしくSONG基地の設備で出る何かに眠らされ捕まった。世界を守るSONGの、しかも本部基地を攻撃した罪で。もう終わりだと思っていた僕らの前に神のようなお方が在らせられた」「まさか総司令官様が?」「どうして分かったの?まさかオサフネも?」「そう。それはつい昨日の事…」オサフネは回想した。この日の前日、オサフネはまだ病室で寝ていた。しかし、既に体力が回復している事にオサフネ自身気づいていた。それでも彼は寝るしかなかったが、散々寝て無意味に寝るふりをしていた。その時、病室にある男が現れた。「君がオサフネ君だね」冷静なオサフネはすぐには起きず相手の言葉を聞いていた。「いや~今日は何ていい天気だろう!こんな日は外に出て一つ深呼吸でもしたい気分だ」オサフネは聞き覚えのある声だと思いながら姿勢を維持した。「ねえ君、ここにいるのも退屈だろう。どうだい?気晴らしに運動でも」オサフネはまだ起きない。「起きている事位分かってる。オサフネ君、いやオサフネ元隊員と言った方がいいかな」そこでオサフネは飛び起きた。彼の思った通りの人物がそこにはおり、珍しく動揺した。「総司令官様!何故ここに?」「まあ、落ち着け。あの君、もう一度復職してみないかい?」「え」オサフネは耳を疑った。「いいのでしょうか?私は一度脱退した身。更には記憶にはないのですが、SONG隊員を2名も傷つけた事を聞きました。それでも私を再び受け入れて下さるのですか?」「ああ。彼らは無事だ。それに君の場合、以前の脱退も理由があったのだろう?」「はい」「あえて聞かないでおくよ。復職は認める。君の強さはSONGに必要だ。それより、君、剣の件本当に覚えてないのかい?」「ええ、全く覚えていません」「まあいい。また思い出したら報告してくれ。今は休みたまえ」総司令官が去ったあと、病室に静けさが戻った。オサフネはまた先程の体勢に戻り、窓の外の空を見つめた。ここでオサフネの回想は終了した。「というわけで、僕はSONGに復職できた。とは言っても一番下の立場だけどね。でも、またやり直せるだけでも感謝だよ。それにシュン達ともまたこうして会えたし。何が起こるか分からないのが旅なんだ。やっぱり旅は面白いね」「そうだね。ダイアンがいないけど」「大丈夫。彼ならきっといつか会える」「獣になる姿見てみたいなあ」「また会った時に頼めば見せてくれるよ。だから頑張ろう。また会える事を信じて」その時上級隊員に呼ばれた。「おーい、君たちこっち来てくれ」「はい!今行きます」その頃、長船はSONGを後にしようとしていた。「道中お気を付けて」「感謝致す」長船は一つ会釈をすると、歩き出した。右手の中にはSONG隊員の証であるバッジが握られていた。それを見て一度立ち止まった。隊員の証を持つ、即ち、彼もSONG隊員になったことを示す。しかし、彼は任務を行う常時隊員ではなく、SONGの危機にのみ駆けつける臨時隊員であった。何故なら彼には長船と言う代々伝わる家柄を守る使命があるからである。彼はこれで良かったかと思っていた。一度は共に旅をした仲間を置いて去る。しかしこれで良いのだと思い直し、彼は歩き出した。(また会おう)
【事情聴取】
それから1週間後、SONG本部基地内の拘留室にはクリスピーがいた。身体を縛られ、何やら呻き声を上げていた。「おい、出ろ」この日も取り調べが行われるようだった。彼は引っ張られ席に座らせられた。「…どうだ?言う気になったか?例の剣の封印を解く方法をどこで入手したか」「それは言えない…」「そうか…仕方ない。今日も飯抜きだ」そう、あれ以来クリスピーはご飯を食べていなかった。彼は拘留室に入れられ、鍵をかけられた。看守の男は彼を見て、哀れだと思った。「…死ぬなよ」一体彼が何を隠そうとしているのか、早く言ってしまえば楽になれるのに何故言わないのか。看守の男は疑問で頭がいっぱいだったが、飯を食べ始めた。「…何か飯がまずいな」看守の男は最後の一口を飲み込み、決心した。次の日、同じように看守の男はクリスピーを迎えに行った。呻き声を上げる彼を引っ張り取調室の席に座らせた。「…おい、言う気になったか?」「…言えない」「…おい、お前さん。いつまで黙ってやがる。俺が食う飯もまずく感じてるんだ。ほら。食え」看守の男は今日の飯をクリスピーに差し出した。クリスピーは飢えのあまり、驚いて目を見開いた。「…え…?」「良いから、食え!」クリスピーは看守の男の優しさに涙を流しながら、一口分の飯を食べた。「上手いだろう」「…はい…ありがとうございます…ズズ」「へっ、良いって事よ。お前さんの感謝の気持ちは分かった。それじゃあ、言ってくれるかい?どうして、封印が解けたのか?」「…それは言えません」「おい!話が違うだろう!感謝したんだったらそれに見合うものを返すのが武士の礼儀だろう?お前もあの剣に惚れた武士だろう。さあ、最後のチャンスだ。言ってくれ」クリスピーは中空を見つめた目を閉じた。ゆっくりと目を開いた。「…分かりました。言います」「おう。それでこそ武士だ。言ってくれ」「私は、あの剣に近づくため、あの剣に詳しい部族に会いに行きました」「部族?それは何て言う部族だ?」「…忍び族」「忍び族、だと!まさか、まだ生き残りがいたのか!」「はい。私はそこそこ名の通る剣士で、世界の裏事情なども旅する仲間の情報から知ることが出来ました。その中で絶滅したと言われた忍び族が世界各地で生き延びている事も知りました。元々あの剣を探していた私は、忍び族があの剣に詳しい事も知っていました。その為、すぐに忍びの頭領がいると聞いた場所へ行きました。そこからは険しく長い道のりでした」「何があった」「私は忍びに弟子入りしました」「何と!」「剣士の道から忍びの道に移りたいと嘘の話をし、自ら忍びになる事で、交代制である、あの剣の護衛を任される時を待ちました。そして、ついにその時は来たのです」「封印の解除方法は聞いたのか」「いえ。しかし、封印方法を書いた巻物を見つけ、それを逆に応用し、解除に成功しました」「天才か、君は!」「いえいえ。それほどでも」「いやー驚いたよ。君の実力と、あと忍び族の関わり。本来取り調べは終わりだが、もう一つ増えてしまった。」クリスピーの目が揺らいだのを看守の男は見逃さなかった。「…そうか、君が言えなかった理由はこれか。忍び族の今の居場所、言ってくれるね?」「はい。只、彼女らは常に居場所を変えます。今どこにいるのかは分かりません」「女性なのか?忍びの頭領は」「はい」「そうか。君の他に彼らの居場所を知る者はいるか」「…います」「どこに?」「パンベンシティの裏市場」「有難う。これで取り調べは終わりだ。じゃあ、君は悪宿剣の窃盗罪で拘束される」「はい」クリスピーは再び監獄に戻される。いずれ来るその時まで。
【影の戦い】
SONG本部基地総司令官室内。豪華な椅子に腰かける総司令官の前に、近衛衆筆頭ナイルがいた。「どうだった?」「はい。彼は話しました」「そうか、良かった」「いや、それは良かったのですが…」「…どうしたの?」「その入手先があの忍び族の頭領と関わりがあるのです」「何!?忍び族だって?確か彼らはもう…」「そうです。以前、“バック”によって彼らの本拠地だった、忍びの国を壊滅させたはずです」グレートは荒立った気を鎮めようと息を吐いた。「…ああ。だが、『壊滅させた』では人聞きが悪いよ、ナイル。正しくは『制裁した』だ。我らSONGは統一国家の直属軍の立場として、統一に反対し独立を続ける国や団体に対し、制裁する義務がある。そうだろ、ナイル?」「ええ。その通りです。だからこそ、その義務は必ず成功しなければなりません。しかし、忍び族は生きていた」「ああ。彼らは頭領が生きている限りは生き延びる。奴らは知らぬ間に力を蓄え、我々の統一に応じない国に加担する可能性がある。このままにはしておけない。この場合、“レクイエム”に任せるしかないな」“レクイエム”とは、SONGの暗殺部隊“バック”の中でも秀でた類いまれな身体能力を持つ7人の事である。「では、直ちに指令を言い渡してまいります」「頼んだ。…これも災害に立ち向かう強固な統一国家を築くために必要な裏の顔。公に出来ない以上、失敗は許されない」
その頃、ある森の奥深く。1人の女が道を歩いている。何者かが風のように近づいていく。木に音もなく飛び移り、歩く女の頭上まで移動する。忍びの出で立ちをした者は、女が気づかない内に飛び降り、女の口を塞いだ。「??」「驚いたか?」「…はい」それを聞くや口の塞ぎを解いた。「良く帰った。結果は」「はい。遠視で見ましたが、口の動きから、あの男、話しました」「そうか」この忍びの出で立ちをした者こそ、忍び族の頭領のアヤメだった。「これで、奴が動く」「でも良いのですか?わざと居場所がばれるような真似をして…」その場に、忍びの頭領は狼煙を上げていた。「いい。お前も早く脱げ」言われるままに女は町人風の衣服を脱ぎ捨てると、忍びの衣装になった。「でもどうやら“レクイエム”は7人いますが、」「分かっている。奴が来る確率は7分の1といいたいのだろう。だが実際は、十割だ。あの時の借りを返しに奴は必ず来る」その彼女らの元に一つの影が忍び寄っていた。「…」彼女こそ、忍びの頭領の宿敵にして、“レクイエム”の1人、元忍び族のクチハであった。「…アヤメ」クチハは凄い速さで木から木へ飛び移りながら、近づいていた。その顔は無表情だが、微妙に口の端が曲っていた。森の奥深くは元々風があまり吹かない。僅かになら吹くことはあるが、只今は全く吹かない。その森には長い静寂と沈黙が続いている。その一本の木の根元に息を潜める忍が2人。それを追う忍が1人。「でも来ませんね」もう1人の忍が話す。アヤメは目で答える。(静かに。気配を感じている)忍は僅かな音や気配のずれを感じ取り、敵の先手を打つ。もう1人の忍はそれに気づき、目で謝る。それから暫く沈黙が続く。そして、その時は突然訪れる。(…来た)アヤメの強い目を見て、もう1人の忍が耳を澄ますと微かに遠くで木の枝が折れる音がする。その音がだんだん近くに聞こえる。その速さが音の近づき具合から容易に判断できる。アヤメは短刀を逆手に持ち構えた。その時、一瞬音がなくなると、アヤメの頭上から影が降りてきた。アヤメは不意を突かれ咄嗟に避け、体勢を立て直す。「待っていた。あの時の決着を着けよう」「…」クチハは何も答えず、続けて逆手に持った小刀で斬撃を繰り出す。それをアヤメは同じく逆手にした短刀で躱す。「安心した。腕は衰えていないな」「…」「相変わらず無口だな。“無の暗殺者”と呼ばれるだけはある」「…」クチハは只只管に敵の命を狙う。それだけしか頭にない。元は仲間であったことなど微塵も頭にはない。アヤメとクチハはかつて忍びの国において、次の忍びの頭領の座を懸けて戦った。その時は、互いに譲らなかったが、僅かな差でアヤメが勝利した。それは、アヤメの根性がクチハの殺意に勝った結果だった。それ以来クチハは姿を消した。アヤメは気にかけ密かに様子を探ると、クチハはSONGの暗殺部隊の上位7人に選ばれていた。「今回も負けない」アヤメは内心、クチハを取り戻したいと考えていた。その為には、まずクチハの動きを止める必要があった。アヤメは宙返りで躱すと同時に、手刀を投げる。クチハは後ろに避けるも、そのクチハを追うようにもう一本の手刀が頬を掠め、僅かに血が滲む。「しまった!腕を狙ったのに…」クチハの目の色が変わる。「…死ね」クチハは両手に挟めるだけの手刀を持ち、片手ずつ放った。それは先程のアヤメと同じ攻撃で、かつ上回ろうとしていた。アヤメは一度目をギリギリで躱すも二度目がその先を狙っていた。「危ない!」その時隠れていたもう1人の忍びは飛び出し、身代わりとなった。「おい!お前しっかりしな!」クチハは無で前を見据える。「…クチハ。やってくれたね」「…」残る2人は腰の刀を抜き構える。2人は鍔迫り合いになる。単純にクチハの腕力が上でアヤメは飛ばされる。「ぐっ…」「…」その時、クチハは足に痛みを覚える。見ると一本の手刀が刺さる。来た方はあの身代わりとなった忍だった。「…アヤメさん、貴女だけは生きて…」「御免…」アヤメは一瞬迷いつつも煙幕を使い、姿を消した。「…」クチハが辺りを見回してもアヤメの行方は知れなかった。その小柄な体でどの忍よりも速く動き、その根性ある性格でどの忍よりも強いくノ一だということをクチハは思い出した。逡巡した後、クチハは木に飛び乗ると、目にも止まらぬ速さで何処かへと消えた。