第6話
「糞ッ!!外の連中は一体何やってる!!相手はたかだか一人なんだぞ!?」
次々と仲間がやられていくのを見て苛立ちを隠せないシャルル。
カリーヌと同じ部屋にいるが、報告してくる仲間も彼女自身も皆その剣幕に怯えていた。
「こうなれば……来い!!カリーヌ!弾避けだ!!」
「むぐッ!?うう」
彼女の足の縄だけ解き、服を引っ張って外へと連れて行った。
「シャルル……」
「何だこの様は……」
彼が外に出ると、教会の壁に寄りかかるように2人、そこかしこにうめき声を上げながら倒れ伏している仲間が多数。
「たった一人にここまでやられたのか……嘘だろ」
「シャルル……奴は化け物だ」
「本当に一人なのか?仲間を連れてきたとか」
「知らねぇよ。こっちは敵さんの姿さえ見れてないんだ」
憎々しそうにそう言う仲間を尻目に、彼は林に視線を向ける。
見えるのは木、木、木……
あとは肩を借りながら戻ってくる仲間の姿。
「おい!敵は見えたか!?」
「分からねぇ!!何処にいるのかも何人いるのかもわかんねぇんだ!!」
「……おい!!聞こえているかアダン!!出てこい!!この女の首を切り落とすぞ!!」
怒り狂ったシャルルは恐らく林の中にいるであろうアダンに向け、怯えるカリーヌの首に短剣をぴたりと付けながら叫んだ。
「おいシャルル、あれ……」
「ああ?」
シャルルとは別の方向を見ていた仲間が、ある一点を見ると慌てて叫んだ。
彼が見つめる先には枝に座っている人影が見えた。
「奴だ!捕まえにいけ!」
シャルルの指示で動ける仲間も、壁に寄りかかって休んでいる仲間も全員その人影に向かって行かせた。
先頭を走る仲間が謎の人影がいる木の下まで来ると、ある事に気が付いた。
「ッ!?こいつは!!」
「シャルル!偽物だ!」
「何?」
枝に乗っていたのは枝と服で作られた案山子だった。
そして本物のアダンは……
「ひぎゃああっ!?な、何だ!!」
「返してもらうぞ」
足音も無く近寄って来ていたアダンが短剣を持っていた腕を長剣で一閃。
事もなく切り落とした。
「あ、ああ……畜生……」
「逃げるぞカリーヌ」
そう言いながら彼女の猿轡をはずしてやる。
「何でお前みたいな奴が……こんな娘一人助ける?」
憎々しそうにそう言ってきたシャルル。
「げっほげほ……お前みたいな奴……?」
「…………」
「思い出した。ああそうだ!『薬の番人』アダン!!芥子畑を守ってた兵士で、組織から指示されれば女子供でも殺してまわった糞野郎だ!!」
「え?」
驚いた顔をしながら、アダンを見つめる彼女……
「挙げ句の果てには恩赦目当てで組織すら裏切って潰した。そんなお前がこんな娘なんて助けるなんてな」
「やめろ……」
「償いのつもりか?そんな事したって過去にやった事は消えないぞ!お前は血塗れのままだ!!」
「…………そうだな。その通りだ」
腕を押さえながら痛みにうずくまるシャルルを悲しげに見据えながら彼はカリーヌを抱き抱えた。
「お前も、お前の仲間も誰も殺していない。足を洗ってこれからは真面目に生きるんだな。あばよ」
彼はそう言うと、荷物と人一人を抱えながらとは思えないほどの速度で夜の林の中へと走り去った。
「アダン……あんた」
「……すまん。俺は奴が言ってたような人間だ。だが信じてくれ。ディアーヌの所までは必ず届けるから」
林の中を駆け抜けながら、彼はそんな事を言っていた。
「そろそろ林を抜ける」
林を抜け、アダンは彼女を下ろすと安堵しながら二人で空を見上げた。
満天の星空は、そこが敵のいる場所であることを忘れさせるほど綺麗だ。
「こっちだ。付いてきてくれ」
「うん……」
手を繋いで、二人は夜風が吹いている草原を歩いていく。
しばらく歩いていくと馬を繋いでいる場所までたどり着いた。
「乗ってくれ。夜明けまでにはディアーヌのいる村までたどり着ける」
「うん」
先にカリーヌを乗せ、続いて彼も馬に跨がる。
そこから二人は無言で馬を走らせ、村へと向かった。
「カリーヌ!!ああ良かった!!」
ディアーヌの待つ村へと帰ってくると、空は既に白んで夜明けを迎えていた。
「ディアーヌ……」
「何で1人で行くのよ…馬鹿」
「ごめん、ディアーヌ」
泣きじゃくりながら彼女を強く抱きしめるディアーヌ。
「ありがとうアダン!貴方のお陰」
「あいつらはまだ生きてる。だからディアーヌ、自警団か領主に頼んでカリーヌを守ってやってくれ。俺はこれで行くから」
「え?何処に行くの…?」
「俺はここにはいちゃいけない人間だからな。じゃあな」
「待って!アダン!」
踵を返して去ろうとする彼をカリーヌは呼び止めた。
「アダン……貴方がどういう人間なのか、貴方が何をしてきたのか私はよく知らない。けど私は、貴方が悪い人間には見えない」
「…………」
「だから……その……」
「ありがとう、カリーヌ。十分だ」
顔だけ向けてぎこちない笑顔を見せると、今度は一度も振り返らずにその場を後にした。
「いい人だったね」
「ええ、そうね。どうしようもなく怪しくて、そしてどうしようもなく優しい人だった」
カリーヌは晴れ晴れとした気持ちで笑っていた。