推察と信用
恋無の男性恐怖症が発覚してから早3日。
あれから恋無との関係は、……特に変わっていなかった。
2人きりの状況にならないように気をつけてはいるが、それだけだ。
変わったことと言えば、周りが甘々になり出したやつが増えたことくらいだ。
別に白雪たちに文句があるわけじゃないけど、こうもクラスメイトから甘々雰囲気を出す奴を見かけるようになると恨み言の1つや2つ言いたくなるのが男の性というものではなかろうか。
後は、あの事件が起こった次の日、朝日奈や湊に相談したことくらいだろうか。
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「────ってことがあったんだけど」
俺は湊と朝日奈たちの住戸のリビングで昨日あったことを2人に話した。
「……なるほど、そんなことがあったんだね。それにしても月奈が男性恐怖症か。聞く限りパニック障害もありそうというかあるね。やっぱりあの件堪えていたんだ」
俺の話を聞き終えた朝日奈は俺がインターホーンを押して、『どうしたの?』と明るい雰囲気で応対してくれたときは違い、神妙な面持ちで答える。
「あの件って?」
湊がただの興味ゆえかそれとも他の思惑はあるのかは分からないが、朝日奈に疑問をぶつける。
俺は人の、それもトラウマになるレベルに関わる過去について勝手に知るべきではないとは一瞬思ったが、湊がその方針で進めたのだから従うべきだと思い、その考えを頭から失くす。
「……東雲君には言ったけど月奈、小学生の頃は人並み程度には男子と接することが出来てた。まぁ、あくまで私目線ではだけど。一番一緒にいた私がそう思うんだからこれに関しては合ってるだろうし、誰に聞いても同じことを言うと思う。でもそれはあくまで同年代の男子とはっていう注釈が付くの」
同年代の男子とはってことは……
「同年代の男子とはってことは同年代じゃない異性とはどうだったんだ?」
「昔は年上や大人の男性相手でも少し苦手意識は持っていても接するのに支障が出るレベルではなかったの。……でもある時から大人の男性に話しかけられると動悸が激しくなったりして、まともに接することが出来なくなったの」
朝日奈は小学校の白雪を軽く話し、そして起きた事件について、そしてそれ以降の白雪について教えてくれた。
「────だから、私は時期的に考えて父親に殴られたのが関係してそうなったと思うの」
「なるほど、つまり白雪は父親に殴られたのがトラウマってことか」
そう納得している俺とは反対に湊は少し考え込んだ様子だった。
「……本当にそれが原因なのか?」
「というと?」
「白雪さんが父親に殴られてから男性に恐怖を覚えるようになったってのは分かる。でも、それだけで男性と2人きりになるだけで重度なパニック障害を起こすほどのトラウマを植え付けるものなのか」
「当時の白雪の気持ちなんて俺たちには分かるようなものじゃないんだし、実際にその場面を体験したらそんな風になる可能性もあるとは思うけど」
湊が疑問に思ったことをそんなもんかと割り切った考えをして疑問にすら思わなかった俺はそう答えた。
「いや、それ以外にもおかしな点はあるよ」
「おかしな点って?」
俺と同じことを思った朝日奈が聞く。
「まずさ、その殴られた時って母親も一緒にいたんだよな」
「いたと思うよ。夜に殴られたって言ってたし、殴られた後、母親に助けてもらったとも言ってたから」
「じゃあやっぱりおかしい。父親と母親がいる3人の状況で殴られトラウマになったなら、何で2人きりの状況でだけパニック発作が出るんだ」
「別におかしくなくね。父親に殴られたことで男性への恐怖を擦り込まされ、2人きりになれなくなったと考えたら普通じゃね?」
俺はおかしいとは思わなかったが、朝日奈は何か思うことがあったらしく少し考え込んでいた。
「…………天宮君は3人の状況でもパニック発作が出なきゃおかしいと言いたいの?」
「そういうこと、もし殴られたことでトラウマになりパニック症になったんなら普段の状況で出てもおかしくないだろ。だって殴られた時と同じ男と女が1人ずついる状況なんだぞ」
「でもそれは父親、母親と3人で暮らすうちに改善していっただけかもしれないよ」
「まぁ、その可能性はあると思う。これ以外にも疑問に思う点はあるだろ。例えば、何で白雪さんは殴られたのかってことだ。父親が酔っ払っててその時に何か気に触ることをして殴られたのかそれとも他の原因で殴られたかによっては話が全然変わってくるだろ」
確かにそうだ。
悪いことをして殴られたのなら自分の中で自分が悪いでかたづけられるかもしれないし、酔っ払ったときに殴られたなら男という人間の豹変性に恐怖を覚えたのかもしれない。
「それにさっき父親、母親と一緒に暮らすことで改善したかもしれないって言ったけどさ、殴られた後も今まで通り一緒に生活することが出来てたのか? 普通そんなことがあったなら父親に不信感を抱くようになって別居したり、そうじゃなくても余所余所しくなるもんだろ」
言われてみればそうだな。
「言われるまで気づかなかったけど、確かにそうね。でも余所余所しくなったとは聞いてないしそんな感じもしなかった、……言わなかっただけかもしれないけど。それにその件の後も普通にその3人で暮らしてたと思うわ。月奈も変わらず同じ家に住んでたし、父親が別居したって話も聞かなかったから」
「ということは考えられる可能性は2つ。1つは朝日奈には気づかなかっただけで父親と別居したり、余所余所しくなっていた。もう1つは白雪さんにとって元々よくある日常の1つでしかなかったってことだ」
「よくある日常の1つ? いや月奈は間違いなくあの日初めて父親から暴力を受けたわよ」
「それは白雪さんはだろ?」
「どういう意味かしら?」
「白雪さんが暴力を受けたのはその日が初めてかもしれないけど父親が暴力を振るうのはよくある日常だったんじゃないかってことだ。……つまり、家庭内暴力──DVが日常的に行われていたんじゃないかってことだよ。…………まぁ、あくまで俺の推察に過ぎないけど」
湊の話を聞いて朝日奈は今まで以上に考え込んでる様子だった。
それに対して俺は……
「なあ、湊」
「ん?」
「どうしたら良いと思う?」
「どうしたらって?」
「白雪への対応。やっぱり過去に何があったのか聞いてそれでどうするか考えた方が良いのかな」
「うーん、俺なら聞かないかな。男性恐怖症なのがばれたときに話さなかったんなら、言いたくないんだろ。誰しも知られたくない一面だったり、過去だったりあるものだろ。言わないってことは踏み込んでほしくないってことなんだから、無理に聞いたりはしないな」
「そうだよな。湊がそう言うならそうするわ」
湊の言うとおりだ。
人は誰しもばれたくないって思っていることを抱えている。
それを無理に知ろうとするのは心版墓荒らしともいうべき所業のはずだ。
俺がそんなことを考えていると朝日奈に言葉をかけられる。
「随分と天宮君を信頼いえ、信用しているのね」
「そうだな。湊の方が俺より正しいと思っているから」
「……ごめん、さっきの言葉は撤回するよ。君の天宮君への評価はそんなレベルではないね。最早心酔とかそういったレベル。まるで歪な信仰みたいだ」
朝日奈は俺にだけ聞こえるように言った。
今日のどんな話よりその言葉が頭からこびり付いて離れなかった。
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